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変化

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 次の日には体調も回復したアリシアは、ジェイデンの書斎へと呼ばれた。
 そこはまさに数日前、ジェイデンに抱かれた部屋。
 アリシアはなるべく周りを見ないよう、視線を下へ向けていた。

 ジェイデンは重厚な机に座り、にこやかな表情でアリシアを見ていた。
 アリシアは体調こそ回復したものの、まだ頬の痣は消えず湿布もそのまま貼っていた。

 重い足取りをゆっくりと前に出し、逃げ出したい気持ちを奮い立たせ、どうにかジェイデンの座る机の前までやってきた。

「回復したようで、安心致しました。お加減はよろしいのですか?」

 丁寧な口調で聞かれるが、アリシアはきゅっと唇を噛む。
 ここまで心配してくれているのも、自分の事が心配なのではなく、ジェイデンが困るから。ただ、それだけだ。
 心からアリシアを心配してくれる者など居はしない。

「おかげ様で…」

 一言言うのが精一杯だった。
 本当なら話したくもない。顔も見たくない。
 このまま逃げ出したい。だが、逃げられない現実にアリシアは苦しめられていた。

「それは良かったです。では改めて契約を結びましょう」
 
「……」

 これを契約と言えるのか。
 アリシアにとって、一方的な従属関係のようなものでしかない。

 無表情のアリシアはずっと無言で机の上を見ていた。
 
「こちらをお読み下さい。これは契約書と貴女に支払われる対価となります」

 スッと机の上に置かれた紙を見る。そこにはこの前ジェイデンが言っていた契約内容が細かく書かれていた。
 受け取る事もなく、ただ置かれた紙を眺めてたいたアリシアはあるところで視線が止まった。
 
「契約金?…1年で…、10億‥ゴールドっ…!?」

 バァルクハルム子爵家で総資産にも届かない。そんな金額をたった1年で…。
 これだけの金額があれば子爵家の傾いた財政も立て直せる…、と一瞬考えたがすぐに、もうそんな必要はないのだと思い直した。

「少なければ更に倍の金額を払います。それだけ貴女に負担を強いているのですから…」

 思わずクラリと目眩を起こしそうになる。
 子爵家は夫の浪費癖でずっと財政難に苦しみ、その夫からは資金繰りをどうにかしろと無理難題を言われてきた。そんなアリシアにとってこの目が眩むような金額は、現実味がなさ過ぎて想像すらできない。
 
「……ません…」
「はい?」
「お金の問題では、ありません…!私が欲しいものは、私を解放してくれる事ですっ」

 だが、修道院へ入り俗世を離れるアリシアにとって、金など無用の丁物。今さらあったところで何の役にも立たない。

「申し訳ございませんが、それだけは出来ません。貴女は私に抱かれる…これは決定事項なのです。ですから、それに見合うだけの対価をご用意したつもりです」

 ジェイデンもジェイデンで決して譲らなかった。宝石眼と呼ばれる七色の瞳に見据えられると、アリシアは固まったように身動きが取れなくなる。

「─っ…」

 ジェイデンは席から立ち、身動きの取れないアリシアの方へと近づいていく。

「ご安心下さい。貴女が嫌がるような酷いことは致しません」

 すぐ目の前で立ち止まったジェイデン。

「…くッ」

「抵抗があるのは初めだけです…」

 怯えているアリシアの顎を取り、自らの方へと顔を向けさせる。宝石眼と呼ばれる美しい七色の瞳にある瞳孔が、まるで蛇のように細長く変化し、アリシアを愛しそうに見つめている。

「そのうち…、私が欲しくてたまらなくなりますから…」

「なっ…!」

 目の前で妖艶に微笑むジェイデンは、この世のものとは思えぬ程美しく、そして誰よりも残酷だった…。


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