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本編

密会 1

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 読んでいただき、ありがとうございます!
 (※)は付いてないのですが、少しだけ表現が入る場面がありますので、ご注意下さい。


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 それからいる、いらないの言い合いになったが、結局ルーシェには護衛が着くことになった。
 
 主にお屋敷と学園外でだ。学園内はさすがに目立つし怪しまれるので、なぜか極力ウィルソンと行動を共にすることになった。
 ルーシェは一緒に行動することで、他のご令嬢の反感を買い、逆に自分の身が危ないと抗議したかったのだが、有無を言わせず決まってしまった。
 
 エミリオには大層感謝された。
 たまたまあの時現場に通りがかっただけで、そんなに重要な事を言ったつもりはないのだが、よほど欲しかった情報らしい。

 そして嵐の様に王子とグレンは去って行った。


(…………ホント、口は災いの元ってこの事だよね……)

 

 今さらながら発言を後悔するのだった。



 

 







 ◇◇◇
 


 それから半月程経った昼休み。


 その日ルーシェは学園の物置小屋でこそこそ隠れていた。身なりはどこか汚れていて、顔には疲れの色が浮かんでいる。

 
 この半月ほど、学園内で毎日の様にウィルソンと一緒にいる。結局この前の婚約者(仮)もルーシェだとバレてしまった。
 
 この世界の顔面偏差値はかなり高いが、ウィルソンはその中でも上位に入る。しかも地位も将来性もトップクラスなのだ。
 そんなウィルソンと3歩くらい後ろに離れているとはいえ、近くにいればやはりご令嬢方の反感を買う。
 
 舞踏会の件もあり、表向きウィルソンの婚約者で通された。それに対し周りのご令嬢達の反応は想像を越えるものだった。
 仮とはいえ、男爵家の娘がウィルソンと付き合うことになったのだ。
 嫉妬、羨望、疑問の視線と声にさらされ嫌がらせが酷かった。
 
 ウィルソンがいない隙を狙い澄ましたかのように、陰で執拗に嫌がらせをしてくる。
 大抵は授業の終わる帰りがけだ。ウィルソンもクラスが違うし、常に一緒に居られるわけではない。
 
 
 物を隠されたり、ぶつかってこられたり、服を汚されたりと…よく考えるものだが、地味で陰湿ないじめが続いている。
 初めはそれらに対して避けていた。
 だが、避けると更に酷くなるので、身に危険が及ぶ時以外はなすがままにされている。
 そして呼び出されては、散々あることないこと嫌味、嫉み、妬み、侮蔑をぶつけられる。

「貴女の様な下位の貴族が、ウィルソン様と婚約など恐れ多いわ!身の程を弁えなさい!!不細工の癖にどうやって取り入ったのかしら?」
「どうせその貧相な身体を使って誘惑したんでしょう!!この穢らわしい阿波ずれが!!」
「まぁ、こんな見窄みすぼらしい女、クロウド様もすぐに厭きて捨てしまわれるわ。」

 ルーシェも自分は本当の婚約者ではないので、その辺は気にしていないのだが、だが自分に対しての誹謗はそれなりに傷つく。
 誘惑などしていないが、一晩の過ちのことがまた心を抉る。
 
 ウィルソンに報告はしてしない。したいとも思わない。女性の嫉妬など止めようもない。
 あのウィルソンの相手が自分の様な地味で、身分も低い貧乏男爵家の者なら、文句の一つも言いたくなる。
 たまに見兼ねたアイリスが止めに入ることもしばしば。
 ウィルソンが居るときに仕掛けてこないのが姑息だ。
 アイリスに散々ウィルソンに言えと言われたが、ご令嬢の嫉妬を余計に煽るだけだと、諫めた。
 
 少しの間我慢すればこの偽の婚約自体が無くなる。期間限定のことだ。
 それに、いじめというのは人に言うほど自分が情けなく、惨めになるものだ。
 

 
 ただそんな毎日に、ルーシェは心底イヤになっていた。 
 自由がない。一人になる時間もない。散々罵られる。近くにはいつもウィルソンがいる。
 
 落ち着くのは授業中か自室にいるときくらいだ。
 最近は危ないからと、早朝の打ち込みもろくに出来ていない。
 
 色々な意味で心が悲鳴を上げている。
 ほんの少しでいいから、自分1人になれる時間が欲しかった。

 今はまだ、過激な暴力にまで発展していない。黙って聞いていればどうにか遣り過ごせる。
 しかし、毎日繰り返されれば鬱憤も蓄積し、ストレスは相当なものだ。

 本当は今だってウィルソンと一緒に居なければいけないのだが、どうしても耐えきれず隙をみて逃げてきてしまった。
 恐らくウィルソンにはバレてしまっているだろう。     


 座り込んで一息つく。目を瞑り、抱え込んだ自分の膝に頭を置く。
 最近はこうやって息をすることすら忘れていたような気さえする。
 あの日の自分をどれ程後悔したことか。
 
 しばらく佇んで、少し落ち着いてきた。
 
 ここから出たら、またあの嫉妬の中に身を投じないといけない。そう思うと気が滅入る。
 だが、このままここにいる訳にもいかないのだ。

(しょうがない。そろそろ行くか……)

 軽い絶望感に苛まれながら立ち上がる。

 少し遠くから人の気配がする。ルーシェは身構える。
 まさかここが見つかったのだろうか。身を潜め、様子を伺った。
 足音が近づき、そしていきなり物置小屋の扉が開いた。

 咄嗟に身を隠す。どうやら誰か入ってきた様だ。

「──、ここで──」
「君は──、ですか?」
「もう、しょうがないな」

 声の感じからして男女の様だ。こんな人気のない物置小屋に何の用だろうか。
 不思議に思い、ソッと覗く。

(え?……あの子って!)

