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本編
side:ウィルソン
しおりを挟む私は女が嫌いだ。
幼少期よりこの母親に似た顔のせいで、酷い目にあってきた。
社交界の華と言われた母は、それは美しく気高い匂い立つような美女だ。年を重ねた今でさえ変わりはしない。
しかし私はその母親譲りの顔に悩まされていた。
年頃のご令嬢や夫人、使用人や侯爵家を訪ねてきた客人……挙げれば切りがないほど、言い寄ってくる女は後を絶たない。
あの臭い匂いを振り撒き、娼婦の様に肌を押し付け、気味の悪い声で甘える様に呼ばれる。
その全てに耐えられなかった。
年齢が上がるに連れ、その行動は酷くなる。
薬を盛られ無理やり襲われ、人を使い拐われることもしばしば……いらぬ経験ばかりが増えていき、そんな行為の数々に女という浅ましい生き物に嫌気がさすのは早かった。
自分の身を自分で守る為、すぐに剣術や体術を習う様になった。
人から貰う物や食べ物は一切受け取らず、近くに寄る者達には凍える程の冷たい態度を取ることで牽制した。
いつの間にか私のことを『氷の貴公子』などと言う理解し難いあだ名で呼ぶようになっていた。
学園に入ってからも周りの態度は変わらず、鬱陶しく、煩わしい日々が続く。
そんな中、たまたま用のあった隣のクラスに来ていた。
教師に用事があったのだが、用事も終え隣のクラスから出ようとした瞬間、人にぶつかる。
話していて周りを良く見ていなかったせいもあるが、気付くのが遅れた。その生徒はその衝撃で後方に吹きとんでしまった。
見たこともない女生徒だったが、派手に頭もぶつけ気を失っていた。
教師がやって来て慌てて医務室まで運んでいった。
自分が全て悪い訳ではないが、責任はこちらにもあるので行きたくはなかったが、目を覚ました彼女に謝りに行った。
この事を楯に変な言い掛かりをつけてすり寄って来られないか不安と嫌悪を混ぜながら向かった。
気が付いた彼女は私が謝ろとするとそれを止める。
自分のせいだから謝るなと。
彼女の話を聞くと、どうやら苦学生らしく、働きながら学園に通っていると説明を受け、悩みとやらを聞き、詫びも兼ねて屋敷で働くことを薦めた。
これなら後で文句を言われても此方も礼を尽くしたし、使用人として私に近づこうものならそれを理由に追い出せば良いと判断したからだ。
打算と気紛れで雇った彼女は、あっという間に屋敷の人間と親しくなっていった。
そして避けているかのように自分とはほぼ会わない。
たまに屋敷で通りすがりにされる挨拶すら礼儀的なものだ。
自分に近づくつもりがないと安堵した。
その方がこちらも都合が良い。
同じ屋敷で生活していながら、しばらく全く接点のない日々が続いた。
クラウスからは彼女の評価に対する話を度々聞いていた。
飾らない性格で欲がなく、誰にでも優しく、どんな仕事でも進んで楽しそうにやっていると。
今までの若い女の使用人が酷かっただけに、そんな風にクラウスが褒めること事態が珍しかった。
そして、ある日。隣国から自分の友人であるライオル…ライルが急に訪ねてきた。
朝、ジェフにライルが来ると伝え、晩餐の用意を頼んだのだが、そのジェフが倒れてしまった。
その時は私も焦った。日程の都合でその日しかライルは滞在することが出来ず、しかもライルはかなり食にうるさい。宮廷料理人を借りようとしたが、運悪くパーティーがあるからと断られる。代わりの料理人を見つけることが困難だった。
どうしようか考えあぐねていた時、クラウスから代わりの料理人が見つかったと連絡が入る。
安堵してライルを連れ、屋敷へ戻った。
クラウスに料理人は誰かと訪ねると、あの彼女だと、答える。自分の耳を疑った。
大丈夫なのか不安に思い晩餐についたが、予想を裏切る料理の数々だった。
初めて食べる料理にデザート。
どれも素晴らしく美味だ。あの食にうるさいライルでさえ絶賛していた程に。
連れて帰りたいとライルに頼まれたが、それは出来ないと、どうにか断った。
そんな彼女に礼を込めて褒賞を渡そうと呼んだが、使用人として当たり前のことだと一蹴されてしまう。
他の女ならドレスや宝石、もしくは私との関係を求めたりするのだが、彼女は必要ないという。
それでは此方の気も済まないので、感謝を込めて言うと、給金でいいと、予想外の答えを言ってくる。
しかも私に対する言動もかなり警戒しているのか、言葉の至るところに棘を感じる。
まるであまり接したくないと言われているかのような拒絶の態度だ。
僅かに興味が湧いてくる。
クラウスが後で彼女が作ったチョコ菓子を持ってきた。
一粒食べると、今まで味わったことのない食感と甘さが広がる。
夢中になって食べていると、クラウスが笑いながら、私に渡すのを嫌がる彼女をジェフが説き伏せて持ってきたんだと説明する。
あれだけの腕前を持ち、屋敷の使用人達には休日毎に自分の手製の菓子を振る舞っているらしい。
だが、私には一度足りとも渡されたことがない。
どうやら彼女には嫌われているらしい。
そう気付いた時に、胸の内が曇るような感情が広がる。
自分のその気持ちにも驚いた。
どことなく彼女の態度からそうではないかと思っていた。
あからさまに警戒され、威嚇するような態度を取られたことが今まで無かった。
それがショックでもあり、新鮮でもあった。
興味本意から彼女に近づこうと接触する。
自分から女に近づくのは初めてだ。
適当な理由をつけて舞踏会に誘った時も、彼女は赤くなりながら拒絶していた。
その反応に少しホッとする。完全に嫌われているわけではないと。
早朝、彼女が打ち込みをしている時には見て驚いた。
その流れるように美しく剣を振るっている姿に、思わず脚を止めて見入ってしまった。
赴くまま彼女の元へ行き、手合わせを申し出る。
後日手合わせしに行った時には、心踊った。
私も幼少期から剣術を習っていたが、彼女も見事に打ち返してくる。女性でここまで心得のあるものは中々いない。
打ち合いが思った以上に面白く、彼女から受け取った飲み物が予想外に美味かった。そして、初めて彼女が自分に笑った姿を見せた。
その笑顔に、心が満たされるような不思議な感覚が沸き起こる。
自分でもどうしてなのかわからない。
少しでも彼女に触れたくて、思わず手が出てしまった。
拒絶されなかったことに安心した。
そして、舞踏会当日。
事件が起こる。
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