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旅行編

お買い物 

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 薬師の所は街の外れにある小さな店だった。
 店に入ると沢山の小瓶や、良くわからない薬草が天井から干してある。
 独特の匂いが鼻につく。

 中からいかにもなおばあさんが出てきて、ハルに気付くと少し笑った顔を見せる。
 
「ようやく見つけたんかい?」

 おばあさんはまだ症状も言っていないのに、次々と薬を出していく。

「あ、あの?」

 不思議そうにおばあさんを見ていると、ハルが気まずそうに喋り出す。

「その、何度か来てるんだ……でもお金が無くて………」

 ハルは俯いている。
 その表情が意地らしくて、庇護欲をそそる可愛さだ。
 ルーシェは思わずギュウッと抱きしめる。

「わぁ!何すんだよ!」

 ハルが驚いたように顔を赤くして、暴れながらルーシェの腕から離れる。
 その様子がおかしくて、ハルの目線に屈みながら笑顔で話しかける。

「早く買って、飲ませてあげようね」
「う、うん……」
 
 まだ顔の赤いハルは、片腕で顔を隠している。
 おばあさんに値段を聞くと、ルーシェの持っていたギリギリの金額で何とか納まった。
 どうにか足りて良かった。
 
 今度はハルに薬を持ってもらって、質屋へ向かった。
 ルーシェは着ていたドレスや、少しだけ付けてもらった装飾品を次々売りに出す。代わりに簡素な平民服と交換し、あまりを全てお金に換金した。
 それだけでも結構な金額になってしまった。
 
 やはり高価な物だったのかと、ちょっと後悔しつつも、時間がないので今度は日用品や食品を買いに行く。 

 ハルは色々な店を教えくれて、必要な物を次々買って行くが、やはり一回では持ちきれなかった。
 とりあえず最低限必要な物を買い揃えていると、すっかり日も暮れてしまった。

「なぁ…」
「ん?なに?」

 大量の荷物を持ったハルとルーシェは、夕暮れの裏道を並んで歩く。
 夕日に照らされ、道に映った歪な影が2つ並んでいる。
 
「ルーシェ…は何で、こんなに面倒見てくれるんだ?あんただって、貴族なんだろ?」

 大きな荷物を何個も抱えながら、ハルは不思議そうに聞いてくる。
 ルーシェは自分が貴族だと思ってもらえたことに、ちょっと感動した。
 着ていた服のせいだとは思うが、少しは貴族のご令嬢に見えていたのかと思うと嬉しくなる。

「まぁ一応ね」

「なんでお貴族様が、こんなことするんだ?」
 
 下に移った影を見ながら、質問するハル。
 その様子が何だか可愛くてルーシェはクスリと笑う。

「ハルは難しい言葉も知ってるんだね」

「別に…大人の言葉を聞いて、覚えただけだ」

「そっか………なんだか、昔の自分を見てるみたいで、ほっとけなかったんだよね」
 
「なんだ?それ?」

「ふふふ、そんな大した理由はないんだ。それより、早く帰ってお薬飲ませてあげようね」

 ハルも頷き、家路へと急いだ。








 戻ってきたルーシェはテーブルの上に買ってきた全てのものを置き、タオルで口元を覆い後ろで縛り簡易のマスクをする。
 買ってきた薬を子供達に飲ませる。薬は苦いので、一緒に買った蜂蜜を混ぜて薬湯を作り、一人ずつ飲ませていく。

 何とかスプーンで少しずつ飲ませ終え、今度は消化の良い食事を作ることに。
 キッチンなどないので、外に出て七輪に似た物に買って来た鍋を乗せ、野菜を煮込んでいく。
 この世界には米が無いのでお粥は諦めた。

 その間、ハルには家の中に燭台を灯してもらい、いらないガラクタを裏側に移動してもらうことにした。
 ルーシェは煮ている時間を利用して、先に取っておいたお湯で子供達の体を拭き、買ってきた新しい服に着替えさせる。タオルを沢山買っておいて良かった。
 体がまだ熱い。苦しそうな呼吸に時折咳をしている。見た感じでは風邪のようだ。

「だあれ?……おかあ?」

「違うよ…大丈夫?」

 エマと言っていた女の子が、熱に魘されたように問いかけてくる。
 まだ6、7歳くらいだろう。
 着替えが終わると、背中に担いできた厚目の絨毯を敷き、その上に子供達を寝かせていく。
 タオルで枕を作り、首の裏側を冷やしていく。

