虐げられた第八王女は冷酷公爵に愛される

ウリ坊

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1巻

1-2

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 クラウディアは心の中で祈り、目の前の幼い身体を抱きしめた。

「母様はいつでもあなたを思っています」
「僕もです! ずっと母様の側にいます!」
「オースティン、それはなりません」
「いえ、母様。……もう遅いです」

 気づいたときには、クラウディアにもわかるほどひづめの音が大きくなっていた。

「まさか、もうっ!」

 クラウディアはハッと顔を上げ、急いで立ち上がろうとする。しかし乱暴に家の扉が開かれ現れたその人物を見て、動きが止まった。

「やっと見つけたぞ……ラス」

 靴音を荒々しく立てて入ってきたのは、今生ではもう二度と会わないように、と願っていたの人で――

「ジークフリート……公子様……」
「ようやく会えたな」

 精悍な顔に冷然とした笑みをたたえ、ジークフリートはクラウディアのすぐ前で立ち止まる。
 クラウディアの顔は蒼白に染まり、冷や汗が頬を伝った。オースティンを抱きしめる体が小刻みに震える。
 もちろん嬉しさからではない。死に直面した恐怖からだ。

(……オースティンだけは守らないと!)

 そう思うが、開いた扉の向こうには、騎士団が待機している。おそらく家を囲うように騎士団が配置されているのだろう。クラウディアを逃がさないために……
 クラウディアを見ていたジークフリートだったが、彼女が抱きしめるオースティンを見て目をみはり、動きを止めた。

「……その子供は?」

 クラウディアはとっさに立ち上がり、オースティンを自分の背に隠す。
 そして目の前に立つ男を威嚇するように、静かに睨みつけた。

「お久しゅうございます。ジークフリート公子様……このような辺鄙へんぴでみすぼらしい場所に何の御用でございましょうか?」

 クラウディアは震えながらも、彼から視線を外さない。
 つやのある銀髪と、黄緑色の切れ長の鋭い目をそなえた端整な顔立ちは、見る者全てを魅了する。
 精悍な顔はそのままで、歳を重ねたことでさらに色気が増したように感じた。

(この世で一番会いたくて、でも一番会いたくなかった人)
「その子供は、と聞いている」

 彼の静かな怒りが込められた言葉に、身が凍えるような恐怖を味わう。
 だが、ここでひるめばオースティンを守れない。
 自分はどうせここで殺される。
 しかしオースティンを守るために、少しでも生き残る可能性を増やさなければならなかった。

「母様……この人は?」

 クラウディアの背後に隠れていたオースティンが、小さな声で話しかけるが、そのわずかな声さえジークフリートは拾ってしまった。

「母だと?」

 キツく握りしめられた拳と怒りに満ちたような声音に、肝が縮む思いを味わう。
 冷汗が背中を伝い、震えが止まらない。
 オースティンがいなければ、今頃恐怖に倒れていただろう。

「ご、誤解です! この子は幼い頃に引き取った親戚の子でございます! 決して私の子では……」

 クラウディアは背後にいたオースティンを抱きしめ、ジークフリートに背を向けた。
 しかしクラウディアの発言など聞かず、ジークフリートは彼女の顔に手で触れると、荒々しい手つきで彼のほうへ向かせる。
 そしてそのまま、眼鏡をスッと取り上げた。

「何をっ!?」
「……そなたの瞳は紛れもなく王族の証。これまでにたった一人、王女が王宮を追放されたと記憶しているが」

 顎を引かれ、黄緑色の冷たい瞳で見下ろされる。

「――ッ!」

 あまりの恐怖に言葉すら出ない。
 体が震え膝から崩れ落ちそうになった――その時。
 ジークフリートの体が突き飛ばされた。とはいっても、少し距離が空いたほどだったが。

