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本編
特訓
しおりを挟むあれから一週間経った。
今日は休日で仕事も終わったのだが、色々と疲弊して自室の机の上に伏せている。
ルーシェは仕事ではない疲れに悩まされていた。一週間前に命令されたことだ。
社交界の礼儀作法からダンスまで詰められるだけ詰められて、ルーシェは頭も体も限界に来ていた。
ダンスは割りと直ぐに覚えた。身体を動かすのは好きだからだ。
侯爵家に来てから、所作は注意されていたので、だいぶマトモになったと思っていたが、全然駄目みたいだ。
本格的にやるとなると、今までとは訳が違う。今習っている礼儀作法の先生から細かい所まで直され注意される。
(うぅ…辛い……)
机に伏せながら、あの日あの後にウィルソンから言われた事を思い出す。
◇◇◇
「申し訳ございません。仰る意味がわからないのですが………」
少し離れていたのだが、話ながらウィルソンが近づいてくる。
「──その嘘のないハッキリとした物言い、私が相手でも臆することもないし擦り寄ったりもしない、媚びる様な視線もない。そして何より──」
勢いよく近づいてくるので、ルーシェはその度に後ろに後退してしまう。だがそれは、生えていた樹木に止められてしまった。
ウィルソンは目の前まで来ると足を止めた。
「あ、あの………?」
「君はとても興味深い」
「……っ!」
ルーシェの手を取り、少し屈むと指先に唇を当てる。
(な、な、な、なっ………!!)
突然の事に頭が回らない。なぜウィルソンはこんなことをしているのか、わけがわからない。
口を開けて呆然としているルーシェに、ウィルソンは気にせずもう一度指先にキスをする。
「──!お戯れはお止め下さい!」
(なんで?!)
取られた手を強引に外し、相手を威嚇するように至近距離のウィルソンを睨む。たぶん絶対顔が赤くなってる。
ルーシェは男性に対し免疫がない。それは前世も今世も同じだ。できるなら関わりたくない。
許されるなら殴って逃げ出したい気分だ。
ウィルソンは距離を開け、少し口角を上げる。
「この程度は慣れて貰わないと困る。当日は婚約者として仲睦まじい姿を見せるのだから」
当然かのように言われても困る。
ルーシェは即座に否定する。
「ですから、私は──!」
「これから14日間、家庭教師をつける。ダンスに礼儀作法、わからないことはその都度聞いてくれ」
「ちょっ!」
「期待している…」
言いたいことだけ言うと、ウィルソンは踵を返し去って行った。
残されたルーシェはキスされた手を握り、早鐘を打つ胸元に寄せた。先ほどの行為を思い出し、また顔が赤くなる。そのまま後ろに寄りかかっていた樹にずるずるとへたりこむ。
(もぉ~~信じられない!何であんなこと!)
いきなり婚約者(仮)って何?!
先ほど言われた事を頭の中で反芻する。
(………ようするに嫁いでしまった従姉妹の変わりに、私が言い寄るご令嬢方の盾になれば良いってことでしょ。だから婚約者のフリをしろってことだよね?誤解を招く様な言い方しないでほしい!)
未だに熱が冷めない頬を両手で抑え、ルーシェはしばらくウィルソンが去った後を見ていた。
◇◆◇
そしてため息を一つ吐いた。
坊っちゃんは私を良いように遣いすぎだ。二週間でちゃんとしろだなんて、無茶苦茶過ぎる。
あの日の事を思い出し、机に頭を擦りつけた。
今更ながら全力で拒否しなかったのを後悔していたのだった。
◇◇
舞踏会まで残り5日。
まだ夜明け前の肌寒い早朝。
ルーシェは兄のお古を着て、邪魔な髪は三つ編みにして後ろに結び、庭の樹木の前に立っていた。
音が立たない様に樹木には布をぐるぐるに巻いている。
身体を解してから練習用の木刀を構え、そして流れる様に打ち込みをしていく。
侯爵家に来てから、毎日の様に続けているルーシェの日課だ。
前の部屋では狭くて鍛練自体出来なかった。
溜まりに溜まった日々のストレスを罪もない樹にぶつけていく。
(全く!坊っちゃんの!せいで!こんな!ことに!)
時折体を回転させながら、樹木を無心に打つ。そうすると溜まっていたイライラも少し消える。
打たれている樹木は布のおかげか、傷つくこともないし、そこまで大きな音も立てなかった。
暫くして、休憩を取る。体を動かしてスッキリとした気分だ。日々礼儀作法の先生に怒られているストレスと、ウィルソンへの憤りが少しは解消されていく。
渇いた喉を潤す様に、一気に用意したレモネードを飲み干す。手拭いを取り出し汗を拭いていると、誰か人の気配がした。
(こんな早朝に誰だろう?)
気配のする方向を見ると、なんとウィルソンが歩いて向かって来た。
ルーシェは焦る。
(え、なに?ま、まさかさっき憂さ晴らしに坊っちゃんを思いながら打ち込んでたのがバレた!?)
青ざめるルーシェを尻目に、ウィルソンは無言で近くまで歩みを進める。
「お、おはようございます、クロウド様。この様な格好で失礼致します。何かご用でございますか?」
目的はわからないが、とりあえず頭を下げ礼をする。早朝にも関わらず、ウィルソンは既に制服を身に付けている。
「窓から、君が打ち込んでいるのが目に入ってね」
ルーシェはまた動揺してしまう。一番見られたくない人に見られてしまった。
ウィルソンはルーシェの少し手前で足を止めた。
「申し訳ございません。騒がしかったでしょうか?」
「いや……君が、舞っているように見えた」
(???)
ちょっと言われてる事が良くわからない。ルーシェは思わず首を傾げてしまう。
「まさか剣術まで嗜むとはな。君は本当に面白い」
ウィルソンは腕を組んで可笑しそうに笑っている。
(これって、もしかして馬鹿にされているのかな?)
普通に考えて、貴族のご令嬢は剣術などしない。ルーシェが変わり者だと思われているから、おかしいのかもしれない。
「良かったら、今度私と手合わせしてくれ」
言われた事の意味がわからない。この人はどうして理解できない事ばかり言ってくるんだろうか?
「クロウド様に剣を向けるなど、そのような無礼は出来ません!」
「私は気にしないから大丈夫だ」
そう言ってウィルソンは去って行った。ルーシェはその後ろ姿を呆然と見送る。
(気にするに決まってるでしょ!坊っちゃんと手合わせなんて絶対イヤ!)
ルーシェもそろそろ仕事の時間だ。ずっとここにいるわけにいかない。戻らないと。
とりあえず何かの冗談だろう。
あまり深く考えないルーシェは、この後、本当にウィルソンと手合わせすることになるとは。
今はまだ知らない。
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