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旅行編

領主様 ※

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 大広間の扉を開け、堂々と入ってきたのは、なんとウィルソンだった。

(!!?)

 何度も見返すが、艶やかなチョコレートブラウンの髪も、美しい薄紫の瞳も、あのスラリとした美貌の貴公子はウィルソンに間違いない。

 ルーシェは驚きのあまり、抑え込んでいた手を離してしまいそうになる。


(え?えぇ?なんでウィル様が!?)

 
 今度はルーシェがパニックになる。もしかしてここの領主様と知り合いとか?
 そのわりと周りにそれらしき人は居ないし、一体どういうこと??

 ウィルソンは押さえられたオズワルドを冷たい瞳で見下ろしている。

「クロス…フォード卿……」

 神父は震えながら、青ざめた顔でウィルソンを見る。
 
「オズワルド…貴様には心底失望した……貴様に相応しい極刑を与えてやろう…この罪人を連れていけ!」

 凍えるような冷ややかな声が辺りに響き、周りにいた自警団がオズワルドを囲む。
 ルーシェは手を離し、神父を引き渡した。

 神父は魂が抜けたようにガックリと項垂れ、一切抵抗せずに縄に着いた。
 神父は促されながら、とぼとぼ歩き出す。

 ルーシェはその様子を複雑な気持ちで見送る。
 何十年も聖職者として務めてきたのに。
 金に取り憑かれ、子供を売りに出すなんて本当に許せない。
 でもこれで、これからは売られていく子供が出て来ることもないだろう。
 出入り口に消えて行く神父を見ながら、そんなことを考えていると、ふと背中に物凄く視線を感じる。


 一難去ってまた一難。

 正直、後ろを振り向くのが怖い。
 ウィルソンに謝ろうと思っていたが、まさかこのタイミングで来るとは思わなかった。
 心の準備もなにもあったものでない。不意討ちすぎるだろ。

(あっ、でももしかしたら私だって気付いてないかも?こんな格好だし、被りものもしてるから顔も微妙にわからないかもしれない)

 しかし、世の中そんなに甘くはない。  
 自警団の人達もいなくなり、大広間に四人だけが残される。他にいるのは数人の使用人の人くらいだ。

「さて、今回の働き大変お見事でした。心より感謝致します」

 背後からサンノエルがルーシェに声をかけてくる。
 俯きながら振り向き、すぐに膝をつき頭を下げて礼を取る。

「い、いえ……とんでもございません」

「ルーシェ!お前すげえな!本当に強かったんだ!」

 ハルが無邪気に騒ぎ出す。
 先ほどの活躍を見て、いたく感動しているみたいだが、ルーシェはそれどころではない。

(あぁ~!!思いっきり名前出しちゃったよ!)

 ダラダラと冷や汗が流れ出す。
 領主達を前にハルの無礼な振る舞いにも、肝が冷える。

「ハル、ちゃんと座らないとダメよ」
「……ごめん」

 ルーシェが小声で嗜めると、ハルも大人しく従ってくれた。ルーシェの横にちょんと座る。

「今日はちょうど領主様もいらしてますので、直接お言葉を頂いて下さい」

 そういうのいらないから!本当にいいから!

 本来ならこうしてお言葉をもらうのはかなり栄誉な事なんだろうけど、今のルーシェは逃げたしたい気まずさでいっぱいだった。
 しかも、今の言葉を聞く限りではやはりウィルソンは領主のようだ。


 そもそもウィルソンがここの領主様だなんて聞いてない。
 何も知らなかった事実に、驚きと共にショックも受けていた。
 
「顔を、上げてくれ」

 声を聞いた限りでは怒っている感じはしない。先ほどはかなりの怒気を含んだ声音だったから。
 顔を上げるのはかなり怖い。
 ゆっくりと顔を上げると、そこには秀麗な顔をしたウィルソンが立っている。
 視線が絡むと、ウィルソンは僅かに眉を寄せる。
 ルーシェの胸がドクンと嫌な音をたてる。突然居なくなった自分を、まだ怒っているのだろうか

「ノエル。私はこのシスターと話がある。良いと言うまで誰も部屋には近づけさせるな」

「はい?こちらのシスターとですか?何かありました?」

 サンノエルが不思議そうにウィルソンとルーシェを交互に見ている。

「あぁ、色々と聞きたいことがあるからな」


 表情からは何を考えているかわからないが、二人きりになるのが怖い。
 真っ直ぐにルーシェを見てくるウィルソンの双眸が怖くて、思わず視線を反らしてしまう。

「ルーシェ……大丈夫か?俺も一緒についていこうか?」

 隣に座っていたハルが心配そうに聞いてくれる。
 たった1日でハルはずいぶん頼もしくなった。元々お兄ちゃんだし、苦労しているからかもしれないが、このまま成長したら良い男になるだろう。

