78 / 113
旅行編
領主様 ※
しおりを挟む大広間の扉を開け、堂々と入ってきたのは、なんとウィルソンだった。
(!!?)
何度も見返すが、艶やかなチョコレートブラウンの髪も、美しい薄紫の瞳も、あのスラリとした美貌の貴公子はウィルソンに間違いない。
ルーシェは驚きのあまり、抑え込んでいた手を離してしまいそうになる。
(え?えぇ?なんでウィル様が!?)
今度はルーシェがパニックになる。もしかしてここの領主様と知り合いとか?
そのわりと周りにそれらしき人は居ないし、一体どういうこと??
ウィルソンは押さえられたオズワルドを冷たい瞳で見下ろしている。
「クロス…フォード卿……」
神父は震えながら、青ざめた顔でウィルソンを見る。
「オズワルド…貴様には心底失望した……貴様に相応しい極刑を与えてやろう…この罪人を連れていけ!」
凍えるような冷ややかな声が辺りに響き、周りにいた自警団がオズワルドを囲む。
ルーシェは手を離し、神父を引き渡した。
神父は魂が抜けたようにガックリと項垂れ、一切抵抗せずに縄に着いた。
神父は促されながら、とぼとぼ歩き出す。
ルーシェはその様子を複雑な気持ちで見送る。
何十年も聖職者として務めてきたのに。
金に取り憑かれ、子供を売りに出すなんて本当に許せない。
でもこれで、これからは売られていく子供が出て来ることもないだろう。
出入り口に消えて行く神父を見ながら、そんなことを考えていると、ふと背中に物凄く視線を感じる。
一難去ってまた一難。
正直、後ろを振り向くのが怖い。
ウィルソンに謝ろうと思っていたが、まさかこのタイミングで来るとは思わなかった。
心の準備もなにもあったものでない。不意討ちすぎるだろ。
(あっ、でももしかしたら私だって気付いてないかも?こんな格好だし、被りものもしてるから顔も微妙にわからないかもしれない)
しかし、世の中そんなに甘くはない。
自警団の人達もいなくなり、大広間に四人だけが残される。他にいるのは数人の使用人の人くらいだ。
「さて、今回の働き大変お見事でした。心より感謝致します」
背後からサンノエルがルーシェに声をかけてくる。
俯きながら振り向き、すぐに膝をつき頭を下げて礼を取る。
「い、いえ……とんでもございません」
「ルーシェ!お前すげえな!本当に強かったんだ!」
ハルが無邪気に騒ぎ出す。
先ほどの活躍を見て、いたく感動しているみたいだが、ルーシェはそれどころではない。
(あぁ~!!思いっきり名前出しちゃったよ!)
ダラダラと冷や汗が流れ出す。
領主達を前にハルの無礼な振る舞いにも、肝が冷える。
「ハル、ちゃんと座らないとダメよ」
「……ごめん」
ルーシェが小声で嗜めると、ハルも大人しく従ってくれた。ルーシェの横にちょんと座る。
「今日はちょうど領主様もいらしてますので、直接お言葉を頂いて下さい」
そういうのいらないから!本当にいいから!
本来ならこうしてお言葉をもらうのはかなり栄誉な事なんだろうけど、今のルーシェは逃げたしたい気まずさでいっぱいだった。
しかも、今の言葉を聞く限りではやはりウィルソンは領主のようだ。
そもそもウィルソンがここの領主様だなんて聞いてない。
何も知らなかった事実に、驚きと共にショックも受けていた。
「顔を、上げてくれ」
声を聞いた限りでは怒っている感じはしない。先ほどはかなりの怒気を含んだ声音だったから。
顔を上げるのはかなり怖い。
ゆっくりと顔を上げると、そこには秀麗な顔をしたウィルソンが立っている。
視線が絡むと、ウィルソンは僅かに眉を寄せる。
ルーシェの胸がドクンと嫌な音をたてる。突然居なくなった自分を、まだ怒っているのだろうか
「ノエル。私はこのシスターと話がある。良いと言うまで誰も部屋には近づけさせるな」
「はい?こちらのシスターとですか?何かありました?」
サンノエルが不思議そうにウィルソンとルーシェを交互に見ている。
「あぁ、色々と聞きたいことがあるからな」
表情からは何を考えているかわからないが、二人きりになるのが怖い。
真っ直ぐにルーシェを見てくるウィルソンの双眸が怖くて、思わず視線を反らしてしまう。
「ルーシェ……大丈夫か?俺も一緒についていこうか?」
隣に座っていたハルが心配そうに聞いてくれる。
たった1日でハルはずいぶん頼もしくなった。元々お兄ちゃんだし、苦労しているからかもしれないが、このまま成長したら良い男になるだろう。
「ありがとう、ハル。私は大丈夫よ!少しお話ししてくるだけだから」
「本当に?」
「えぇ、本当よ」
にっこり微笑み、頭を撫でると安心したように引き下がってくれた。
「では、そちらの坊っちゃんは僕とお話しましょう。美味しいお菓子でも食べながら、これまであったことを教えて下さい」
「おかし!?うん、わかった!」
サンノエルが餌を撒くと、ハルは簡単に釣られて着いて行ってしまった。
ハル……チョロいヤツめ。
ちょっと悔しい気持ちになりながらも、サンノエルに着いて行くハルを見送る。
そちらに気を取られていたら、ウィルソンがすぐ近くまで来ているのに気付かなかった。
「─!」
腕を掴まれ立ち上がらせると、引っ張るように歩き出す。いつになく強引なウィルソンに、ルーシェも戸惑う。