「母様に近づくなっ!」

 しかしその狭い隙を縫うように入り、オースティンは二人の間に立った。クラウディアを庇うように、ジークフリートの前で両手を広げ、睨みつけた。

「おやめなさい! オースティンっ!!」

 思わず我が子を背後から抱きしめる。

「オースティン、か。その銀髪は紛れもなく公爵家の血を継いでいる証拠。そして、その緋色の瞳は間違いなく王族の証」

 怒るわけでもなくジークフリートは淡々と喋る。
 そしてその調子のまま、告げた。

「ラスよ。そなたと私の子か?」

 核心をついた言葉に、クラウディアは体中の力が抜けてくずおれそうだった。ただ踏ん張れたのは他でもない、我が子オースティンがいてくれたおかげだ。
 クラウディアはその問いかけに、否定も肯定もしない。答えることに意味がないからだ。

「答えられないのか?」
「……」

 黙ったままオースティンを抱きしめ、クラウディアは覚悟を決めた。
 これは自分の犯した過ちだ。自分が清算しなくてはならない。
 クラウディアは立ち上がってジークフリートへ向き合うと、静かに口を開いた。

「私はどうなっても構いません。この子を生かしてくださるのでしたら、その問いにお答えいたします」
「ほう。私と取り引きしようと言うのか?」

 感情の読みとれないジークフリートの言葉。昔の話にはなるが、長年見てきたからわかる。
 ジークフリートは真意を見定めているのだ。
 ただどれだけ探ろうともクラウディアの気持ちなどわからないだろう。
 クラウディアはジークフリートから視線を外し俯く。
 クラウディアには事実を話す以外のカードが何もない。
 そもそもジークフリートならば、取引などせずとも無理やり吐かせることはできるだろう。だがその可能性は防がなければいけない。

「なんと思われようと私は真摯にお話ししております。もしお約束していただけないのであれば、こちらにも考えがあります」
「……考え?」

 不思議そうに問うジークフリートに、クラウディアは表情をピクリとも動かさず、近くにあった果物ナイフを手に取った。
 そのまま首元に果物ナイフを当てると、ジークフリートは焦るように声を荒らげた。

「なっ!? ラス、正気か!?」

 この表情は本物だ。嘘偽りのない焦りをジークフリートは見せている。クラウディアは確信した。
 畳み掛けるように彼女は言葉を続ける。

「私が懸けられるものなど、この命以外にはございません。私がここで命を絶てば、永遠に事実は闇の中です」

 どうせ殺されてしまうのなら、この際使えるものはなんでも使う。
 たとえそれが自身の命であろうとも。

「母様だめです! やめてください!」

 普段泣くことなどないオースティンが涙を流し、悲痛な表情でクラウディアに縋る。
 だが、クラウディアはナイフを当てたままジークフリートを見つめ、答えが出るまで微動だにしなかった。ナイフを当てた首筋がちくりと痛み、一筋の鮮血が流れる。

「やめろ! そなたと子供の命を取ることなどしないっ!」
「私の命は保証していただかなくて結構です。ですが、この子だけは!」
「嫌です! 僕は母様とずっと一緒にいます!!」

 オースティンは体を震わせて泣きながら、クラウディアに抱きついて離れない。

「やめるんだっ!」

 ジークフリートはクラウディアの手首を掴み、ナイフを強引に奪う。そしてそのままナイフを床に投げ捨て、掴んだ手首を彼のほうへ引いた。

「誤解するな! 私はそなたを傷つけたいわけではない!」

 ジークフリートはクラウディアの手首を握りしめたまま、声を荒らげる。そのまま動くことはせず、じっとクラウディアの瞳を見つめていた。
 元よりジークフリートという人は冗談も通じない冷血漢で、何を考えているのかわかりにくい人だった。しかし今は、さらに彼が何を考えているのか全くわからなかった。

「ラス……そなたをずっと捜していた。こうして見つけた以上、逃すつもりはない」
「やっ!」
「そなたに話がある。私と共についてこい」

 底冷えするような低い声で、クラウディアを睨み、手首を力強く掴むジークフリート。

(……そこまで、私を憎んでいるのですね)

