【R18】ルーシェの苦悩 ~貧乏男爵令嬢は乙女ゲームに気付かない!?~

ウリ坊

文字の大きさ
上 下
32 / 113
本編

side:ウィルソン

しおりを挟む
 

 私は女が嫌いだ。


 幼少期よりこの母親に似た顔のせいで、酷い目にあってきた。
 社交界の華と言われた母は、それは美しく気高い匂い立つような美女だ。年を重ねた今でさえ変わりはしない。
 しかし私はその母親譲りの顔に悩まされていた。

 年頃のご令嬢や夫人、使用人や侯爵家を訪ねてきた客人……挙げれば切りがないほど、言い寄ってくる女は後を絶たない。
 あの臭い匂いを振り撒き、娼婦の様に肌を押し付け、気味の悪い声で甘える様に呼ばれる。
 その全てに耐えられなかった。

 年齢が上がるに連れ、その行動は酷くなる。
 薬を盛られ無理やり襲われ、人を使い拐われることもしばしば……いらぬ経験ばかりが増えていき、そんな行為の数々に女という浅ましい生き物に嫌気がさすのは早かった。

 自分の身を自分で守る為、すぐに剣術や体術を習う様になった。
 人から貰う物や食べ物は一切受け取らず、近くに寄る者達には凍える程の冷たい態度を取ることで牽制した。

 いつの間にか私のことを『氷の貴公子』などと言う理解し難いあだ名で呼ぶようになっていた。

 学園に入ってからも周りの態度は変わらず、鬱陶しく、煩わしい日々が続く。

 そんな中、たまたま用のあった隣のクラスに来ていた。
 教師に用事があったのだが、用事も終え隣のクラスから出ようとした瞬間、人にぶつかる。
 話していて周りを良く見ていなかったせいもあるが、気付くのが遅れた。その生徒はその衝撃で後方に吹きとんでしまった。

 見たこともない女生徒だったが、派手に頭もぶつけ気を失っていた。
 教師がやって来て慌てて医務室まで運んでいった。
 自分が全て悪い訳ではないが、責任はこちらにもあるので行きたくはなかったが、目を覚ました彼女に謝りに行った。

 この事を楯に変な言い掛かりをつけてすり寄って来られないか不安と嫌悪を混ぜながら向かった。

 気が付いた彼女は私が謝ろとするとそれを止める。
 自分のせいだから謝るなと。
 彼女の話を聞くと、どうやら苦学生らしく、働きながら学園に通っていると説明を受け、悩みとやらを聞き、詫びも兼ねて屋敷で働くことを薦めた。
 これなら後で文句を言われても此方こちらも礼を尽くしたし、使用人として私に近づこうものならそれを理由に追い出せば良いと判断したからだ。

 打算と気紛れで雇った彼女は、あっという間に屋敷の人間と親しくなっていった。
 そして避けているかのように自分とはほぼ会わない。
 たまに屋敷で通りすがりにされる挨拶すら礼儀的なものだ。

 自分に近づくつもりがないと安堵した。
 その方がこちらも都合が良い。
 同じ屋敷で生活していながら、しばらく全く接点のない日々が続いた。
 
 クラウスからは彼女の評価に対する話を度々聞いていた。
 飾らない性格で欲がなく、誰にでも優しく、どんな仕事でも進んで楽しそうにやっていると。

 今までの若い女の使用人が酷かっただけに、そんな風にクラウスが褒めること事態が珍しかった。

 そして、ある日。隣国から自分の友人であるライオル…ライルが急に訪ねてきた。
 朝、ジェフにライルが来ると伝え、晩餐の用意を頼んだのだが、そのジェフが倒れてしまった。

 その時は私も焦った。日程の都合でその日しかライルは滞在することが出来ず、しかもライルはかなり食にうるさい。宮廷料理人を借りようとしたが、運悪くパーティーがあるからと断られる。代わりの料理人を見つけることが困難だった。
 
 どうしようか考えあぐねていた時、クラウスから代わりの料理人が見つかったと連絡が入る。

 安堵してライルを連れ、屋敷へ戻った。
 
 クラウスに料理人は誰かと訪ねると、あの彼女だと、答える。自分の耳を疑った。
 大丈夫なのか不安に思い晩餐についたが、予想を裏切る料理の数々だった。
 
 初めて食べる料理にデザート。
 どれも素晴らしく美味だ。あの食にうるさいライルでさえ絶賛していた程に。
 連れて帰りたいとライルに頼まれたが、それは出来ないと、どうにか断った。

 そんな彼女に礼を込めて褒賞を渡そうと呼んだが、使用人として当たり前のことだと一蹴されてしまう。
 
 他の女ならドレスや宝石、もしくは私との関係を求めたりするのだが、彼女は必要ないという。
 それでは此方の気も済まないので、感謝を込めて言うと、給金でいいと、予想外の答えを言ってくる。
 
 しかも私に対する言動もかなり警戒しているのか、言葉の至るところに棘を感じる。
 まるであまり接したくないと言われているかのような拒絶の態度だ。

 僅かに興味が湧いてくる。
 
 クラウスが後で彼女が作ったチョコ菓子を持ってきた。
 一粒食べると、今まで味わったことのない食感と甘さが広がる。
 夢中になって食べていると、クラウスが笑いながら、私に渡すのを嫌がる彼女をジェフが説き伏せて持ってきたんだと説明する。

 あれだけの腕前を持ち、屋敷の使用人達には休日毎に自分の手製の菓子を振る舞っているらしい。
 
 だが、私には一度足りとも渡されたことがない。
 
 どうやら彼女には嫌われているらしい。

 そう気付いた時に、胸の内が曇るような感情が広がる。
 自分のその気持ちにも驚いた。
 どことなく彼女の態度からそうではないかと思っていた。
 あからさまに警戒され、威嚇するような態度を取られたことが今まで無かった。

 それがショックでもあり、新鮮でもあった。

 興味本意から彼女に近づこうと接触する。

 自分から女に近づくのは初めてだ。
 適当な理由をつけて舞踏会に誘った時も、彼女は赤くなりながら拒絶していた。 
 その反応に少しホッとする。完全に嫌われているわけではないと。

 早朝、彼女が打ち込みをしている時には見て驚いた。
 その流れるように美しく剣を振るっている姿に、思わず脚を止めて見入ってしまった。

 赴くまま彼女の元へ行き、手合わせを申し出る。

 後日手合わせしに行った時には、心踊った。
 私も幼少期から剣術を習っていたが、彼女も見事に打ち返してくる。女性でここまで心得のあるものは中々いない。
 打ち合いが思った以上に面白く、彼女から受け取った飲み物が予想外に美味かった。そして、初めて彼女が自分に笑った姿を見せた。
 その笑顔に、心が満たされるような不思議な感覚が沸き起こる。


 自分でもどうしてなのかわからない。

 少しでも彼女に触れたくて、思わず手が出てしまった。
 拒絶されなかったことに安心した。


 そして、舞踏会当日。
 事件が起こる。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

処理中です...