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旅行編
クロノ商会
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両手を振り、ハルが小さくなっていくのを見届けルーシェは席に着いた。
小さくため息をはくと、自然と涙がポロッと出てくる。
隣に座っていたウィルソンがハンカチを渡し、横から抱きしめてくれる。
「君がそこまであの子供に思い入れているのは、正直妬けるな」
ウィルソンの胸に顔を埋め、落ち着くまでしばらくそうしていた。
「……ウィル様……また、連れて来て下さいますか?」
そろそろと顔を上げたルーシェに、ウィルソンは微笑んで答える。
「もちろんだ。元より婚姻が済めば君はこの領地に住むことになる」
「それは嬉しいです…ただ、クロウド侯爵家の使用人の方々とお別れしなければならないのは寂しいですね…皆さんと親しくなれましたから」
ウィルソンから離れ、ルーシェは思ったことを正直に話す。特にマーサとは親子の様に親しくなれたから余計に離れがたい。
「君が望むなら屋敷から気に入った使用人を此方に連れてくるといい。クラウスは屋敷の管理や運営上難しいが、その他の使用人ならどうにかなる」
優しく気遣うように言ってくれるウィルソンの言葉が嬉しい。
「ありがとうございます…私の一存では決められないので、自分で声を掛けておきます。もし了承してもらえるなら、お願いしたいと思います」
その言葉を聞いて一番に思い浮かべたのはマーサだ。
お屋敷に戻ったらマーサに聞いてみよう。
マーサはルーシェがお屋敷に入る前に一人娘が嫁に行き、ずいぶん前に夫も病で亡くなってしまったから本当の意味で一人だ。
ルーシェの事も本当の娘の様に接して可愛がってくれている。マーサと一緒ならとても心強い。
他の使用人達も仲は良いが、皆それぞれの家庭があり暮らしがある。それを自分の我が儘で壊す訳にはいかない。
(私が…ここに住むのか………)
ハンカチを握りながら、隣に座るウィルソンをこっそり見る。
ウィルソンはちょうど窓の外を眺めていた。
卒業まで後数ヶ月程。ウィルソンの希望だと、自分の卒業と同時にルーシェと婚姻を交わし、此方に移り住む予定だった。
それも自分の我が儘なのだが、ウィルソンはルーシェの希望を聞き入れてくれた。
何事も無ければこのままウィルソンの妻となる。そしてこの領地に住むことになるのだ。ウィルソンはそれを自覚させるために連れて来てくれたのかもしれない。
ただ漠然と旅行に行きたいなんて提案したが、自分が思っている以上に実りのある旅行になりそうだ。
握りしめていたハンカチに目を移し、先ほど別れたハルの事を思う。
強くなりたいと願うハルの望みを叶えてあげるにはどうしたら良いか。
自分が口を出すのは間違っているのかもしれないが、弧児院にいるだけではそれは難しい。
変な輩に弟子入りされても困るし、きちんとした教育してくれる先生でも居れば良いのだが。
ルーシェはこれからのことに思いを馳せた。
◇
ウィルソンが言っていたクロノ商会に着いた。
夕刻になっていたせいか、辺りは夕焼けに染まっている。馬車を降りると、何となく見慣れた古風な建物が目に入る。
「ここがクロノ商会ですか?」
「あぁ」
店の扉の前には暖簾のような布が掛けてあり、期待に胸を踊らせる。
ウィルソンに手を取られながら店の敷居を跨ぐ。
店の中は木造の造りで、陳列物が棚や木箱の上に所狭しと並んでいた。
この国では珍しい引き戸を開けた時にチリンと鈴の音が鳴り、店の中から亭主が顔を出す。
「へいらっしゃい。こんな時間に珍し……はへ!?貴方は…りょ、領主様!?」
思わぬ客に亭主はひっくり返りそうに慌てて奥から出てきた。
ウィルソンが領主だと知っているのは面識があるからなのだろうか。
亭主は近くまで来ると腰を曲げて挨拶をする。
「久しいな、タユラ。変わらず息災のようだ」
「えぇ、領主様もお元気そうで何よりで!こちらにお見えになるのは前の視察以来でございますね」
「あぁ、そうだったな。そんなに経つか」
「あの時は大変お世話になりました。ところで………ええっと…そちらの可愛らしいご令嬢様は……?」
中年の髭を生やしたタユラと呼ばれた亭主は、低姿勢ながらウィルソンに手を取られているルーシェをチラチラと不思議そうな瞳で見ている。
ウィルソンは絡ませたルーシェの手を自らの口元に寄せ、チュッと軽くキスを落とす。
「彼女は婚約者だ。今日は彼女がジャニールの品物に興味があるというので見にきた」
手の甲に唇をあて甘く見つめられながら話すウィルソンに、ルーシェはボッと顔を赤くする。思わず手を引いてしまいそうになるが、ウィルソンに握られていたので離すことはなかった。
いちいち人前で見せつけるのは止めてもらたい。不意討ちの行動に心臓がバクバクと激しく動き出す。
「さ、左様ですか!ご婚約されていたとは露知らず…大変おめでとうございます!わざわざ我が商会にお越しくださるとはお目が高い!」
ウィルソンの行動に驚き、顔を赤らめていて焦ったようにお祝いの言葉を述べるタユラ。自分の店の商品が気になるというルーシェに満面の笑みを向ける。
「ルー、好きに見るといい。君の目当ての物があるといいが」
「は、はい!ありがとうございます…タユラさん、よろしくお願いします」
ペコリとお辞儀をするルーシェにタユラは慌てて止める。
「いえいえ!頭を下げて頂くなどとんでもございません!こちらこそよろしくお願い致します!気になる物がございましたら、何なりとお申し付け下せえ」
その口調に下町にいた商人達を思い出しルーシェはクスリと笑う。
************************
読んで頂き、ありがとうございます!
両手を振り、ハルが小さくなっていくのを見届けルーシェは席に着いた。
小さくため息をはくと、自然と涙がポロッと出てくる。
隣に座っていたウィルソンがハンカチを渡し、横から抱きしめてくれる。
「君がそこまであの子供に思い入れているのは、正直妬けるな」
ウィルソンの胸に顔を埋め、落ち着くまでしばらくそうしていた。
「……ウィル様……また、連れて来て下さいますか?」
そろそろと顔を上げたルーシェに、ウィルソンは微笑んで答える。
「もちろんだ。元より婚姻が済めば君はこの領地に住むことになる」
「それは嬉しいです…ただ、クロウド侯爵家の使用人の方々とお別れしなければならないのは寂しいですね…皆さんと親しくなれましたから」
ウィルソンから離れ、ルーシェは思ったことを正直に話す。特にマーサとは親子の様に親しくなれたから余計に離れがたい。
「君が望むなら屋敷から気に入った使用人を此方に連れてくるといい。クラウスは屋敷の管理や運営上難しいが、その他の使用人ならどうにかなる」
優しく気遣うように言ってくれるウィルソンの言葉が嬉しい。
「ありがとうございます…私の一存では決められないので、自分で声を掛けておきます。もし了承してもらえるなら、お願いしたいと思います」
その言葉を聞いて一番に思い浮かべたのはマーサだ。
お屋敷に戻ったらマーサに聞いてみよう。
マーサはルーシェがお屋敷に入る前に一人娘が嫁に行き、ずいぶん前に夫も病で亡くなってしまったから本当の意味で一人だ。
ルーシェの事も本当の娘の様に接して可愛がってくれている。マーサと一緒ならとても心強い。
他の使用人達も仲は良いが、皆それぞれの家庭があり暮らしがある。それを自分の我が儘で壊す訳にはいかない。
(私が…ここに住むのか………)
