92 / 113
旅行編
お菓子作り 2
しおりを挟む料理人の一人が物を落とした音で、ハッとなる。
「も、申し訳ございません!」
良い雰囲気になっている場合ではない。
意図せず調理場でイチャイチャする羽目になってしまった。
そう思うと一気に羞恥心が沸いてくる。ルーシェの腰に回っていた手が臀部を撫で始める。
これ以上放っておくとどんどん良からぬ方向へ行きそうなので、先に断っておく。
「ウィル様…申し訳ございませんが、まだやることがありますので失礼致します」
ちょっと強引に掴まれていた手を外し、ウィルソンの膝から降りた。
「ルー…」
ウィルソンは椅子に座りながら不服そうな顔でルーシェを見ている。
「あとは分ければ終わりですから、少しだけお待ち下さいませ」
ルーシェはその視線に気付かない振りをして、冷めたクッキーとキャラメルを篭に入れ始める。
クッキーは個包装にして種類別に分けた。子供達が数で喧嘩にならないようにと配慮する。
座っていたウィルソンは立ち上がり、ルーシェの肩に手を回し後ろから抱きしめてくる。
「ひゃっ」
「君はマメだな」
耳元で囁かれ、思わず変な声が出てしまった。
不意打ちはやめてほしい。せっかく抜け出してきたのにこれでは意味がない。
旅行に来てからウィルソンはおかしい。
甘い。とにかく甘過ぎる。
普段はお互いの時間が合わず、大体が夜の間くらいしか一緒にいない。多忙な時などはお城に泊まることもあるし、休日も登城するウィルソンはお屋敷にいることがあまりない。
ここまで長い時間一緒に居たことが無いせいもあるが、ウィルソンはこんな性格だっただろうか。
こんなにべったりくっついて片時も離そうとしないのは何なのだろう。
どうも距離感がおかしい。
勿論嫌な訳ではない。触れられるのは嬉しいのだが、他の人の目も気になるしドキドキし過ぎて心臓に悪い。
できれば二人きりの時だけにしてほしい。
あからさまに周りに見せつけるような行動は控えてもらいたい。
調理場を見回すと、料理人達の顔が赤い。
新人と言われていた若い料理人は特に動きがぎこちない。
領主など普通なら調理場にはあまり近づかないものだ。
ウィルソンは特に気難しい怖い領主で通っているようだし、こんな風に婚約者とイチャついているのを目の当たりにしてどう思われていることやら。
(とにかくさっさと作業を終わらせよう!この場から去るのが一番の解決策)
そう決めると、手際よく袋詰めを行い、次々篭へとクッキーが消えていく。
途中ウィルソンにちょっかいを出され、邪魔されながらもようやく作業を終えた。
ふぅ~と息をつき、篭を持つと場所を提供してくれた料理人達にお礼を言う。
「お忙しいのに調理場を貸して頂き、ありがとうございました!あと、色々お話が聞けて楽しかったです」
笑顔でお礼を言ったのだが、背後のウィルソンが怖いのか、返答がぎこちなかった。
「と、とんでもございません!こちらこそご教授頂きまして、大変勉強になりました!」
料理長が頭をペコペコ下げながら、お礼を言ってもらい恐縮してしまう。
後ろに居るウィルソンを見上げ、何か言ってくれと目で訴える。
ウィルソンは小さくため息をはき、料理人達に向かい声をかける。
「彼女が世話になったな」
「え?いえ!勿体なきお言葉!!め、め、滅相もございません!」
料理人達はビシッと直立し、深々と腰を曲げていた。
「では失礼します。また機会があればお話し聞かせて下さいね」
「は、はい!是非とも!」
軽く頭を下げ調理場を後にする。廊下に出ると持っていた篭をウィルソンに取り上げられた。
「あ、ウィル様…そのくらい持てます」
「君が持つ必要はない。こういった物は他の者に持たせるんだ」
そう言って後ろに控えていた侍女に篭を渡す。
侍女はウィルソンから篭を受け取る。
ウィルソンは空いた手をルーシェの腰に回し、顎に手をかけ自分の方を向かせる。
「ウィル様?…んっ!」
顔が近づいてきたと思った瞬間に唇が重なった。
早技すぎて回避出来なかった。
侍女がすぐ側にいるのに、構わず舌を入れてくる。
「ん!……んっ………ゃ………」
何とか離れようと試みるが力では敵わない。
逆に強い力で抱き込まれ、逃げられないよう後頭部を手で押さえる。
「んっ……んっ……ふ…ぅ……」
舌を絡めて吸われると、ゾクゾクと甘い痺れが身体を巡り次第に力が入らなくなる。
「ん……はぁ………ぁ……」
たっぷり舌で蹂躙され、唇を離されたが力が入らずウィルソンの腕の中に囚われる。
「他の男に君のその顔を見せたくないから我慢したんだ……褒めてくれ」
抱きしめているルーシェの頭にキスを落とす。
ルーシェは腕の中で羞恥に震える。
確かに調理場でキスされるのは嫌だが、どうせなら誰もいない所まで我慢してほしかった。
「それは…ご配慮…ありがとう…ございます」
本音は呑み込み、とりあえずお礼を言う。
ウィルソンと一緒にいるには、こういう事にも多少は慣れなくてはいけないのだ。
まだ気を使ってくれるだけましだ。
赤くなった顔を上げると、愛おしげな顔で見ていたウィルソンと目が合う。
ドキンと心臓が跳ねる。
(やっぱり甘い…こんな近くに一緒にいて、元の生活に戻れるかな……)
ここまで四六時中ベタベタして、王都に戻ったら物足りなくなりそうで怖い。
普段我慢してる訳ではないが、一日中一緒に居られることが幸せ過ぎて感覚が麻痺しそうだ。
再び近づく秀麗な顔に魅入られながら、与えられる唇の感触を甘受する。
***************************
読んで頂き、ありがとうございます!
まだイチャイチャ続きます。もう少しお付き合い下さいませ。
21
お気に入りに追加
1,588
あなたにおすすめの小説

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる