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旅行編

最終日 6

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 それからウィルソンとサンノエルは団長と話があるからと席を外した。
 大事な話のようなので同席する訳に行かず、控えにはハンナもいるので一人にならないルーシェは自警団の練習を見ているからと、ウィルソンを促した。
 
 散り散りに練習をしている自警団の面々は、お互いペアになり打ち合いをしている。
 円形になっている訓練所の一角で椅子を用意してもらい、腰を下ろしてその様子を眺めていた。
 
(うーん…正直、レベルはあまり高くないかも。基礎がなってないし、個人差もかなりある。言っちゃ悪いけど、この程度ならウィル様の方が遥かに強い)

 騎士団ではない彼らは元が海の男達と言っていた通り、剣術に関しては目を見張るものはない。
 偉そうに物を言う訳ではないが、ルーシェも剣術歴は長いし、自分の腕に自信もある。大体見ていれば相手の実力もわかるものだ。
 
 烏合の衆とまでは言わないが、王都の騎士団に比べてしまえば雲泥の差だ。
 ウィルソン曰く、この国で貴族個人での騎士団の所有は禁じられているそうだ。
 何代か前の公爵家が王家に背き、騎士団を率いて反逆した。内戦状態になり、弾圧するまでに両者ともに相当の犠牲が出たらしい。
 その後からどの貴族にも関わらず、騎士団を持つ事が禁止になってしまった。

 ルーシェは周りを見渡すと先程はいなかったが、自分とは反対側の入口付近で、同じように見学している女性達がいるのを発見した。
 目を輝かせて男達の練習を見ている。

「ハンナさん、あの女性達は?」
 
「あの女性方はきっと、お目当ての男性を観覧しているのでしょう。あの一角は一時的に出入りが自由になっており、ああして一般の平民も見学出来るようになっているのです」

 微笑ましそうに話しているハンナに、なるほどと納得する。
 年若い娘達が色めき立ちながら見つめている姿に、前世の部活動などを思い出す。
 手にタオルと飲み物を持ち、休憩時間に手渡しに行く。自分には経験の無いことだが、そんな一場面を思い出した。
 ルーシェは苦笑する。
 学生時代はツライことが多かったから、そんな風に行動出来る彼女達を羨ましく思ってしまった。
 
「おい、また来てるぞ」
「あぁ~、またか…」

 打ち合いをしている一部の男達の会話が聞こえてきた。気のせいか、迷惑そうに話している。
 声のする方へ視線を移すと、ルーシェよりも幾つか年上の割と顔の整っている男達だった。

「はぁ…毎日飽きずによく来るよな」
「お前目当てだろ?手でも振ってやれよ」
「バカっ、やめてくれ!あの手の顔は俺の好みじゃないんだ」

 打ち合いをしているそのペアは、どうやら見学している一部の女性の事を話している。
 遠目に女性の方を見ると、確かに割りと目立つ格好をしている女の子がいる。
 目当ての男性の為に精一杯お洒落をしたのだろう。
 ルーシェの位置からは離れているが、見学している場所からだと微妙に近い。
 微かに聞こえる程度の会話だが、聞いていて気持ちのいいものではない。黙って聞いているルーシェの表情が曇る。

「はっきり言って迷惑なんだよ!大して可愛くもないのに、変に着飾って。似合ってないって気付けよ!」

 耳に入ってしまったのか、遠目にもその女の子が泣きそうな顔をしているのがわかる。そして俯きながら震える手でスカートを握りしめている。
 心無い言葉、横柄な態度、過去の忌まわしい記憶が蘇り濁ったようなドス黒い感情が溢れてくる。

「おいっ、そんな大声で言ってたら聞こえるぞ」
「はん、関係ないね。あんなブス」
 
 ルーシェの中の何かがブチッと音を立てて切れた。
 その場に立ち上がり、立って控えていたハンナに向かい合う。

「ルーシェ様?どうかなさいましたか?」

 勢いよく立ち上がったルーシェに、ハンナが驚きながら尋ねる。

「ハンナさん。お願いがあります」







 ◇



 

 ◇




「そこの貴方」

 自警団の練習服に着替えたルーシェは、先程悪態をついていた男に歩み寄った。

「え?あ、あなたは、領主様のご婚約者様!その格好は?」

「そんな事はどうでもいいの。私と手合わせしなさい」

 持っていた練習用の木剣を男の胸に向け、鋭く相手を睨む。

「はい?俺と、ですか??いけません!怪我をしてしまいます!」

「貴方相手に怪我などしない。いいから構えなさい」

 打ち合いをしていた周りの男達も何事かと手を止めて見ている。
 
「し、しかし…団長か領主様の許可無く…」

「つべこべ言わず、早くなさい!」






 ◇



 ◇





 実力差で言えばこの団員がルーシェに敵うわけもない。
 勝負は呆気ない程すぐに着いた。
 地面に座り込んだ団員の首元に、木剣の切っ先を突き付ける。

「まい…り…ました…」

 青褪めながら息を乱している団員を冷たく見下ろしているルーシェ。
 何事も無かったように冷淡にしている。
 少し前のルーシェの雰囲気とガラリと変わり、団長達も戸惑っていた。