「はぁ………冷たくて、気持ちい……」

 体もさっぱりしたおかげか、エマとアルはさっきよりは顔色が良い。薬も少しずつ効いてきているのだろう。

 外はすっかり暗くなり、いらないものを外に出していたハルも家の中に入ってきた。

「ルーシェ、終わったよ」

「ありがとう!ハル。お腹空いたでしょ?食べよ」

「うん、お腹ペコペコだよ!」

「その前にちゃんと手を洗ってこよう。ハルまで病気になったら大変でしょ?」

「わかった!」

 井戸水で手を良く洗い、ついでにハルの体も洗った。恥ずかしがっていたが、不潔なのは良くない。
 石鹸は高級なので普段なら買わないが、今回は思い切って買ってきた。
 頭や体も泡立てて洗うが、何日もお風呂に入っていないせいか、すぐ泡がへたりなかなか汚れが落ちない。
 何度か洗うとようやく泡立ちも良くなってきた。

 外で煮ていたスープも出来上がり、買ってきたパンと一緒に外で食べることにした。
 外も危険なのだが、家の中で食べる気にはならなかった。


 食べ終えると、再びタオルを口元に巻き、スープを持ってエマとアルにも飲ませる。
 体を起こし、スプーンで少しずつ飲ませていく。
 
「ん……おいし……」

「全部飲めそう?」

「うん、のむ」

 良かった。食欲はあるみたいだ。
 パンも食べるかと聞くと、少しだけだが食べ、また横になった。

「ルーシェ、あとは何かやるか?」

「ううん、もう遅いから寝ましょ?」

 寝る場所がないので、居間で寝ることに。
 床が固くて寝づらいが、1日くらいなら何とかなる。

「ねぇハル。この辺りに弧児院は無いの?」

 並んで寝ていたハルに、ルーシェが問いかける。

「……あるよ」
「だったら、そこでお世話になった方がいいんじゃないかな?貴方が小さい妹弟を一人で養っていくには無理があると思うの」

「…………」
「ハル?」
「………俺たちは、そこから逃げて来たんだ」
「え?どういうこと?」

 横を向いたルーシェに、ハルは天井を見ながら淡々と話し出す。

「あそこの弧児院は入った時は良かったよ。みんな良くしてくれたし、神父様もシスターも優しかった」

「うん」

「けどさ、見ちゃったんだ………神父様が、子供を売っているところ」

「!!」

 それって、人身売買ってこと!?
 奴隷制度も人身売買もこの国では禁止されており、破った者には厳しい厳罰が加えられる。

「それは……他の大人には言わなかったの!?」
「……もちろん言ったさ。だけど、証拠もないし……優しい神父様と身寄りのないガキの俺じゃ、誰も信じてくれなかった………」

「でも、どうやって?子供を売るような怪しい人間が来ていたら、シスターも気づくでしょ?」
「あの弧児院には隠し通路があって、たぶんそこで怪しいヤツと話しているんだ」
「なんでハルがその事を?」
「たまたま夜に起きたんだ……物音がして。そしたら壁がうっすら光ってて、押したら開いたから入っていったら中に部屋があって……そこで神父と、中にいたマントの人間との会話が聞こえてきたんだ」

「俺の一つ上くらいの子供の話をしていた。日にちとお金のやり取りをしてた。俺……怖くなって来た道を戻った。部屋に戻ってからも怖くて怖くて……その話してた子供はやっぱりいなくなった。治らない病気だから場所を移したって言われて。誰も不思議に思わないよな。結構良くあることだったから」
「そんな……」
「それからも何人かいなくなった……次は俺やエマが売られるんじゃないかって思って、3人で弧児院を出たんだ」

 ハル達はその後、ここに住み着いたらしい。ここに来てからはまだ日が浅いみたいだ。

 しかし、信じられない。神の使いである神父様が、まさか子供の人身売買に手を染めていたなんて。

「ハル……それは大変な事よ。すぐに自警団に言わないと!」

「ルーシェは、信じてくれるんだ……」

「当たり前でしょ!」

 体を起こしてハルに向かって言うと、ハルは泣いていた。

「みんな……信じて、くれないんだ……自警団にも言ったさ。でも、門前払いだった……」

「ハル……」

「周りの大人も…お世話になってるのに……恩知らずだって……打たれたり酷い目にあった……」

 それでこんな場所にまで逃げて来たんだ。
 横で泣いているハルを抱きしめる。

「一人で良く頑張ったね。ハルはすごく偉いよ!」

「うわぁぁん!」

 この子は、こんな小さな身体で一人で色んな事を背負って頑張って来たんだ。
 泣きながら震える背中を擦り、ハルが泣き疲れて眠るまでずっとそうしていた。

 このままじゃ駄目だ。
 こうしてる間にも同じように売られていく子供が出てきてしまう。
 
(ウィル様に相談すれば……でも、何の証拠もない。しかも只でさえ私の勝手な行動で怒っていると思うのに、こんな話信じてくれるかどうか………)

 また関わるなと言われ、もしかしたらそのまま連れ戻されるかもしれない。

 何か証拠があれば………。

 ルーシェは考える。もしかしたらその隠し部屋に、証拠になる書類や密約書があるかもしれない。


 自分がこの街に居られる時間は限られている。
 やるなら早い方がいい。
 

 ルーシェはハルを抱きしめながら、決意を新たにするのだった。
 
 


















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