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本編
クロウド侯爵家 2
しおりを挟む次の日。
ルーシェは朝から荷物をまとめていた。元々荷物は少なく、少し大きめのバック一つに納まってしまった。
(とりあえず今日は、お店に行って最後の挨拶をしないと。)
学園に入る前から働かせてもらった職場。お世話になった定食屋のおじさんやおばさん、酒場の女将さんには事前に話しはしてある。酒場には先に挨拶を終え、今日は最後の定食屋の手伝いをして終了となる。
実家の領地から出てきて、今まで第2の家族の様な存在だった。
寂しさと申し訳なさが胸を締め付ける。
干渉に浸っていたいが、そろそろ定食屋に向かわなければいけない時間だ。
バックに蓋をして、持ち上げた。そのまま夕方に侯爵家へ向かう予定だ。
遅い時間に失礼ではないか、とウィルソンに聞いたが、こちらが急いで頼んでいるのだから問題ないと言われた。
短い間だったけど、少しは愛着のある部屋を見渡す。机とベッドしかない狭い部屋。
今日でお別れだ。それからいつも悩まされていた隣部屋の方の壁を見る。
(それじゃお隣さん、御機嫌よう。)
ルーシェは振り返ることもせずに部屋を後にした。
◇◇◇
(ここで間違えないよね?……しかし何度見ても立派なお屋敷。)
目の前にそびえ立つお屋敷を見上げながら、ルーシェは立ち尽くした。
学園に隣接しているクロウド侯爵家は、かなりの豪邸なので直ぐにわかる。登校するときにも近くを通っていたので迷うことはない。
ウィルソンには馬車で迎えを、と言われたが、速攻で断った。
荷物も少ないし、これから使用人としてお世話になるのに冗談ではない。
門番の人に挨拶をすると、話が通っているらしく、快く通してもらえた。門からお屋敷まで結構な距離があったが気持ちを整えながら歩いた。
(うわぁ~、お城みたい……)
まず門番がいることに驚いた。ルーシェの家にはそんなものはない。誰でも気軽に入れる。
うちは貧乏だが、一応家の中は最低限整えてある。
歩いている敷地内も周りが庭園の様に整っていて素晴らしい。見るものを楽しませてくれる。
(さすが、お金持ちは違うわ。こんな立派なお屋敷で、私なんかが働けるのかな?)
お屋敷が近づくにつれ、不安が増していく。
5分ほど歩いただろうか。ついに侯爵家の入り口についた。ルーシェは深呼吸を数回し、扉を叩いた。
ルーシェの対応にあたってくれたのは、執事のクラウスさん。
すごく物腰が柔らかで、ピシッとした執事服を身に纏い白髪が素敵なジェントルマンだ。自分の父より更に上の年齢だろう。
「本日は遠い所よりお越し戴きまして、ありがとうございます。早速ですがルーシェ様のお部屋をご案内させて頂きます。」
「こちらこそ本日より約一年間お世話になります。ルーシェ=サタナイトと申します。どうぞそのままルーシェとお呼び下さい。」
淑女の礼をする。
「まあ、堅苦しい挨拶はこの辺に致しまして。お疲れでしょうから、早速お部屋へ参りましょう。」
「お気遣いありがとうございます。よろしくお願いします。」
優しい言葉にニコリと微笑む。スッと荷物を抜かれ慌てて取ろうとするが、ニコリと微笑えまれて、「お持ち致します。お気になさらずに。」と返された。さすがは紳士。
あまり男性に優しくされたことのないルーシェは、クラウスのさりげない優しさに胸を高鳴らせた。直ぐにお礼をいったが顔が赤くなってしまう。
歩き出したクラウスさんの後ろを着いていく。
お屋敷の中も凄く広い。調度品や絵画が飾られて、美術館みたいだ。床や階段もピカピカに磨いてあり、埃一つない。部屋も見る限り沢山あり、廊下も掃除が大変そうなくらい長い。
思わずキョロキョロしてしまう。自分が場違いな場所に来てしまった様な気がして、身を縮めた。
階段を登り、長い廊下を歩く。案内されたのは2階の隅の一室だった。
「こちらが、これからルーシェさんのお部屋となります。」
案内された部屋を見てルーシェは驚く。
前の曰く付き物件がひどかったのもあるが、使用人の部屋にしてはかなり広く、華美であった。自分の実家の部屋よりも豪華だ。客室の間違えではないのか。
「本当にこちらなんですか?こんな立派なお部屋、頂けません。もっと普通の質素なお部屋で大丈夫です。」
「申しございませんが、こちらのお屋敷ではここが一番狭い部屋となります。なので遠慮なくお使い下さい。」
開いた口が塞がらないとはこの事だ。
そんなルーシェの様子にクラウスはニコリと笑い、部屋にある丸テーブルに荷物を置いてくれる。
「こちらには浴室やトイレも併設されております。本日は坊っちゃまもまだお帰りになられていないので、このままお休み下さい。明日から仕事の説明をさせて頂きます。」
丁寧に説明してくれるクラウスにお礼を述べる。正直疲れきっていたので、このまま休ませてもらえるのはありがたい。
夕食の心配もされたが、他で済ませたと伝えると、そのまま部屋を下がってくれた。
扉を閉める音がして、ルーシェは恐る恐る部屋の椅子に腰かけた。
備え付けのベッドも自分が寝ていた物の倍くらいの大きさがある。壁際には大きな姿見が置いてあり、机やソファー、収納棚もついている。
今までの環境と違いすぎて尻込みしてしまう。
(こんな立派な所に暮らして大丈夫なの?初日から不安だ。)
しばらく部屋を見渡して呆然としていたが、荷物を解くため動き出した。少ない荷解きはすぐ終わり、落ち着かなくて部屋の中を意味もなくうろうろしてしまう。鏡の前に立ち久々に自分の姿を見る。
腰までの胡桃色の髪は一纏めに結ってあるが寝不足でパサパサしている、アーモンド型の紺色の瞳の下にくまがくっきりと浮かんでいて、顔色が悪く、唇も肌もがさがさしている。服だって質素でみすぼらしい。
よく、ウィルソンは悪いからといって、自分のようなパッとしない人間を雇う気になったものだ。
これでも、前世と比べれば格段にまともな顔をしていると思う。前はその顔のせいで、散々嫌な思いをしてきた。ただ、この世界の顔面偏差値は高い。ルーシェは至って普通だ。
(まあとにかく、やれるだけのことはやろう。)
難しく考えることが苦手なルーシェは、すぐに気持ちを切り替えた。
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