「ありがとう、ハル。私は大丈夫よ!少しお話ししてくるだけだから」

「本当に?」

「えぇ、本当よ」

 にっこり微笑み、頭を撫でると安心したように引き下がってくれた。

「では、そちらの坊っちゃんは僕とお話しましょう。美味しいお菓子でも食べながら、これまであったことを教えて下さい」

「おかし!?うん、わかった!」

 サンノエルが餌を撒くと、ハルは簡単に釣られて着いて行ってしまった。
 ハル……チョロいヤツめ。

 ちょっと悔しい気持ちになりながらも、サンノエルに着いて行くハルを見送る。
 そちらに気を取られていたら、ウィルソンがすぐ近くまで来ているのに気付かなかった。

「─!」

 腕を掴まれ立ち上がらせると、引っ張るように歩き出す。いつになく強引なウィルソンに、ルーシェも戸惑う。

「あ、あの!」

 ウィルソンは無言のままだ。
 やっぱりまだ怒っているのだろうか。
 歩きながらウィルソンの掴んでいる手をジッと見つめる。
 掴まれている手が熱い。たった一日会っていないだけなのに、ずいぶん久しぶりに会ったように感じる。
 何か話そうとするが、無視されるのが嫌で話しかけられない。

 奥へ奥へと進み、連れて来られたのは執務室というよりは寝室だった。
 落ち着いた雰囲気の広いベッドに、品の良いソファーや1人掛け椅子などの家具が並び、天井にはシャンデリアがキラキラと輝いている。
 幅広い窓からは太陽の光が燦々と入り、部屋を明るく照らしている。
 

 中に入り、扉が閉まると同時に掴んでいた腕が寄せられ、荒々しく唇を奪われた。

「んんっ!……っ、…ふっ…ん!」
 
 舌を吸われ、なぞられ、また吸われる。その度に痺れるような快楽を感じ、身体がびくびく震える。

「あっ……はぁ…んっ……ん」

 次第に立って入られなくなってくる。
 吐息ごと奪うような口付けに下腹部が熱く疼いていく。

「んっ……あ、……ウィっ……ふぅ!」

 口付けの合間に話そうとするが、ウィルソンは執拗に舌を絡ませ、咥内を嬲ってくる。
 
「ん………んっ…………はっ」

 立っていられない程の快楽に、脚から力が抜けウィルソンの胸にすがり付く。
 ようやく唇を離してもらえ、眩暈のするような激しい口付けに、肩を上下させ口で息を整える。

 そのままギュッと強く抱きしめられる。

「私が…どれ程心配したか、わかるか……」

 圧し殺すような声に痛い程抱きしめられ、ルーシェの胸が張り裂けそうになる。

「……ウィル…様……」

「頼むから、私の目の届かない所に行かないでくれ!君の事ばかり考えて、居ても立ってもいられなかった」

 ルーシェもウィルソンの背中に手を回し、ギュッと抱きつく。

「ウィル様……本当にすみません……私の勝手な行動で、貴方に余計な心配とご迷惑をかけてしまいました………」

 ウィルソンの爽やかな香りを鼻孔に感じながら、逞しい胸に頬を寄せる。

「君が居なくなって、どれ程探した事か……危険な事に巻き込まれているかと思うと、おかしくなりそうだったぞ」

 ウィルソンはため息をつきながら、少し身体を離しルーシェの顔を覗き見る。

「広間から君の声が聞こえた時には驚いた。飛び出していった君が、何故このようになっているのか、甚だ疑問だが……」

 訝しげな視線を向けられ、グッと言葉に詰まる。

「えっと……色々とありまして……その、とにかく申し訳ございません」

 視線を躱しながら、しどろもどろに答える。細かく説明していたらまた怒られそうだ。

「………いや、君が無事で良かった。だが、もう二度とこの様な事はしないでくれ」

 その言葉を聞き、ルーシェは顔を曇らせる。
 ウィルソンの胸を押し、間を置いて離れる。

「ルー…?」

「それは……お約束、出来ません……」

「何故だ?」

「これが私の性分だからです……もしまたこの様な事があっても、私は今回と同じように動くと思います……」

 少し空いた距離からルーシェを見下ろし、腕を伸ばすとそっと頬に手を添える。

「何が君をそうさせる?偽善や自己満足ではないのだろう」

「…………」

 ルーシェは俯いたまま答えない。
 だが、身体が小刻みに震えているのがわかる。
 ウィルソンは再びルーシェの背中に手を回す。

「一体何があったんだ?私には言えないことか?」

「違っ……違います……」

「では何故泣いている」

 添えていた手でルーシェの顔を上を向けると、涙を流している目元にキスを落としていく。

「……っ、……私も、一緒なんです……」

「一緒?」

「はい……私にも、あの子と同じような経験があるんです」












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