  目立つピンクの髪がまず目に入った。相手の男は良く見えないが、制服を着ていないので生徒ではないようだ。

(こんな所で密会?)

 ルーシェが見ているとも知らず、口付けを交わしながら二人は睦合っていく。

(え、え、えぇ~!まさかここで始めちゃうの!?ウソでしょう!?)

 ルーシェは信じられない思いで視線を外した。
 
 しばらくすると室内に激しい息遣いと、濡れた様な水音が響く。そして楽しそうに笑う声、激しくぶつかり合う音。
 ルーシェは耐えられず早々に耳を塞いだ。
 
 どのくらい経っただろうか。
 いつの間にか音や声らしきものは聞こえなくなっていた。姿は見えないが、耳から手を離すと服を着ている様な音が聞こえる。

「はぁ…はぁ…先生も、制服でする…の好きだよね」
「君は嫌いですか?」
「嫌いじゃないけど……」
「そう言ってあんなにぐちゃぐちゃに濡らして善がっているんだから、君も相当淫乱ですよね」

 部屋の中に情事特有の匂いが充満している。前の出来事が思い出されて、キツく目を瞑った。

(しかも、あの真面目で優しそうなアルベルト先生と、なんて………)

「先生、いつもの召集は学園長と一緒に来るの?」
「えぇ、行かせてもらいます」
「本当に~!じゃあ、いつもの別邸で待ってる!」
「またみんなで楽しみましょう」

 二人は身支度を終えると、早々に出て行った。

 ルーシェはしばらく立ち直れなかった。
 様々な感情が沸き起こり、頭の中がぐちゃぐちゃだった。
 震える足を何とか動かし、扉を開け恐々外を伺う。誰もいないようだ。
 そこからどうやって戻ったのか覚えてない。
 とにかくあの場所から離れたくて、無我夢中で歩いていると、ルーシェを探していたであろうウィルソンと鉢合わせた。

「……ようやく見つけた。一体何処に行ってたんだ。離れるなと言ったはずだろう」

 苛立ちを含んだ低い声と口調に、怒らせてしまったのかと更に暗く気持ちが沈む。

 普段、他のご令嬢に対して喋っている口調と一緒で、それが良くわからないが酷くショックだった。

「何か言ったらどうだ」

 俯いて答えないルーシェ。
 とりあえず謝ろうと、何とか出した謝罪の言葉が震えてしまう。

「…………申し訳……ございま…せ………」

 咄嗟に口を手で塞いだ。 
 その様子を怪訝に思い、ウィルソンが屈んで見るとルーシェはポロポロと涙を溢して泣いていた。

「なっ…!どうした!?」

 普段から淡々としているルーシェが、泣いているのを見て動揺する。
 理由を問うがルーシェは泣くばかりで何も言わない。
 
 
 どうして自分ばかり、こんな思いをしなければならないんだろう。
 逃げ出したのは悪かったが、自分も限界だった。
 
 
 先程の物置小屋での事、いじめられていること、ウィルソンを怒らせてしまったこと。
 
 ルーシェは一度溢れてしまった感情を止めることができなかった。
 泣き顔を見られたくなくて、その場から離れようと踵を返したが、その前にウィルソンが近づいてルーシェを腕の中に囲い、ぎゅっとキツく抱きしめた。
 
 抱きしめられたルーシェは逃れようと抵抗するが、その腕の力強さに抗えず、されるがままウィルソンに身を任せた。

「──もう、大丈夫だ」

 優しく耳元で囁かれる。気遣う様な言葉が染み渡り、自然とまた涙が溢れてくる。

 いつも身近に感じていたあの爽やかな香りが直接鼻腔を擽り、ルーシェを探し回ってくれていたのかほんのり汗の匂いも混じっている。

 久しぶりに与えられた温もりが泣きたくなるくらい心地好くて嬉しくて、安堵に身を任せてしまう。
 力が抜けたのを感じてウィルソンが支えるようにまた強く抱きしめる。
 ルーシェが落ち着くまで、暫くの間二人は抱き合っていた。


「落ち着いたか?」

 
 抱きしめながら背中を撫でてくれるウィルソン。その優しい感触にいつまでも浸っていたい気持ちになってしまう。

「…………はい」

 普段からは想像も付かないような、か弱い声で答える。
 体を離すとウィルソンはハンカチを差し出してくれる。お礼を言いながら受け取る。

「とりあえず場所を変えよう。歩けるか?」
「は、はい!すみません……」

 気が動転していて何も気にせずに抱き合っていたが、ここは往来。
 通りすがる生徒達が吃驚した様に赤くなりながら、遠巻きに見ている。
 正気に返り、急に恥ずかしくなったルーシェは足早に移動するのだった。


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