【R18】夫と6年間レスだった私が憑依転生したのは、大人向けweb小説の悪役令嬢でした

既視感

　咄嗟にノアがミレールを庇かばい、胸元へ抱きしめてリアーノ伯爵令嬢に背を向けている。

「ミレールッ！　大丈夫か!?」

「えぇ。ありがとうございます、ノア」

　笑顔でお礼を言ってから視線を落とした先に、パラパラと玉のようなものが数個、床に散乱している。
　油断した隙にもう一度、リアーノ伯爵令嬢がミレールに向かい同じものを投げてきた。

「このぉッ!!　ノア様！　なぜそんな女を庇うのですか?!」

　またノアが体を張って庇ってくれているが、今度は数が多すぎてミレールにも当たっている。

「おいッ、やめろッ！」

　投げられたものをよくよく見てみると、それは艷やかな光沢があるものだった。

（これは……真珠？　なぜ、リアーノ伯爵令嬢が真珠を？）

「フフフッ、これで終わりよ！　これでノア様は私のものになるわ！　あなたは貝類が駄目なんでしょ?!　あなたの体質のせいでオルノス侯爵家が大損したのよ!?　だから私がお父さまにお願いして、オルノス侯爵が手がけるはずだった事業を手に入れたの！」

　リアーノ伯爵令嬢はさも楽しげに、高らかな笑い声をあげている。

「――なんてことっ……！」

（まさかあの違法事業を、リアーノ伯爵が手がけてしまったというの?!　だからわたくしが貝類が駄目だという嘘の情報を知っているのね！）

　正直、原作の小説ではそこまで先のことは書かれていなかった。
　主人公以外の行く末はわからず、脇役たちは途中で出なくなるとそのまま描写すらされなかったからだ。

「ノア様、これで元に戻りますわ！　元凶のその女がいなくなれば、ノア様につきまとう噂も無くなり、手放した事業もすべて元通りになりますっ！　もう何もご心配はいりません！　ですから私を選んでくださいっ!!」

「お前ッ……！　いい加減にしろッ!!」

　ノアがリアーノ伯爵令嬢に向かい、眉間に深い皺を寄せて厳しい表情で激高している。
　騒ぎを聞きつけたのか、パーティー会場の入り口を覗いている人間がワラワラと集まっていた。

「……ノア様？　どうしてそんなお顔を……？　こんなに、こんなに愛してるのにッ……！　その女のせいよ……！　その女が、ノア様を惑わしてるのね！」

　そしてまた、持っていた真珠を力任せに投げつけてきた。

「ノアっ！」

　ノアはミレールを背後にやると片手でガードし、無数の真珠を自ら受けていた。

「惑わすだと?!　お前のほうがどうかしてる！　俺の妻はこいつだけだッ！」

　ノアが今まで見たこともないくらい、怖い顔でリアーノ伯爵令嬢を睨み凄んでいた。

「ッ！　ノア、様……？　どうして……私を……？　――これも全部……、あなたのせいよ！」

　激高しているノアよりも、恨みを込めてミレールを睨みつけているリアーノ伯爵令嬢のほうがよほど恐ろしく感じる。
　ゾクッと寒気がして、思わずノアにしがみついた。

「あなたなんて……あなたなんて、さっさといなくなればいいのよッ!!」

　――ドクンッ！

　リアーノ伯爵令嬢が放った一言を聞いた瞬間、心臓が一際ひときわ大きく跳ねた。
　なぜかはわからないが、目の前の世界がぐにゃりと大きく歪んでいる。

「あ……あ、ぁ………」

　ノアの体から手を離し、思わず胸元をギュッと握り締めた。

『あなたなんていなくなればいいのよッ!!』

　――ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ！

　心臓が驚くくらい、強く速く脈打っている。
　それに合わせて「はぁ、はぁっ……！」と呼吸も荒くなり、立っていることが辛くなっていく。

「いッ……！」

　左脇腹が急にズキッと痛み、ミレールは速まる心臓と共に脇腹も押さえようと手を伸ばす。
　だが押さえきれずにクラッと目眩を覚えて、青褪めたままノアの胸に寄りかかった。
　
「ミレール、どうした？　大丈夫か!?」

　ノアが力の抜けたミレールを抱き留めるが、意識はすでに薄れかけていた。

（この、場面……、この台詞…………、わたくしは、知っている……？　以前にも、同じ光景を――――）

「ミレール!?　ミレールッ!!」

「ざまぁみなさいっ！　ノア様を奪った罰が当たったんだわ!!」

　ミレールの目の前が霞んでフッと真っ黒になり、大声で名前を呼んでくれている声が遠退いていく。
　
　そしてそのまま、ノアの腕の中で意識を失った。