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身の上話
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本当のことを言って、ノアが信じてくれるのだろうか。
前に、魂が入れ代わったことすら半信半疑だと言われていた。
自分の気持ちとしても杏だった頃のことなど、一つとして話したくなかった。
だが自分で話した以上、ノアにも今までの身の上を話さなくてはいけないのだろう。
(それに……ノアなら、私のことも受け入れてくれる気がします)
他の人間になら決して言えないが、ノアだからこそ拒絶しないで信じてもらえる気がした。
そう思って顔を上げ、ミレールは意を決して言葉を続けた。
「――魂が入れ代わる前の私は、どこにでもいるような普通の主婦でした」
「主婦?」
「はい」
小説の話こそしなかったが、それ以外のこれまでのことは大方話した。
今いる場所とまったく違う環境で暮らしていたこと、家族がいたこと、夫との冷え切った関係、日々の生活で追い込まれていたこと、そして最期に命を落としたところまで。
ノアは終始驚いた顔をしていたが、それでも最後まで黙って聞いてくれていた。
「そのあと気づいたら、この体で目覚めていました。あとは、ノアも知っての通りです。ここで生きていく以上、どうにかミレールになりきらなくてはならず、それ相応に振る舞うよう努力してきました。仮面舞踏会の時も、こっそり見に行く予定だったのですが……結果として、ノアには多大なるご迷惑をかけることとなってしまいました」
一通り話し終えたミレールは、ふぅ……と長く深い息を吐いた。
「――仮面、舞踏会……あの時にはもう、今のあんただったってことか?」
しばらく隣で沈黙していたノアが、おもむろに口を開いて質問してくる。
「はい、そうですわ。その少し前からですもの」
「てことは、マクレイン殿下のことも思ってなかったってことだよな?」
「えぇ、もちろん。わたくし、王太子殿下のことはなんとも思っておりません」
「じゃあ酔っ払ってた時に、あんたが言ってた振られた相手ってのは誰だったんだ?」
自分の身の上話よりも、そこを深く掘り下げられるとは思わず、ミレールはノアを見たまま聞き返してしまう。
「誰、とは……?」
「たしか、その相手には想う人間がいて、自分は何度も振られてるって言ってただろ」
「っ! ……ノアも酔ってましたのに、よくそこまで覚えてますわね……」
自分はベロベロに酔っていたが、ノアも同じようにワインを奪って飲んでいたと記憶している。
「まぁそれだけ、あの時のあんたの印象は強烈だったからな」
「ぅ……」
言われてみれば、貴族のご令嬢がワイン瓶片手にそのまま呷って飲んでいれば、たとえ酔っていても印象にも残るだろう。
「で、一体誰のことを言ってたんだ?」
隣から少し怒った顔をしてズイッと体ごと迫ってくるノアに、ミレールは怖気づいたように少し体を引いた。
恥ずかしさに視線を下に落とし、ぽつりと呟いた。
「――です」
さすがに聞こえなかったのか、さらにノアが顔を近づけてきた。
前に、魂が入れ代わったことすら半信半疑だと言われていた。
自分の気持ちとしても杏だった頃のことなど、一つとして話したくなかった。
だが自分で話した以上、ノアにも今までの身の上を話さなくてはいけないのだろう。
(それに……ノアなら、私のことも受け入れてくれる気がします)
他の人間になら決して言えないが、ノアだからこそ拒絶しないで信じてもらえる気がした。
そう思って顔を上げ、ミレールは意を決して言葉を続けた。
「――魂が入れ代わる前の私は、どこにでもいるような普通の主婦でした」
「主婦?」
「はい」
小説の話こそしなかったが、それ以外のこれまでのことは大方話した。
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ノアは終始驚いた顔をしていたが、それでも最後まで黙って聞いてくれていた。
「そのあと気づいたら、この体で目覚めていました。あとは、ノアも知っての通りです。ここで生きていく以上、どうにかミレールになりきらなくてはならず、それ相応に振る舞うよう努力してきました。仮面舞踏会の時も、こっそり見に行く予定だったのですが……結果として、ノアには多大なるご迷惑をかけることとなってしまいました」
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「――仮面、舞踏会……あの時にはもう、今のあんただったってことか?」
しばらく隣で沈黙していたノアが、おもむろに口を開いて質問してくる。
「はい、そうですわ。その少し前からですもの」
「てことは、マクレイン殿下のことも思ってなかったってことだよな?」
「えぇ、もちろん。わたくし、王太子殿下のことはなんとも思っておりません」
「じゃあ酔っ払ってた時に、あんたが言ってた振られた相手ってのは誰だったんだ?」
自分の身の上話よりも、そこを深く掘り下げられるとは思わず、ミレールはノアを見たまま聞き返してしまう。
「誰、とは……?」
「たしか、その相手には想う人間がいて、自分は何度も振られてるって言ってただろ」
「っ! ……ノアも酔ってましたのに、よくそこまで覚えてますわね……」
自分はベロベロに酔っていたが、ノアも同じようにワインを奪って飲んでいたと記憶している。
「まぁそれだけ、あの時のあんたの印象は強烈だったからな」
「ぅ……」
言われてみれば、貴族のご令嬢がワイン瓶片手にそのまま呷って飲んでいれば、たとえ酔っていても印象にも残るだろう。
「で、一体誰のことを言ってたんだ?」
隣から少し怒った顔をしてズイッと体ごと迫ってくるノアに、ミレールは怖気づいたように少し体を引いた。
恥ずかしさに視線を下に落とし、ぽつりと呟いた。
「――です」
さすがに聞こえなかったのか、さらにノアが顔を近づけてきた。
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