 こうしてクラウディアを捜し出したのも、七年前の出来事がジークフリートにとって心の底から許せなかったからだろう。

「……わ、かり、ました……」

 ここまで来た以上、ジークフリートから逃げることなどできない。
 諦めと脱力を覚えながらも、クラウディアは彼女に抱きついていたオースティンに手を伸ばした。

「オースティン。こちらへ来なさい」

 オースティンだけは逃がそうと思っていたが、結局ジークフリートから逃げられたとしても、家の前で待機している騎士団に捕まってしまう。
 ジークフリートはオースティンに危害は加えないと言った。ならばこのまま一人で逃がすより、ジークフリートと共に行くのが良いのかもしれない。
 ジークフリートに手首を引かれたままクラウディアはオースティンの肩を抱き、腰回りに寄せたまま二人で歩き出した。

「母様、あの人は一体誰なのですか?」

 クラウディアはオースティンの問いかけに答えることができなかった。
 墓場まで持って行こうとしていた秘密は、我が子相手でも絶対に話すことはできない。

「オースティン……ごめんなさい」
「どうして謝るのですか? 母様は何も悪くないです!」
「……いえ、全て……母のせいなのです」

 ただひたすらに、ジークフリートに聞こえないほどの小声でオースティンへ謝罪することしかできなかった。
 クラウディアはジークフリートに外へと連れ出される。
 家から出てきたジークフリートの物々しい様子に、外にいた騎士たちは戸惑いを隠せていなかった。

「乗るんだ」

 ジークフリートは有無を言わせずに公爵家の家紋がついた馬車へクラウディアを押しこむ。オースティンも共に乗せられたことにホッとした。

「母様っ!」

 隣に座ったオースティンが、すかさずクラウディアに抱きつく。
 クラウディアも彼を抱きしめ返していると、その馬車にジークフリートも乗りこんだ。
 冷酷な雰囲気をまとった彼が馬車に乗るだけで、一気に空気が凍りつく。

「出せ」

 一言、そうジークフリートが指示すると、馬車がゆっくり動き出す。
 まるで牢獄にでも送られる囚人の気分だった。


   ◇◇


 馬車の中では長い沈黙が流れていた。
 オースティンはその間もクラウディアから離れず、ずっと抱きついていた。
 クラウディアはジークフリートを一瞥もせず、ひたすらオースティンの背中を撫でてなだめていたが、目の前に座る男からの視線をひしひしと感じていた。
 ジークフリートは腕を組み、クラウディアの様子をずっとうかがっている。
 ひどく居心地が悪い。あまりの気まずさに吐き気すらしてしまう。
 何か話してほしいわけではないが、訳もわからず見られているのは生きた心地がしない。
 そもそもなぜジークフリートはすぐに自分を殺さなかったのか、不思議で仕方なかった。
 ジークフリートの人となりをある程度理解しているクラウディアからすると、あの場で斬り捨てられてもおかしくなかった。
 しかもクラウディアの要望まで聞いた。
 脅しもしたが、クラウディアが知っているジークフリートは、そのようなことで譲歩したりする男ではない。
 何もされていないことが逆に恐ろしくて、まるで地獄行きの馬車に乗っている気分だった。

(でも、オースティンを助けてくださると仰った……それだけでもう、悔いはないわ)

 極度の緊張と張り詰めた命のやり取りに疲弊していたクラウディアは、揺れる馬車に眠気を誘われ、オースティンを抱きしめながら知らぬ間に意識を手放してしまった。


「――ス、ラス。起きろ」
「ん……」

 ぼんやり目を覚ますと、すぐ目の前にジークフリートの顔があった。

「やっ……!」

 恐怖のあまり慌てて彼を手で押しやり身を引いてしまったが、なぜかジークフリートが傷ついたような顔をしている。
 何をしようとしたのか、と疑問に思いつつ、クラウディアは自らの手を引っ込めた。

「ん……母様?」

 クラウディアと寄り添い寝ていたオースティンも、クラウディアの声で目を覚ましたようだ。

「いえ……大丈夫です。オースティン」

 隣で座っていたオースティンを抱き寄せ、顔を見ながらわずかに笑顔を見せた。
 無防備に寝ていた自分が恨めしい。ジークフリートの前で一瞬足りとも油断してはいけないはずなのに。

