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本編

秘密 

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 ルーシェが目を覚ましたのは明け方だ。

 うっすら目を開けると、いつもの自室と違う部屋の景色が広がっていた。
 不思議に思って身を起こそうとするが、身体がとてつもなく怠い。
 指先一本動かすのも億劫で、身体が自分のものじゃないような感じだ。
 
 少しだけ身動ぎしようとしたが、それは違う何かに阻まれて出来なかった。
 その正体もすぐわかった。人の腕だ。しかも男の人の腕。
 ルーシェは焦った。頑張ってソッと顔を後ろに捻り、相手の顔を覗き見ると、そこにはウィルソンが寝ていた。
 
(え?え?ええぇぇ~~~!!)

 頭の中は大パニックだ。冷や汗が流れる。
 恐る恐るもう一度後ろを見るが、やはりウィルソンの美しい寝顔があり、むき出しの肩も見える。
 
 ルーシェの動きを阻んでいた腕は、薄い掛け布の上から、ルーシェの腰辺りに巻きついている。
 
 そして何故か二人とも裸だ。

(う、そ……嘘、嘘でしょ!?……待って待って!昨日……確か──!)

 ルーシェは昨日のことを思い出して、羞恥に身悶えた。
 顔が瞬時に赤く染まり、動悸が恐ろしく激しくなる。

(き、昨日……媚薬のせいで……ウィルソン様と……!!)

 思い至り、声にならない声で絶叫した。

(ど、ど、ど、ど、どうしよう!!)


 焦るばかりで解決策は何も思い浮かばない。逃げ出したかったが、ここが何処だかわからない。身体を動かそうにも全然力が入らない。
 腰と下半身のあらぬ場所がズキズキと痛む。未だに何か入っているような異物感も半端ない。

 昨日のウィルソンは本当に容赦なかった。

 いくら媚薬のせいといっても、ルーシェは初めてだ。行為自体ヒドイことをされた訳ではなく、終始翻弄されていた。
 だが快楽も過ぎれば苦痛に感じてしまう。何かに飢えているかのように求められ、こんな抱き潰すような真似をしてくる。 
 最後の方は意識が朦朧として記憶があまりない。

 しかし、あれだけの激しい行為の後なのに身体が気持ち悪くない。ということはウィルソンが後始末をしてくれたのだろう。
 それを考えるとさらに居たたまれない気持ちになってくる。

(……これからどうすればいいの?……お屋敷辞めなきゃダメなのかな?そうだよね……こんなことになっちゃったし……本当に、なんでこんな……)

 ルーシェはだんだん泣きたい気分になってきた。せっかくお屋敷の仕事にも慣れて、使用人の人達とも仲良くなれたのに、こんなことで全て手放さなくてはいけないなんて。
 少し身体を丸め、ため息を吐く。
 
 悲観に暮れていると、腰に巻きついていた腕がピクリと動き、そのまま身体を引き寄せられて腕の中に囚われる。

「──!」
「……起きていたのか?」

 耳元で囁かれる声が掠れていて、事後の色気のようなものを感じてしまう。
 吐息をすぐ側で感じ、心臓が壊れそうなくらい早鐘を打っている。
 昨日は媚薬のせいで正気ではなかったが、今はすっかり抜けてしまっている。
 そんな状態で、肌が触れあうのは悶絶ものだ。

 ルーシェが動いたので気付いたらしい。
 まだ寝惚けているのかわからないが、ルーシェの後頭部に軽くキスをする。咄嗟に身を固めてしまう。きっと首元まで赤くなってるだろう。

「身体は大丈夫か?」

 答えようとして、声が出ないことに気づく。昨晩散々喘がされ声も枯れてしまったらしい。
 出ないものはしょうがないので首を横に振る。

「すまない……たがが外れてしまった」 
 
 ギュッと背後から抱きしめられる。
 その腕の温もりに、昨日の激しい情事を思い出してしまい、ルーシェはさらに顔を真っ赤に染める。

 身体が動けば全力で回避しているが、ほとんど言うことが利かないのでされるがままだ。

 少し身を起こし、窓の外を確認したウィルソンが呟く。

「明け方か……人が増えないうちに戻るぞ」

 真っ赤になりながらルーシェも頷くが、自分の支度が出来ない。
 ただでさえドレスなど着たこともなかったし、人に着せてもらったのに……と、色々ぐるぐる思考を過らせていたが、いつの間にか違うドレスが用意されていた。昨日の物よりも着やすそうな簡素な物だ。

 どうにもならないのでウィルソンに身体を起こしてもらい、本当に恥ずかしかったが手伝ってもらいながら、根性でドレスに着替えた。
 
 だがさすがに足腰が立たず移動は無理だったので、抱えられて馬車まで運んでもらった。
 人は余りいなかったが恥ずかしくて顔を上げられなかった。

 馬車に揺られ、身体を酷使した疲れでいつの間にか寝てしまったらしい。
 気付いたらお屋敷の自分のベッドで寝ていた。
 ウィルソンが運んでくれたようだ。
 
 舞踏会に行った緊張で具合が悪くなり、熱が出て倒れたと、お屋敷の人には説明したらしい。
 心配したマーサさんが訪ねてきてそう言われた。

 

 

 あの日から3日。
 
 ようやく仕事にも復帰出来た。学園も2日ほど休んでしまった。
 枯れた声は薬も飲んだので二日目には喋れるまで回復したのだが、身体が言うことをきかなかったからだ。
 ウィルソンも心配してルーシェの自室まで見に来てくれた。
 そしてその時にルーシェは話をした。







「もう一度言ってくれ」

 ウィルソンは思わず聞き直す。

「………ですから、今回の件は事故だと思い、なかったことにしましょう…と申し上げました」

 ベッドから上半身を起こし、訪ねてきたウィルソンに提案した。
 
 ウィルソンは立ったまま黙っている。
 
 ルーシェは気まずさに俯いてしまう。
 
 自分としては良い提案だと思う。
 ウィルソンに責任を取れと迫る訳でもないし、ルーシェも今のままお屋敷で働けるならその方が良かった。

 はお互いが望んで行った行為ではない。
 これが一番の解決策だと思った。

 しばらく黙っていたウィルソンが口を開く。

「君が……望むなら、そうしよう……」

 絞り出すかのような声音に、ルーシェの心が何故か痛む。
 俯いたまま布団を握った。怖くてウィルソンの顔が見れない。
 見てしまうと、何か違う言葉を口走ってしまいそうで。

「邪魔したな。ゆっくり休んでくれ」

「……はい。ありがとう…ございます」


 パタン、と扉が閉まると、俯いていたルーシェの目から次々と涙が溢れる。シーツを握り、嗚咽を漏らす。
 

 何故かわからない。

 
 ただひたすら悲しくて、やるせなくて、しばらくルーシェは涙が止まらなかった。








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