「あ、あの!」
ウィルソンは無言のままだ。
やっぱりまだ怒っているのだろうか。
歩きながらウィルソンの掴んでいる手をジッと見つめる。
掴まれている手が熱い。たった一日会っていないだけなのに、ずいぶん久しぶりに会ったように感じる。
何か話そうとするが、無視されるのが嫌で話しかけられない。
奥へ奥へと進み、連れて来られたのは執務室というよりは寝室だった。
落ち着いた雰囲気の広いベッドに、品の良いソファーや1人掛け椅子などの家具が並び、天井にはシャンデリアがキラキラと輝いている。
幅広い窓からは太陽の光が燦々と入り、部屋を明るく照らしている。
中に入り、扉が閉まると同時に掴んでいた腕が寄せられ、荒々しく唇を奪われた。
「んんっ!……っ、…ふっ…ん!」
舌を吸われ、なぞられ、また吸われる。その度に痺れるような快楽を感じ、身体がびくびく震える。
「あっ……はぁ…んっ……ん」
次第に立って入られなくなってくる。
吐息ごと奪うような口付けに下腹部が熱く疼いていく。
「んっ……あ、……ウィっ……ふぅ!」
口付けの合間に話そうとするが、ウィルソンは執拗に舌を絡ませ、咥内を嬲ってくる。
「ん………んっ…………はっ」
立っていられない程の快楽に、脚から力が抜けウィルソンの胸にすがり付く。
ようやく唇を離してもらえ、眩暈のするような激しい口付けに、肩を上下させ口で息を整える。
そのままギュッと強く抱きしめられる。
「私が…どれ程心配したか、わかるか……」
圧し殺すような声に痛い程抱きしめられ、ルーシェの胸が張り裂けそうになる。
「……ウィル…様……」
「頼むから、私の目の届かない所に行かないでくれ!君の事ばかり考えて、居ても立ってもいられなかった」
ルーシェもウィルソンの背中に手を回し、ギュッと抱きつく。
「ウィル様……本当にすみません……私の勝手な行動で、貴方に余計な心配とご迷惑をかけてしまいました………」
ウィルソンの爽やかな香りを鼻孔に感じながら、逞しい胸に頬を寄せる。
「君が居なくなって、どれ程探した事か……危険な事に巻き込まれているかと思うと、おかしくなりそうだったぞ」
ウィルソンはため息をつきながら、少し身体を離しルーシェの顔を覗き見る。
「広間から君の声が聞こえた時には驚いた。飛び出していった君が、何故このようになっているのか、甚だ疑問だが……」
訝しげな視線を向けられ、グッと言葉に詰まる。
「えっと……色々とありまして……その、とにかく申し訳ございません」
視線を躱しながら、しどろもどろに答える。細かく説明していたらまた怒られそうだ。
「………いや、君が無事で良かった。だが、もう二度とこの様な事はしないでくれ」
その言葉を聞き、ルーシェは顔を曇らせる。
ウィルソンの胸を押し、間を置いて離れる。
「ルー…?」
「それは……お約束、出来ません……」
「何故だ?」
「これが私の性分だからです……もしまたこの様な事があっても、私は今回と同じように動くと思います……」
少し空いた距離からルーシェを見下ろし、腕を伸ばすとそっと頬に手を添える。
「何が君をそうさせる?偽善や自己満足ではないのだろう」
「…………」
ルーシェは俯いたまま答えない。
だが、身体が小刻みに震えているのがわかる。
ウィルソンは再びルーシェの背中に手を回す。
「一体何があったんだ?私には言えないことか?」
「違っ……違います……」
「では何故泣いている」
添えていた手でルーシェの顔を上を向けると、涙を流している目元にキスを落としていく。
「……っ、……私も、一緒なんです……」
「一緒?」
「はい……私にも、あの子と同じような経験があるんです」
1
お気に入りに追加
1,553
あなたにおすすめの小説
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました
平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。
王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。
ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。
しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。
ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?
転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています
平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。
生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。
絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。
しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる