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心を溶かす言葉
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「はあぁぁーー……」
馬車に乗ったミレールは盛大なため息をついていた。
(とても、疲れましたわ……)
馬車の背もたれに寄りかかると一気に疲れが出てくる。
誰もいないのをいいことに、堕落したように椅子に倒れ込んだ。
(あそこまで言うつもりなど全くなかったのですが、何故かあのご令嬢に物申さないと、とてもじゃないけど気が済みませんでした。どうしてあのように言い返してしまったのか、自分にもわかりませんわ……)
今は、心にあった悪意は消えてなくなってしまった。
あの憎悪や殺意にも似たドロドロした感情はなんだったのだろうか。
自分の感情ではないもの。
おそらく元々のミレールが持っていたものなのだろう。
だが、元々のミレールはあの伯爵令嬢とそこまでの接点はなかったと思う。
ノアとミレールは幼馴染だったが、あの伯爵令嬢が嫉妬するほど仲も良くなく、むしろミレールはノアに反抗しているくらいだった。
それともマクレインを好きだったミレールが、あの伯爵令嬢に個人的な恨みでもあったのだろうか……
(元のミレールの記憶も、徐々に取り戻しつつあります……それがどういった理由なのかわかりませんが、この釈然としない気分はなんなのでしょうか?)
馬車に揺られながら、答えのみつからない自分の心にいつまでも自問自答していた。
◆◇◆
お茶会から数日たったある日の夜。
「ノア。お話があります」
いつも通りベッドで座りノアを待っていたミレールは、ノアが部屋に入ってきたタイミングで話を切り出した。
「ん? なんだ?」
「先日、リアーノ伯爵家でお茶会があったのですが……」
「あぁ」
ノアは入ってきた扉から歩き、ミレールの待つベッドの方まで歩いている。
しばらく黙っていたがやはり蟠りは消えず、自分の中で消化することがどうしてもできなかった。
やはりノアに聞くのが一番だと思い、一大決心でお茶会での話を確認することにした。
「そこで、リアーノ伯爵令嬢がノアとの婚約が進んでいたのだと言われました」
「――はっ?」
「わたくしが横からノアを奪い取り、伯爵令嬢と貴方の仲を引き裂いたように言われましたわ」
「いやっ、ちょっと待てっ……!」
「それが事実かわからなかったので、貴方に直接聞いてみようと……。もし、本当に婚約の話が進んでいたのなら――」
話していて悲しくなってきたミレールは耐えられず俯いた。自分の膝のガウンを握り締め、ぎゅっと目を閉じた。
「話を聞けって! これまで俺に婚約の話なんて一切出てきてない!」
予想外の話に止まっていたノアは勢いよく隣に座り、俯いていたミレールの両肩を掴んだ。
「っ! ……本当ですの?」
ゆっくり顔を上げると、真剣な眼差しを向けているノアの顔に視線を移した。
「あぁ。あんたがなんて言われたのか知らないが、うちの両親も俺に婚約を強要したりしないぞ。あの人たちは自分たちが愛し合って結婚したから、俺にも自分の想う相手ができるまで好きにしていいと言っていたからな」
「――そう、でしたの……」
なんだかそれを聞いただけで、とてもホッとして気が抜けた。
気にしないようにしていたが、やはり自分の中で思っていた以上に言われたことが引っかかっていたようだ。
たしかに、未だにラブラブなあのオルノス侯爵夫妻を見ていると、ノアの言っていることにも説得力があり、十分納得できた。
「だからか……最近様子が変だったのは」
「気づいてましたの?」
「気づくに決まってるだろ。なんかよそよそしいと思ってたら、そういうことか」
ノアもミレールの変化に気づいていたらしく、理由がわかったからか強く掴んでいた手の力を抜いていた。
「申し訳、ありません」
「謝るなよ。あんたは別に悪くないだろ?」
「怒らないのですか?」
前の夫なら必ずここで怒っていたからだ。杏の態度や話し方が悪く、自意識過剰だと決まって責められていたからだ。
この積み重ねで、杏は自分の言いたいことが言えなくなってしまった。
「なんで怒るんだよ。デタラメ言ったやつが悪いだけだ!」
掴んでいた肩を寄せて凛々しい顔を近づけ、ミレールの唇を塞ぐ。
「んっ」
深く重なった唇が心地好く、角度を変えて何度も重なり、開いた隙間から舌が差し込まれて、吐息ごと奪うような激しいキスを繰り返している。
「はっ、ぁ……」
唇が離され、そのままノアに抱きしめられた。
「あんたのこと、大事にしたいんだ。他のヤツの言うことなんて信じなくていいからさ、もう少し俺に心を開いてくれないか?」
「…………ノアのことは、十分信用してますわ」
「本当か?」
「えぇ。信用していなければ、言わなかったと思いますわ」
ぎゅうっと抱きしめられる腕の感触に安心感を覚える。
ノアがミレールを好きだと言ってくれたからこそ、あのように言い返せた。そして、ノアなら違うと言ってくれると信じていたからこそ、こうして聞くことができた。
「はぁ……、良かった」
「どうしましたの?」
脱力したようにノアがミレールの肩に頭を乗せ、寄りかかったまま二人でベッドに倒れ込んだ。
「いや。あんたが俺に何か不満があるのかと思ってたから。正直、何言われるのかビビってた」
「……ノアでも、そんなふうに感じますの?」
「当たり前だろ。俺だって不安になったりするぞ? 好きになった相手ならなおさらだ」
顔を上げると、同じく顔を上げたノアの爽やかな笑顔に、ドキッと心臓が跳ねた。
「――っ」
ノアはどうしていつも、ミレールの不安を一瞬を取り去るような魔法の言葉をかけてくれるのだろう。
あれだけ蟠っていた心のモヤモヤが、すぐに消えてなくなってしまった。
そう思われることが嬉しい。
自分だけではない。
ノアもミレールのことで不安を感じ、ミレールを想ってくれている。
それがわかっただけで、こんなにも幸せな気持ちで満たされていく。
(不思議ですわ……愛されるって、こういうことでしたのね……。初めてわかった気がしますわ……)
頭を起こしたノアの漆黒の髪がサラッと流れ、深い瑠璃色の瞳がミレールを熱っぽく見つめている。
「ノア……好きです」
ノアの頬に手を伸ばし、嬉しい気持ちのまま素直に気持ちを伝えて、涙目で微笑んだ。
「――っ! 俺も好きに決まってるだろ。……あんたっていちいち可愛すぎて、目が離せないっ……」
「んぅッ」
そのまま性急に唇が重なり……そしてまた、甘く濃蜜な夜が過ぎていく。
馬車に乗ったミレールは盛大なため息をついていた。
(とても、疲れましたわ……)
馬車の背もたれに寄りかかると一気に疲れが出てくる。
誰もいないのをいいことに、堕落したように椅子に倒れ込んだ。
(あそこまで言うつもりなど全くなかったのですが、何故かあのご令嬢に物申さないと、とてもじゃないけど気が済みませんでした。どうしてあのように言い返してしまったのか、自分にもわかりませんわ……)
今は、心にあった悪意は消えてなくなってしまった。
あの憎悪や殺意にも似たドロドロした感情はなんだったのだろうか。
自分の感情ではないもの。
おそらく元々のミレールが持っていたものなのだろう。
だが、元々のミレールはあの伯爵令嬢とそこまでの接点はなかったと思う。
ノアとミレールは幼馴染だったが、あの伯爵令嬢が嫉妬するほど仲も良くなく、むしろミレールはノアに反抗しているくらいだった。
それともマクレインを好きだったミレールが、あの伯爵令嬢に個人的な恨みでもあったのだろうか……
(元のミレールの記憶も、徐々に取り戻しつつあります……それがどういった理由なのかわかりませんが、この釈然としない気分はなんなのでしょうか?)
馬車に揺られながら、答えのみつからない自分の心にいつまでも自問自答していた。
◆◇◆
お茶会から数日たったある日の夜。
「ノア。お話があります」
いつも通りベッドで座りノアを待っていたミレールは、ノアが部屋に入ってきたタイミングで話を切り出した。
「ん? なんだ?」
「先日、リアーノ伯爵家でお茶会があったのですが……」
「あぁ」
ノアは入ってきた扉から歩き、ミレールの待つベッドの方まで歩いている。
しばらく黙っていたがやはり蟠りは消えず、自分の中で消化することがどうしてもできなかった。
やはりノアに聞くのが一番だと思い、一大決心でお茶会での話を確認することにした。
「そこで、リアーノ伯爵令嬢がノアとの婚約が進んでいたのだと言われました」
「――はっ?」
「わたくしが横からノアを奪い取り、伯爵令嬢と貴方の仲を引き裂いたように言われましたわ」
「いやっ、ちょっと待てっ……!」
「それが事実かわからなかったので、貴方に直接聞いてみようと……。もし、本当に婚約の話が進んでいたのなら――」
話していて悲しくなってきたミレールは耐えられず俯いた。自分の膝のガウンを握り締め、ぎゅっと目を閉じた。
「話を聞けって! これまで俺に婚約の話なんて一切出てきてない!」
予想外の話に止まっていたノアは勢いよく隣に座り、俯いていたミレールの両肩を掴んだ。
「っ! ……本当ですの?」
ゆっくり顔を上げると、真剣な眼差しを向けているノアの顔に視線を移した。
「あぁ。あんたがなんて言われたのか知らないが、うちの両親も俺に婚約を強要したりしないぞ。あの人たちは自分たちが愛し合って結婚したから、俺にも自分の想う相手ができるまで好きにしていいと言っていたからな」
「――そう、でしたの……」
なんだかそれを聞いただけで、とてもホッとして気が抜けた。
気にしないようにしていたが、やはり自分の中で思っていた以上に言われたことが引っかかっていたようだ。
たしかに、未だにラブラブなあのオルノス侯爵夫妻を見ていると、ノアの言っていることにも説得力があり、十分納得できた。
「だからか……最近様子が変だったのは」
「気づいてましたの?」
「気づくに決まってるだろ。なんかよそよそしいと思ってたら、そういうことか」
ノアもミレールの変化に気づいていたらしく、理由がわかったからか強く掴んでいた手の力を抜いていた。
「申し訳、ありません」
「謝るなよ。あんたは別に悪くないだろ?」
「怒らないのですか?」
前の夫なら必ずここで怒っていたからだ。杏の態度や話し方が悪く、自意識過剰だと決まって責められていたからだ。
この積み重ねで、杏は自分の言いたいことが言えなくなってしまった。
「なんで怒るんだよ。デタラメ言ったやつが悪いだけだ!」
掴んでいた肩を寄せて凛々しい顔を近づけ、ミレールの唇を塞ぐ。
「んっ」
深く重なった唇が心地好く、角度を変えて何度も重なり、開いた隙間から舌が差し込まれて、吐息ごと奪うような激しいキスを繰り返している。
「はっ、ぁ……」
唇が離され、そのままノアに抱きしめられた。
「あんたのこと、大事にしたいんだ。他のヤツの言うことなんて信じなくていいからさ、もう少し俺に心を開いてくれないか?」
「…………ノアのことは、十分信用してますわ」
「本当か?」
「えぇ。信用していなければ、言わなかったと思いますわ」
ぎゅうっと抱きしめられる腕の感触に安心感を覚える。
ノアがミレールを好きだと言ってくれたからこそ、あのように言い返せた。そして、ノアなら違うと言ってくれると信じていたからこそ、こうして聞くことができた。
「はぁ……、良かった」
「どうしましたの?」
脱力したようにノアがミレールの肩に頭を乗せ、寄りかかったまま二人でベッドに倒れ込んだ。
「いや。あんたが俺に何か不満があるのかと思ってたから。正直、何言われるのかビビってた」
「……ノアでも、そんなふうに感じますの?」
「当たり前だろ。俺だって不安になったりするぞ? 好きになった相手ならなおさらだ」
顔を上げると、同じく顔を上げたノアの爽やかな笑顔に、ドキッと心臓が跳ねた。
「――っ」
ノアはどうしていつも、ミレールの不安を一瞬を取り去るような魔法の言葉をかけてくれるのだろう。
あれだけ蟠っていた心のモヤモヤが、すぐに消えてなくなってしまった。
そう思われることが嬉しい。
自分だけではない。
ノアもミレールのことで不安を感じ、ミレールを想ってくれている。
それがわかっただけで、こんなにも幸せな気持ちで満たされていく。
(不思議ですわ……愛されるって、こういうことでしたのね……。初めてわかった気がしますわ……)
頭を起こしたノアの漆黒の髪がサラッと流れ、深い瑠璃色の瞳がミレールを熱っぽく見つめている。
「ノア……好きです」
ノアの頬に手を伸ばし、嬉しい気持ちのまま素直に気持ちを伝えて、涙目で微笑んだ。
「――っ! 俺も好きに決まってるだろ。……あんたっていちいち可愛すぎて、目が離せないっ……」
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そのまま性急に唇が重なり……そしてまた、甘く濃蜜な夜が過ぎていく。
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