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予期せぬ相手

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 ダンスが始まり練習の成果もあり、注目を集めながら危なげもなく完璧に踊ることができた。
 
(これもミレールのおかげね。王太子妃を目指していたミレールは傲慢で我が儘でしたが、プライドが高かった分、人一倍努力はしてましたから)
 
 これは徐々に戻りつつあるミレールの記憶からわかったことだった。

 ダンスを終えると拍手が沸き起こる。
 そこからはひっきりなしにダンスの相手を求められた。ファーストダンスはパートナーと踊れるが、その後は他の誰と踊ってもよく、ミレールにもノアにもダンスを希望する人集ひとだかりができていた。
 
(ノアは……当たり前のように女性に囲まれてますわね)

 一部、貴族たちの間で、ミレールたちは早々離婚するのではないか、と噂されているらしい。
 というのも、これは侍女たちの情報を通してアルマから聞いた話だった。
 ミレールの後釜を狙う者は少なくないだろう。
 小説でもそうだが、ノアは結婚する前から女性たちから人気があった。
 本人はまったく無関心だったからあまり自覚がないようだが、これは周知の事実だった。

(だからこそ、わたくしも心配はしてませんでした。わたくしと離婚しても、すぐに相手がみつかるだろうと思ってましたから)

 これも社交なのだから仕方のないこと。
 しかしノアが誰かと踊ってる姿など見たくなかった。

「ぜひ、私と踊ってくださいませんか?」
「いや、俺が先に申し込んだぞ!」
「麗しい御婦人、どうか僕の手を取ってください」

 そして予想外にもミレールの周りにも男性が群がっていた。
 ズラリと集まった男性は既婚者も多い。半々といったところだろうか。なぜわかるかというと、既婚者は大抵指輪をしているからだ。

(これは、想定外ですわ。わたくしにここまでダンスを申し込む男性がいるとは、思ってもいませんでした。正直、誰にも相手にされないと思い、壁の花になっていようと考えていたのですが……)

 横目でノアを見るが、周りを取り囲むようにたくさんの女性で溢れ返っていた。
 この状況でノアに助けを求めるのは不可能だ。

「やぁ、ミレール夫人。またお会いできましたね」

 割って入るように声をかけられた。
 まず燃えるような赤毛が目に入ったあと、橙色の垂れ目をにこやかに細め、整った顔で近づいてきたのは男性はジョセフだった。

「っ! ディーラー、小公爵様……」

 この場にいたとは知らず、ミレールの警戒心が一気に上がった。 
 周りにいた男性たちも、突然ジョセフが現れたことで身を引いている。
 スッと手を伸ばし、腰を折って挨拶をしてきたジョセフにミレールは引き気味に体を後退させた。
 
「ご挨拶を」

 やはり無害を装うようなにこやかな表情だが、有無を言わせない口調に、伸ばされ手を見ながら躊躇している。

(まさかジョセフ・ディーラーまでこの場に呼ばれていたなんて……! できれば、二度と会いたくありませんでした)

 散々悩んだが、手を伸ばしジョセフの手に自分の手を重ねた。立場上、拒むことは出来なかった。

 取った手にキスを落としている。さすがに人目が多いからか、直接手に唇を触れるような真似はしなかった。
 そのことにホッとしていたら次の曲が始まってしまった。

「ちょうど良かった! これもご縁ですから、私と踊りましょう!」

「なっ……!」

 取っていた手を強引に引っ張られ、ジョセフの方へと引き寄せられる。
 
「わたくしはっ――」

「おっと、曲が始まってからの途中放棄はマナー違反ですよ? ご安心ください。一曲だけですから」

 背中に手を回され、曲に乗ってダンスを踊るが、やけに近い距離感に不快さを感じる。

 助けを求めるように周りを見ると、ノアはメナード伯爵の娘とダンスを踊っていた。
 そして目が合うと、驚いた顔をしていた。

「はははっ、貴女のご主人が睨み殺しそうな顔でこちらを見ていますね!」

 この状況さえも楽しいのか、軽快にステップを踏みながら、ジョセフはミレールに笑いかけている。

「悪趣味ですわ。小公爵様と踊りたいご令嬢なら、山ほどいらっしゃることでしょう。なぜ、わたくしを?」

 一曲だけだと諦めたミレールは、逃げ出したい気持ちを奮い立たせてダンスを踊っていた。

「それはもちろん、貴女に興味があるからです。貴女ほど美しい女性はそういない。この前の可愛らしいご令嬢には逃げられてしまいましたが、貴女を捕まえることはできました」

「捕まったつもりはございませんが……」

 牽制するようにジョセフを下から見上げ、キツい口調で話していく。

「美しい人。このあと、二人で抜け出しませんか?」

「なにをッ……! 理解いたしかねますわっ! 他を当たってくださるかしら!」

 キッとジョセフを睨んで強い口調で反論するが、ジョセフはミレールの反応が気に入ったのか、獲物を狙うような瞳を向けていた。

「いいですねぇ……その表情。とても、ゾクゾクします……」

 上気し高揚した顔をミレールの耳元に近づけ、背中に回っていた腕をぐっと自らのほうへと引き寄せた。

「反抗的な貴女を屈伏させて、ぜひ、ベッドで甘く啼かせてみたい」

「――ッ!!」

 ゾワゾワとした悪寒が止まらない。
 全身が総毛立つほどの不快感を感じる。
 色事を思わせる露骨な言葉に、屈辱で体が震えてくる。
 そんなミレールの気持ちなど関係なく、引き寄せた手はミレールの腰から少し下へとずれていく。
 なだらかな臀部にそっと手を添え、端からわからないように緩やかに撫でている。

「やッ……!」

「しっ、……静かに。みんな貴女に注目してますよ」

 今までこういった経験がなく、辱めを受けているような感覚に陥る。
 これがノアなら喜んで受け入れているのだろう。だが相手は好きでもない相手。
 囁かれる房事の誘いも、遠慮なく触れられる手の感触も、とてもじゃないが許容できなかった。

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