「そなたは子供の前でなら笑うのだな」

 立ち上がってクラウディアを見ていたジークフリートの口から、そんな言葉が漏れた。
 言葉の意味がわからずジークフリートを怪訝に見遣るが、ジークフリートは表情を曇らせ、クラウディアを冷たく見ているだけだった。

「来い。降りるぞ」

 ジークフリートはクラウディアから視線を外すと、先に馬車の外へ降りた。

「母様。ここはどこですか?」

 オースティンがクラウディアの顔を見上げて聞いてくる。クラウディアにもわからないが、おそらくアサラト公爵家に着いたのだろう。

「あなたはこれから、こちらでお世話になるのです。失礼のないように過ごしなさいね」

 それを聞き、抱きしめた腕の中でオースティンが不安そうな顔でクラウディアを見上げた。

「母様は……?」
「……オースティン、これから何があっても強く生きていくのですよ」

 クラウディアはオースティンからの問いに答えることはなく、彼から体を離しもう一度微笑んだ。
 久しぶりにジークフリートを見たせいか、改めてオースティンがジークフリートにそっくりだと思い知らされる。
 知らぬ間に自分に子供がいた、しかも望まぬ行為によってできた子供だとわかれば、ジークフリートは不快に思うだろう。

(結局私は、自分のことしか考えていなかった。これは傲慢な自分に返ってきた当然の天罰なんだわ……)

 自分のしたことの浅はかさを再認識してしまう。
 心の奥底に押しこめていた罪の意識が襲いかかるのを感じながら、クラウディアは目の前にある屋敷に視線を向けた。



   第二章 アサラト公爵家


「ラス、いい加減降りろ」

 外で待っていたジークフリートが、なかなか降りようとしないクラウディアに不機嫌そうに催促してくる。
 クラウディアは馬車の中で胸元をぎゅっと握り、覚悟を決めて馬車から降りる。馬車の脇ではジークフリートが手を差し伸べて待っていた。
 しかし差し出された手の意味がわからず、そのままその手を避けるように馬車から降り、そして次に降りるオースティンの脇を掴んで抱き上げて降ろした。

「ラス……いい度胸だな」

 低い声で偽名を呼ばれ、ビクッと体が跳ねる。これは紛れもなく怒っている声だ。
 見上げると、顔を引き攣らせて横に降りたクラウディアを見ているが、クラウディアにはジークフリートがなぜ怒っているのかまったくわからなかった。
 とりあえず「失礼いたしました」と言い頭を下げ、目の前に広がるアサラト公爵邸を再び見つめる。クラウディアが初めて見る貴族の邸宅は、まるで王宮のように広大だった。
 しかしクラウディアにとって、巨大な建物というのは嫌な思い出しかない。
 広い建物、広い空間、たくさんの人々……賑やかなのに何もない。虚しいだけの造形物という思い出しかなかった。

「ついてこい」

 ジークフリートに案内されて、公爵家の入口手前で停められていた馬車から屋敷に続く道を歩き進む。脇にはたくさんの使用人が待ち構えていた。

「母様、人がたくさんいます」

 物心ついた時から人里離れた場所に住んでいたオースティンにとって、これほど多くの使用人を目にしたのが初めてだからか、綺麗にお辞儀をしている使用人たちの脇を通りすぎながら、物珍しそうに眺めていた。
 屋敷の扉の前で、見覚えのある人物がクラウディアたちを出迎えてくれる。たしか昔からジークフリートに仕えていた若い側近だった……とクラウディアは何とか思い出した。

「お帰りなさいませ、ジークフリート様」
「貴方は……ブライアン様」
「おや。たしか貴女は……王宮で侍女として仕えていた、ラスでしたね?」

 ブライアンは伯爵家の三男で、年はジークフリートとあまり変わらなく、茶色の髪に青色の瞳、垂れ気味の目のおかげで優男やさおとこに見える。
 しかし伯爵家の誰よりも頭が切れる頭脳派で、早い段階でジークフリートに認められた策略家だ。
 じろじろとクラウディアのみすぼらしい身なりを確認していたが、彼の視線がクラウディアの顔へ移る。そしてブライアンはハッとしたような表情を浮かべた。

