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番外編

初夜 2

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 メリーがジークフリートの私室の前で立ち止まり、扉をノックしている。

「お館様。クラウディア様をお連れ致しました」

 ナイトドレスの上に薄めのガウンを羽織っているが、やはりクラウディアは心許なさを拭えない。

 いくらジークが選んでくれたとはいえ、見窄らしい身体の私では、こういう装いは相応しくないのに…。

 ぎゅっとガウンの合わせを握りしめて、襲いかかる緊張と不安をやり過ごす。
 
「入れ」

 扉の向こう側から一言返って来て、メリーは笑顔で扉の前から退いた。

「では素敵な夜をお過ごし下さい」

 まるで自らの事のように喜びはしゃいでいるメリーを見て、クラウディアの緊張が少し和らいだ。

「ありがとう、メリー」
 
「いえ。…あっ!」

 扉の横に避けたメリーが思い出したように声を上げた。

「なに?」

 不思議そうに聞き返したクラウディアにメリーは周りに誰も居ないのだが、わざわざ声を潜めて近づき小声で話し掛けてきた。

「もし…歩けなくなっても、きちんとお運び致しますからご安心をっ…」

「…っ、メリーったら!」

 途端に真っ赤になったクラウディアに、メリーはまた笑顔を向けている。

「ではっ!」

 メリーは一礼して廊下を歩いて行ってしまった。 
 クラウディアは顔を赤らめながら部屋の扉を開けた。



「お、お待たせ致しました…」

 何故だか気恥ずかしくて俯きながら部屋へ入り、ゆっくり扉を閉める。

「何を騒いでいた?」

 同じく湯浴みを終え、ガウン姿で立っていたジークフリートが疑問を投げかけてくる。

「い、いえ…何でもありません」

 メリーがあんな事言うから…、変に意識してしまうわ…。

 実はジークフリートに会うのは久しぶりだった。
 式の前までジークフリートはどこかに出掛けていて、10日ほど邸宅を留守にしており会っていなかった。
 クラウディアも式の準備に追われていたので、挙式の際に久々の対面を果たしたのだ。
 
「来い。クラウディア」

 最近ようやく馴染んできた名を呼ばれ、速まる鼓動を抑えながらジークフリートの前までゆっくりと歩く。

「飲むか?」

 いつものテーブルの上には軽食やツマミにワインやシャンパンまで用意してあった。
 
「……いえ。大丈夫です」

 酒でも飲めば少しは気も紛れるかもしれないが、クラウディアは酒類を口にしたことがなかった。
 ジークフリートは手慣れたようにテーブルのグラスにワインを注ぎ、その液体を一気に飲み干した。
 立ったままその様子を眺めていたクラウディアは、様になる姿に思わず釘付けになる。

 まだ、夢の中にいるようだわ。ジークが私の夫になるなんて…。
 この王国の貴族の中で、一番高い地位にいるこの気高く美しい人がこんな私を選んでくれた…。
 
 思えば思う程、自分に自信のないクラウディアは萎縮し気後れしてしまう。

「どうした?」

 ジッと見ていたクラウディアに気づいたジークフリートがグラス片手に声を掛けた。

「何でも…ありません」

 白銀の濡れた髪が色気を帯び、見つめられる黄緑色の瞳は眼力が強くて直視出来ない。
 クラウディアはパッと視線を逸した。

 一言で言うならこの男は完璧な存在だ。
 全てを兼ね備えて尚、クラウディアを魅了する。
 何もない自分とは程遠い存在感に、クラウディアは怖気づいて何度逃げ出そうとしたかわからない。
 
「あ…、あの…ジーク。私は…しょ、初夜の作法など…わかりませんが……」

 目の前のジークフリートに視線を戻して頬を朱に染め、クラウディアは誤魔化すようにジークフリートに声を掛けた。

「──。はっ、…くくくっ、そなたはおかしな事を言う。今さら作法も何もないだろう」
 
 グラスに再びワインを注ぎ、さも愉快にクラウディアへと視線を向けている。

「…笑わないで下さいっ」

 ふいっとクラウディアはまたその顔から視線を逸した。

「あまり可愛らしい事ばかり言うな。そなたはいつものように、感じるまま愛らしく喘いでいればいい…」

 ワインを口元に当てたまま色気を帯びた流し目で見られ、視線を戻したクラウディアはまた顔を朱に染める。

「そのような…事は…」

「この日の為に煩わしい面倒事を済ませてきたのだ。心ゆくまでその身体を堪能させてもらおう」

「ジー…ク…」

 グラスをテーブルに置き、クラウディアの腰に手を回して自らの腕の中へと引き寄せた。

「この日を、誰よりも待ち望んでいた」

 逞しく色気を感じさせる胸元に引き寄せられたまま、ジークフリートに耳朶を軽く噛まれる。

「…んッ」

 耳元で囁かれる言葉にクラウディアの心拍数が次第に上がっていく。
 顎を強引に掴まれ、無理矢理視線をジークフリートへと向けさせた。

「やっ…!」

「そなたにはわからないだろう…。私がどれ程の長い年月を虚しさと共に過ごしてきたか…」

 目の前がジークフリートの精悍な顔で埋め尽くされて、鋭く熱の籠もる瞳で見つめられ逸らすことなど出来ない。

「ジーク…」

「ようやく捕まえたんだ…。もう逃げることなどできんぞ。私の積年の想い、その身で受け止めるがいい」

 真摯で真っ直ぐ向けられる瞳があまりに人間離れしており、クラウディアは言い知れぬ恐怖と期待にゾクリと戦慄を感じた。

 ──怖い……。でも、逃げられない……。
 
 捕らわれた獲物のように…、これから無惨に食われる小動物のように。

 クラウディアはゆっくりと緋色の瞳を閉じ、迫るジークフリートの唇を静かに受け止めた。



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