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番外編

初夜

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 ひっそりとした厳かな挙式を終え、クラウディアはアサラト公爵家へと帰って来た。

 近しい親類以外全て排除した挙式に、クラウディアも初めは驚きジークフリートに大丈夫なのかと問うたが、ジークフリートはさも普通の口調で、問題ないとだけ返事を返した。
 王族や有力貴族も参列するのかとビクビクしていたが、おかげでさほど緊張もせず無事務めを果たせた。

 オースティンも不満そうだったが花を持って祝福してくれた。クラウディアにはそれが何より嬉しかった。






 ◇





 前アサラト公爵夫妻にも挨拶を終え、クラウディアはジークフリートの私室の隣に設けられた自分の部屋へ来ていた。

 ようやく自分の部屋も与えてもらい、晴れてジークフリートの私室から立ち退けると思っていたのだが、どうやら今夜は初夜になると言われ、メリーと他の使用人達が張り切って支度を始めた。

「メリー、その…私はこういう事はあまり…」

 湯浴みの後に鏡の前へと座らされ、髪も邪魔にならない程度に綺麗に結わえられ化粧も薄く施された。
 
「いえいえ、クラウディア様。何と言ってもこれからお館様との大切な初夜、なのですからねっ」

 鏡の後ろに写り満面の笑みを浮かべているメリーが、やけに初夜を強調してくる。

「私達に…初夜は、関係あるのかしら…」

 婚前でもあれだけ関係を持ち、子さえ授かりすでに大きくなっている二人に、今さら初夜が必要なのかとクラウディアは疑問に思う。

「何を仰いますか!式を挙げたその夜は何であろうとも初夜になるのです!ですので精一杯おめかしして行かなければっ!」

 クラウディアの背後で髪の支度を整えながら、メリーの方が興奮気味に語っている。

「でも、ジークは…私をここに連れて来た時も初夜だと仰っていたわ」

 大きな鏡で自分の姿を見ながらクラウディアはポツリと呟いた。
 忘れもしない。
 オースティンと共に初めてアサラト公爵家へと連行された日の夜。
 ジークフリートは確かにそう言っていた。
 
「え?お館様がそんな事を?」
「えぇ」
「………ま、まぁ…それはそれ、これはこれですよ!お二人が正式にご夫婦へ成られた良き日なのですから、今夜が正真正銘の初夜になるのです!」

 身振り手振りで取り繕うようにペラペラと話し始めたメリー。
 
 式を終えた今でもクラウディアは信じられなかった。
 あのジークフリートと夫婦になったという事実。
 
 初夜…初めての夜。
 どちらにしろ、私にはいい思い出などないわね。

 だが、全てはあの日から始まった。
 あの夜の出来事が無ければクラウディアは今、この場には居なかったことだろう。

「さぁ、クラウディア様!こちらにお着替え下さい!」
 
 物思いに耽っていたクラウディアの背後から、メリーが何とも心許ないナイトドレスを広げた。
 鏡に映ったその衣装を見ながら、クラウディアは再びここに連れて来られた日の事を思い出す。

「あの、メリー…それ以外に…他の装いはないかしら……」
 
 薄く透けた紫色のナイトドレスを見て、クラウディアは困ったように尋ねた。

「これ以外の物ですか?あるにはありますが…これはお館様が自ら選んだ物ですので、こちらを御召しになられた方がお喜びになると思いますよ?」

「─っ!…ジークが…?」

「はい」

 まだナイトドレスを鏡の前で広げているメリーが、どこか残念そうな口調で話している。

 ジークが、私の為に…。

 その一言はクラウディアに衝撃を与えた。 
 あの冷血漢で堅物のジークフリートが、クラウディアの為にわざわざ夜の装いを選んだ。

 あの人がそんな事を…。
 いえ…きっと面倒だからと、適当にある物の中で選んだに違いないわ。

 昔からジークフリートの人となりを理解しているクラウディアはそう結論づけた。

 クラウディアが見てきた限り、ジークフリートは女性に対しては最低限の対応くらいしか見せていなかった。
 ジークフリートは昔から女性に人気もあり、舞踏会やパーティ等でも沢山の女性に囲まれ話し掛けられていた。
 クラウディアはその姿を、侍女として遠くからずっと見ていた。
 そんなジークフリートがドレスなど気に掛ける訳がない。

「わかったわ…」

 適当に選んだ物だと結論づけながらも、自分の為に何かをしてくれたという事に、心の底では喜びを感じた。 

「っ!お気に召されたようで良かったです!お館様も大変お喜びになられますよ!」

 メリーもクラウディアの返事に諸手を挙げて喜んでいる。

 クラウディアはメリーの反応に思わず苦笑を漏らした。

 袖を通すにはかなり抵抗はあるが、それでもクラウディアは着替え、ジークフリートの待つ私室へと足を運んだ。


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