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安堵

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 夢で見たおぞましい感覚と似ていて、気分がとても悪い。
 とにかく早く曲が終わってくれないかと、そればかり願っていた。
 ようやく曲が終わり、ホッと息を吐いた。安堵していたのもつかの間、ジョセフがミレールに近づく。

「美しい人。このまま外へ移動しませんか?」

 またミレールに手を伸ばし、にこやかな笑顔で平然と誘っている。
 解放されると思っていたミレールは、執拗なまでのジョセフの態度に体が強張こわばる。

「っ! ……遠慮いたしますわっ」

 その手を避けるように一歩後ろへと引くと、背中が誰かの体に当たった。

「ダンスは終わった! 妻を返してもらおうかッ……!」

 ぐいっと片手で力強く腰を引かれ、かばうように抱き寄せられた。

「ノアっ」

 見上げたノアの顔は怒りに満ちていたが、自分のことでノアがここまで怒ってくれていることがミレールには嬉しかった。
 
「おや、また邪魔が入ってしまいましたね。残念です」

 ノアも場をわきまえているのか、どうにか怒りを抑えているように見える。
 ジョセフを鋭く睨みつけ、怒気の含んだ声で牽制している。

「では、美しい人。またお会いしましょう」

 パチッとウインクをミレールに送り、いかにも紳士然としているが、やっていることはとんでもない不貞行為だ。
 ミレールはノアの腰に抱きついたまま、無言を通していた。
 変わりにミレールを抱き寄せていたノアが荒い口調で答える。

「次など、永遠にないっ!」

「ははっ……、それはわからないなっ」

 悪びれた様子もなく、ジョセフは笑顔でその場を去っていった。
 小公爵相手に、ノアもかなり強気に出ていて心配だったが、ジョセフがいなくなり安心したのも確かだった。

「大丈夫か?」

「……えぇ」

 大丈夫かと言われればそうではなかったが、この場で騒ぐ訳にもいかない。
 ただあからさまな欲望を向けられた不快感はいなめず、気持ちが落ち着かないまま震えながらノアに抱きついていた。

「気分が優れないようだな……どこかで休ませてもらおう」

 心配そうに気遣うようかけられた言葉だが、ここが社交の場だと思い返しハッとする。
 ノアから体を離し、顔を上げて笑顔で毅然と振る舞った。

「いえ……わたくしは、大丈夫ですわ」

 公の場で少しでも弱味を見せてはいけない。
 それだけ周りは自分たちに注目している。とくにミレールの噂は悪いものしかなかった。
 ノアやオルノス侯爵家のためにも、気丈に振る舞わなくてはならないと自らを奮い立たせた。
 
「こんな時まで強がらなくていい」

 背中に回っていた手が後頭部に移動し、思考の回らない頭で近づくノアの顔を視界の端で捉えていた。
 ノアの吐息を間近で感じたと思った瞬間、考える間もなく唇が奪われた。

「――んっ……!」

 深く重なった唇を割るように、ノアの舌がミレールの腔内を貪るように蹂躙していく。

「はっ、ぁ……」

 しばらく貪ったあと、舌と共に離れていく唇に名残惜しさを感じながら、閉じていた紫色の瞳をゆっくりと開いた。

「やっぱり顔色が悪いな。別の部屋で休憩しよう」

 至近距離でノアの瑠璃色の瞳が細部までわかるほど距離が近い。
 周りのざわめきなど気にならないくらい、視界がノアでいっぱいになっている。

「わかり、ました、わ」

 はぁ……、と情欲を孕んだ熱い吐息を漏らす。
 こんな状況だが、心のどこかで優越感を感じている。
 あれだけ不快に満ちてあふれていたが、今では「愛されている」という絶対的な安心感だけがミレールの気持ちを独占していた。
 
「歩けるか?」

「おそらく、無理そうですわ」

「そうか」

 なんの疑問もなく、当たり前のようにノアがミレールを大事そうに抱えて移動を始めた。
 
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