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逃れられない現実

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 ベッドで目覚めたアリシアの眼の前に、ジェイデンの端正な顔があった。
 また辺りは薄っすら明るく、早朝だというのがよくわかる。

「…っ!」

 思わず出そうになる叫び声をどうにか手を当て抑えこんだ。一瞬、何が起きたのか混乱したが幸が不幸か…、すぐに昨晩の出来事を思い出した。それだけで頭痛がして、くらっと目眩を起こしそうになる。
 しばらくベッドの上で状況を整理していた。

 私は…、昨日……。

 状況を整理する中で、目の前で無防備に寝ているジェイデンの寝顔があまりに穏やかで、アリシアは思わず思考を停止してその姿に魅入ってしまう。

 鳥のさえずりが聞こえ、まるで昨日の事など何もなかったように静かな朝を迎えた。

「…ツっ…」

 咄嗟に起き上がった身体がミシッと痛み、秘部からは大量の精が流れてくる。

「っ…、ぇ…!?」

 いつ解放されたのかもわからない。   
 終わることのない焦がれるような快楽に、頭がどうにかなってしまいそうだった。
 カァーっとアリシアの顔が熱くなる。

 聞いていた話と随分違う。
 初めてだったにも関わらず、アリシアは与えられる快楽に酔い、何度達したかわからない。
 それ程ジェイデンとの情交はあまりに甘美で、夢中になってしまうほど心地良かった。
 
 だが、現実はさほど甘くはない。
  
 離縁を言い渡されたとはいえ、アリシアはまだ子爵夫人という立場。離縁書が受理されるまであと4日はかかる。
 にも関わらず、不本意とはいえ夫以外の男と姦通してしまった。
 しかも相手は、かの有名な大公殿下。

 大変な事が起きてしまい、アリシアの顔色が今度はサァーッと青褪める。

 どうしたら…いいの…。
 とりあえず、この場を離れなくては……。
 昨晩の大公様は正気ではなかった…。まだ寝てらっしゃるし、このまま屋敷を離れないとっ…!

 余韻になど浸っている暇はない。
 そう思いアリシアはベッドから急いで降りた。

「アッ…」
 
 身体の怠さは感じていたが、思っていた以上に足に力が入らなかった。

 しかしここで這いつくばってる訳にもいかない。
 床を見ると昨夜脱がされたアリシアの寝間着が無造作に置かれていた。
 ワンピース式の物だったので何とか着る事ができた。

 それからゆっくりと立ち上がった。
 ジェイデンはまだベッドで寝ており、アリシアには気付いていない。
 音を立てないよう扉まで歩いた。
 それからそっと扉を開け、隙間から顔を出し人がいないかを確認する。

 良かった…、まだ朝早いせいか誰もいないわ。

 気怠い体を押し、アリシアは扉を後に部屋へと戻った。
 
 誰かに会わないかと、ドキドキしながら真っ直ぐな廊下を小走りに歩いた。

 身体の怠さと節々の痛みもあり、それ以上早くは走れなかった。
 幸いにも与えられた部屋にたどり着くまで、誰ともすれ違わなかった。

「はぁ…、はぁ…」
 
 部屋に入るなりアリシアは大きな安堵の息を吐く。扉に背を付け、そのままズルズルと床に座り込んだ。

 どうして…こんな事になってしまったの…?
  
 良かれと思いやったことが、なぜか全て仇となり自分に返ってきている。
 修道院に入る前に善行を積もうと思っただけなのだが、神に拒まれているかのようにアリシアの行動が裏目に出る。

 扉に背を預け、座り込んだまま受け止めきれない現実に背を向けるように膝を抱えた。
 
 逃げようと思えば逃げられたのに…。
 なぜか体が動かなかった。
 誰か…、夢だと言ってほしい……。

 夫のジムがずっと不貞を働き、白い結婚を続けていたアリシアにとって信じがたい出来事。
 あれだけ不貞を働く者に憤りを感じていたのに、不本意とはいえ自分も同じ事をしてしまった。  
 
 うずくまり膝を抱えながら、再び大きなため息をついた。

 しばらくそうして気持ちを落ち着かせた後、アリシアはそろりと体を動かした。
 持ってきた荷物は昨晩纏めたままだったので、その中から替えの服を取り出し着替えた。
 雨に濡れたせいか服も湿っていたが、贅沢は言っていられない。あるだけマシだった。

 急いで着替えも終え、借りた寝間着は畳んで机の前へと置いた。  
 鞄を手に持ち、部屋から出た。
 こんな時、少ない荷物で良かったと皮肉に思う。
 
 登ってきた階段をゆっくりと下る。

 足もまだおぼつかず、無理をして動かしている体が次第に重怠さを訴えていた。
 荷物を抱え、昨晩入ってきたエントランスホールまでやってきた。

「…っ!」

 あと少しというところで、誰かと鉢合わせた。
 
「アリシア様…?おはようございますっ。お早い起床ですね」
 
 もう少しで外へ出れると思ったが、そこで昨日お世話をしてもらったマリアとばったり会う。
 
「あ…」
 
 逃げ場もなく後ろめたい事もないが、アリシアは思わず後退った。

「ただいま、湿布と包帯を変えに伺おうと思っていたのですが…」

 階段から降りてきたアリシアの姿をざっと見て、籠を抱えたままマリアは直ぐに判断した。
 
「もしや、もうこちらを立つご予定でしたか?」

 自分の行動を気付かれギクッとしたが、アリシアにとっては都合が良かった。

「え、えぇ。お世話になって申し訳ないのですが、先を急ぎますので…」

「そうなのですか?でしたら、せめてお怪我の手当だけでもさせていただけませんか?顔色も優れないようですし…もう少し休まれてからではいけないのでしょうか?」

 アリシアの様子を心配してくれているマリアには悪いが、アリシアとしてはジェイデンが目覚める前に一刻も早くこの場を去りたかった。


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