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番外編

懸念

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 ミレールの懐妊発覚と同時に、二人の夜の生活は一気に激減した。
 ミレールは杏の時の知識があるからか、安定に入ればソフトな性行為なら大丈夫だということは知っていたが、ノアにしてみれば初めてのこと。
 お腹の子供にどんな影響があるのかわからなかったからなのか、怖がってしまいスキンシップ以外の夜の営みを殆どしなかった。
 ミレールもホルモンバランスのせいでそのような気分になれなかったこともあってか、妊娠期間中にキスはよくしていたが、あとはミレールがたまにノアの欲を発散させるに留まっていた。
 ミシェルが産まれてからもミレールの体が回復するまでに時間もかかり、授乳も自分でしていたのでやはりそういった機会に恵まれなかった。
 申し訳なくてノアに聞いたことがあったが、「あんたが心配する必要なんてない。落ち着いたらいつでもできるだろ?」と、言ってくれた。
 ただ、前の夫の不倫疑惑がずっと心に残っている杏としては、あれだけ精力旺盛なノアがここまで夜の営みをしなくて我慢できるのか不安だった。
 
(産後は自分もそんな気になれなかったので、ノアのことをどうこう言いたくありませんが……この貴族社会では、こうした時に娼婦や愛妾を作ったり、メイドで発散したりすることも少なくありませんもの)

 産後の不安定さも加わり、ミレールはそんなことばかり考えるようになってしまった。
 ノアを信じていないわけではない。
 しかし、どんなに紳士的で誠実でも、ノアも男だ。
 近頃は求められないことが優しさと感じられず、逆に不安を煽るようになってしまっていた。
 産後から二月以上経ち、体は問題なく回復している。

 この日ミレールはぐっすり眠っていたミシェルをアルマに預けた。
 預ける前にたっぷり授乳したのでしばらくは問題なかった。
 
(杏の時にもこの問題は後々まで引きずり、結局は最悪の結果を招いてしまいました。あの頃とは違い、お義母さまやアルマも育児をしてくれているので気持ちの余裕がある分、もう少しノアとの時間を求めたいと欲張る思いまで出てきてます。それを思うと杏の頃のわたくしは、本当に時間も気持ちの余裕もなく、ただ日々の生活に追い詰められていたということがよくわかりますわ……)
 
 まだ子供が産まれて間もない頃、家事も育児も何もしないのに夜の生活を求めてきた夫。
 初めての育児で睡眠時間もままならない杏は、夜中に起こされてそんな気分になれるわけもなく、そんな時間があるならとにかく寝ていたかった。そして次第に求められることが億劫になっていた。
 
(あの時、夫の求めに応じていれば、セックスレスにならずに済んだのでしょうか……。もしくは夫が他の女とやり取りをしなかったのか……ただあの夫の性格上、いずれああなったような気もいたしますが)

 だからこそノアとはそんな風に関係をこじらせたくなかった。
 子供が産まれる前のように戻ることはまだ無理だが、たまにはノアと触れ合いたい。
 そう決心して湯浴みを終えた後、ノアの部屋へやってきた。
 誰もいない部屋のベッドまで歩き、そのまま腰掛けた。
 そして座ったまま、膝に置いたナイトドレスをギュッと両手で握りしめる。

(正直、とても、怖いです。ノアは優しいので、あからさまに否定することはしないと思いますが……やんわりと、もう少し後にしようとか、まだそんな気になれない、とか言われてしまったら、次に自分から誘うことはできないと思いますわ)

 不安が胸の中を渦巻き、もう少しノアが求めてくれるまで待ったほうがいいのでは、と怖くなってきた。
 落ち着かないまま立ち上がり、やはり今日はやめようと足早に部屋を出ようと扉まで歩いた。
 だがタイミングが良かったのか悪かったのか、ノアも湯浴みを終えて部屋へと戻ってきてしまった。

「っ! ――ノアっ」

「ん? ミレール? どうしたんだ?」

 いつもと同じくガウンだけを身に着けたノアに見下みおろされ、扉の前で立ち止まったままミレールは咄嗟に顔を横に反らした。

「ミシェルは?」

「……ミシェルは、アルマが見てくれてますわ」

「そうか。……で、俺に何か用だったか? あんたがここまで来るなんて珍しいな」

「っ」

 たしかにミシェルが産まれてから、体を回復させることもあり、ミレールはミシェルと共に自分の部屋で寝ていた。
 だからか、ノアがミレールの部屋に来ることの方が多かったのだ。

「ミレール?」

 ――怖い。
 
 自分の気持ちを否定させるかもしれない。
 セックスレスだったあの時の、惨めな自分の気持ちが蘇ってくる。
 ノアならそんなことはないと信じているのに、なかなか思ったことを口に出せない自分がいた。
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