ハンカチを握りながら、隣に座るウィルソンをこっそり見る。
ウィルソンはちょうど窓の外を眺めていた。
卒業まで後数ヶ月程。ウィルソンの希望だと、自分の卒業と同時にルーシェと婚姻を交わし、此方に移り住む予定だった。
それも自分の我が儘なのだが、ウィルソンはルーシェの希望を聞き入れてくれた。
何事も無ければこのままウィルソンの妻となる。そしてこの領地に住むことになるのだ。ウィルソンはそれを自覚させるために連れて来てくれたのかもしれない。
ただ漠然と旅行に行きたいなんて提案したが、自分が思っている以上に実りのある旅行になりそうだ。
握りしめていたハンカチに目を移し、先ほど別れたハルの事を思う。
強くなりたいと願うハルの望みを叶えてあげるにはどうしたら良いか。
自分が口を出すのは間違っているのかもしれないが、弧児院にいるだけではそれは難しい。
変な輩に弟子入りされても困るし、きちんとした教育してくれる先生でも居れば良いのだが。
ルーシェはこれからのことに思いを馳せた。
◇
ウィルソンが言っていたクロノ商会に着いた。
夕刻になっていたせいか、辺りは夕焼けに染まっている。馬車を降りると、何となく見慣れた古風な建物が目に入る。
「ここがクロノ商会ですか?」
「あぁ」
店の扉の前には暖簾のような布が掛けてあり、期待に胸を踊らせる。
ウィルソンに手を取られながら店の敷居を跨ぐ。
店の中は木造の造りで、陳列物が棚や木箱の上に所狭しと並んでいた。
この国では珍しい引き戸を開けた時にチリンと鈴の音が鳴り、店の中から亭主が顔を出す。
「へいらっしゃい。こんな時間に珍し……はへ!?貴方は…りょ、領主様!?」
思わぬ客に亭主はひっくり返りそうに慌てて奥から出てきた。
ウィルソンが領主だと知っているのは面識があるからなのだろうか。
亭主は近くまで来ると腰を曲げて挨拶をする。
「久しいな、タユラ。変わらず息災のようだ」
「えぇ、領主様もお元気そうで何よりで!こちらにお見えになるのは前の視察以来でございますね」
「あぁ、そうだったな。そんなに経つか」
「あの時は大変お世話になりました。ところで………ええっと…そちらの可愛らしいご令嬢様は……?」
中年の髭を生やしたタユラと呼ばれた亭主は、低姿勢ながらウィルソンに手を取られているルーシェをチラチラと不思議そうな瞳で見ている。
ウィルソンは絡ませたルーシェの手を自らの口元に寄せ、チュッと軽くキスを落とす。
「彼女は婚約者だ。今日は彼女がジャニールの品物に興味があるというので見にきた」
手の甲に唇をあて甘く見つめられながら話すウィルソンに、ルーシェはボッと顔を赤くする。思わず手を引いてしまいそうになるが、ウィルソンに握られていたので離すことはなかった。
いちいち人前で見せつけるのは止めてもらたい。不意討ちの行動に心臓がバクバクと激しく動き出す。
「さ、左様ですか!ご婚約されていたとは露知らず…大変おめでとうございます!わざわざ我が商会にお越しくださるとはお目が高い!」
ウィルソンの行動に驚き、顔を赤らめていて焦ったようにお祝いの言葉を述べるタユラ。自分の店の商品が気になるというルーシェに満面の笑みを向ける。
「ルー、好きに見るといい。君の目当ての物があるといいが」
「は、はい!ありがとうございます…タユラさん、よろしくお願いします」
ペコリとお辞儀をするルーシェにタユラは慌てて止める。
「いえいえ!頭を下げて頂くなどとんでもございません!こちらこそよろしくお願い致します!気になる物がございましたら、何なりとお申し付け下せえ」
その口調に下町にいた商人達を思い出しルーシェはクスリと笑う。
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