「貴女のその瞳は――」
「ブライアン、詮索はいい。この子供の面倒を見ていろ」
「子供……? こ、この子はっ!?」

 オースティンに視線を落としたブライアンは、さらに目をみはった。クラウディアの背後に隠れていたオースティンだったが、ちらっと三人の様子をうかがったときに顔はしっかりと見えていたのだろう。
 輝く銀髪に緋色の瞳。まるで幼少期のジークフリートを見ているような錯覚を起こすほど、よく似た顔立ち。

「ジークフリート様、いつの間に子を儲けたのですか? 一向に婚約する気配すらないのに、まさか王族との間に隠し子とは……」

 ブライアンは驚き半分呆れ半分といった様子で呟き、オースティンをじっくり観察している。
 しかしその呟きに、クラウディアは疑問を抱いた。

(……ジークフリート様が、結婚をされていない?)

 クラウディアが王宮を離れて、もう七年が経とうとしている。
 当時ジークフリートは、第二王女と婚約すると噂されていた……というより、ほぼ決定事項だった。
 つまり第二王女との婚約を破棄したのだろうか。
 そうクラウディアは考え込んでいたが、ふいに手首を掴まれた。ビクつきながらその主を見ると、ジークフリートが眉間に皺を寄せながら、こちらを睨みつけていた。

「ラス。その子供をブライアンに引き渡すんだ」
「……なぜです」
「そなたに聞きたいことが山ほどある。私と共に来るんだ。ブライアン、良いと言うまで何人なんぴとたりとも部屋に近づかせるな」

 睨むように言い放たれたクラウディアは、とうとう来るべきときが来たのだと腹をくくった。
 クラウディアは一度小さく息を吐くとかがみ、背後に隠れるオースティンと視線を合わせた。

「オースティン、少しの間こちらの方と一緒にいてくださいね」
「母様はどちらにいらっしゃるのですか?」
「安心なさい。母様はお話ししてくるだけです。こちらのブライアン様はたくさんの本を読まれている博識なお方ですから、あなたが聞きたかったことをなんでも教えてくださいますよ?」

 クラウディアはあえてブライアンに聞かせるために、声を大きくして話した。
 オースティンは好奇心旺盛で何でも知りたがるのだが、クラウディアが答えられないことがこれまでたくさんあった。
 安心させるようにクラウディアは穏やかに微笑んだ。
 もうオースティンに会うことはないかもしれない。だが今は、「オースティンは助ける」というジークフリートとの約束だけが自分を支えてくれていた。

「オースティンと言うのか。お兄さんと一緒にお部屋に行こうか? 本が好きなら書庫に案内しよう」

 状況を察したブライアンが、クラウディアに抱きついていたオースティンの前で座り、笑って気さくに話しかけている。
 オースティンはクラウディアに抱きつきながら、ジッとブライアンを観察して口を開いた。

「嫌だっ! 僕は母様と一緒にいる! 僕や母様をよく思ってないのにヘラヘラするな!」
「オースティン!?」

 いつも穏やかなオースティンが、牙を剥くようにブライアンに食ってかかっている。
 オースティンがここまで警戒している姿を見るのは初めてで、クラウディアは驚きを隠せなかった。
 最初こそ呆気に取られたブライアンだったが、すぐに興味深そうにオースティンを見て、口角を上げた。

「はははっ。ジークフリート様、この子には間違いなく貴方の血が流れていますね。人の感情を読み取ることに恐ろしくけている。しかも母様と言うラスと同じ緋色の瞳……なるほど、そういうことですか」

 会話の流れとその場の状況で、ブライアンはすべてを理解したようで、クラウディアとジークフリートを交互に見て、ため息をついた。

「ジークフリート様。お捜しの相手がようやく見つかったようですね。心中お察しいたしますが、感情のまま行動するのは得策ではございません。必ずご自重くださいませ」
「うるさい奴め。私がそんな軽率な行動をすると思うか」
「軽率とは言っておりません。感情のままの行動はお控えくださいと――」
「減らず口を叩く前に子供の面倒を見ろ。わかったな」
「わかりました、手短にお願いしますよ。ではお坊ちゃま、参りましょうか」


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