「嘘だろ…つ、強ぇ…」
「やべぇな…団長よりスゴイんじゃないか」
「いやいや、領主様と同じ位だよ」

 ヒソヒソと話す声も聞こえるが、どうでもいい。
 自分の中に溢れてくる憎悪を抑えることが出来ないでいた。
 こちらの世界に生まれ変わってから、理不尽な事も多々あった。女性がこんな風に侮辱されるのを目の当たりにしなかったわけではない。
 だが何故か今、衝動を抑えられない。

 過去の惨めな自分が、泣いている女の子と重なる。
 
 持っている木剣をギュッと握り締める。
 
「良い機会です…他の方も相手になりましょう。誰でも構いません」
 
 ルーシェはぐるりと周りを見渡し、怒りの矛先を別に向ける。
 
「一人一人は面倒なのでまとまってかかってきて構いません」
 
「そんな…」

「あなた方では何人束になっても相手になりません」

 首元にあった剣先を周りにいた自警団の面々に向ける。この行為は挑発と共に宣戦布告の合図だ。
 ゴクリと唾を飲み、剣を構えた男達がルーシェに向かい躙り寄る。
 ルーシェは目を閉じる。
 周りが見えなくても、風を切る音で相手の動きがわかる。

 相手の動きに合わせ剣を振るう。
 周りで見ていた人々はまるで舞を踊っているような動きに、声を上げることも忘れ、息を呑みながらその光景をひたすら眺めていた。
 

 理性が失われても、急所は外している。
 1人、また一人と、次々に剣を交わしては倒れていく。
 何人倒しただろうか。

 ルーシェが動きを止める頃には、ほとんどの自警団の男達は床に伏していた。
 

「これは……」

「な、なんですか?一体、どうしたのですか?!」

 戻ってきたウィルソンとサンノエルが驚愕の表情で惨状を見つめている。

 
 周りに倒れている男達の中心で息も乱さず、ルーシェが剣を片手に立ちつくしている。
 荒ぶったふうでもなく。
 下を向いているルーシェに掛ける言葉もなく、その光景を眺めていた。

 ハッとしたウィルソンはすぐにルーシェに駆け寄る。

「ルー!!」
 
 呼び掛けにもルーシェは微動だにしない。
 まるで何も聞こえない遠い世界に行ってしまったように、視線が朧げで焦点が合っていない。

 周りにいた観客達は口元を手で押さえながら、その光景をただただ震えてみていた。
 シー…ンと静まる訓練所。

 駆け寄ったウィルソンはルーシェの後頭部を強引に引き寄せ、口付けを交わす。

「……っ!」

 無理矢理差し込まれた舌先にルーシェが反応する。
 
「んッ……やっ…ぁ………」
 
 我に返ったのか、ウィルソンの胸を押して抵抗する。
 その行動にウィルソンは密かに安堵の息をつく。勿論口付けは交わしたままだ。

「ふっ!……はぁ………」

 唇を離すと、ルーシェが真っ赤な顔で睨んでいる。
 どうやら元に戻ったようだ。
 唾液が伝う顎をペロリと舐め、ルーシェと視線を合わせる。

「な、なっ!」

「一体何があった?」

 剣を持っていない方の手で口元を押さえ羞恥に震えていたルーシェは、ウィルソンの言葉に身体を硬直させる。
 真っ赤に染まっていた顔色は見る見る青褪めていく。

 押さえていた口元の手は力無くダラリと下に落ちた。
 対応に失敗したと悟り舌打ちするウィルソン。
 崩れ落ちそうな身体をすかさず腕の中に閉じ込める。

「大丈夫か?」

「あっ……あ……違っ……」

 見下ろした視線の先には、紺色の瞳いっぱいに涙を溜めたルーシェが居る。
 錯乱しているのか、ルーシェ自身も何を喋っているのわからず、ひたすら涙を流していた。

「ルー、落ち着いてくれ。君を責めている訳じゃない」
 
 背中を擦り宥めるウィルソン。
 いつもの様に顔中にキスを降らせていく。
 嗚咽を漏らしながらその行為を受け入れていたルーシェは、次第に落ち着きを取り戻していった。
 最終的辿り着いた唇に再び自らのそれを重ねていく。
 
「んっ…」

 開いた隙間から舌を入れ、絡めるように咥内を嬲っていく。ダラリと落ちていた腕がウィルソンの背中の服を握り締める。
 
「ふ‥ぁ……んっ!」

 紡がれる吐息に色香が交ざるのを感じ、ウィルソンは静かに唇を離す。

 息を乱したルーシェは自身を取り戻すように呼吸を整えた。
















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