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侮辱

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「まぁ、そうなのですか? 嫌だわぁー……」
「えぇ、よくこちらに顔を出せたものよね。あの厚顔無恥さには感服いたしますわ」
「リアーノ伯爵令嬢のほうが、よほどオルノス侯爵子息とお似合いでしたのに……」

 そこは伯爵家の庭園で開かれていたお茶会。庭園に丸テーブルがいくつか並べられ、ミレールはその一番奥へと案内された。
 立場的にいえばこの位置では大変な失礼にあたる。だが、あえてこうした席へと案内したことはわかっていた。

 一人で離れたテーブルに座りながら、静かに出されたお茶を飲んでいた。

(本当にくだらないですわ……人生経験ならわたくしのほうが遥かに豊富ですもの。このくらいの嫌味やいびりなど、聞き慣れたものですわ)

 夫の心無い態度や言葉に加え、パート先の職場でもやはりこういうアクの強い先輩主婦は必ずどこにでもいるものだ。
 それに比べてしまえばある程度予想のできる嫌味など、ミレールにとって何も響くものはなかった。
 もちろん聞いていて気持ちのいいものではないし、できることなら何事もなく過ごしていきたいのが本音だ。

(これも避けられない現実、ということですのね……)

 しかし、これだけわかりやすく敵意を表してくれることがありがたくもあった。
 要するにミレールのほうが立場も爵位も上なので、我慢する必要もなく黙らせることが簡単だったからだ。

 はぁ……と盛大にため息をつくと、勢いよく席を立ち上がった。

「あら、エボルガー侯爵令嬢? どうかなさいましたか?」

 ここで立ち上がったミレールに声をかけてきたのは、主催した伯爵家の令嬢だった。
 まずこの呼び方にミレールは深く眉根を顰めた。

「申し訳ありませんが、わたくしはお呼びではないようですので、帰らせていただきますわ」

「まっ! これしきのことでお茶会を退席するなど……!」
「また自分の思い通りにならないからと、ここでも暴れるおつもりかしら?」
「オルノス卿にもこのように我が儘を言って、無理やり婚姻を迫ったのでしょう……」
「えぇ、違いありませんわ。オルノス卿は王太子殿下の護衛騎士ですものっ! 殿下に近づく為に誘惑したに決まってますわ!」

 席を立ったミレールに聞こえるほど、あからさまな陰口を次々と浴びせてきている。

「まぁ、それは残念ですわ……。これから皆様とご一緒に、異国のお茶をお出ししようと思ってましたのに……ですが、エボルガー侯爵令嬢は、この席がお気に召さなかったようですね?」

 リアーノ伯爵令嬢は立ち上がったミレールに薄っすらと笑みを浮かべ、いかにミレールが場違いなのかと見下す表情をしている。

「そうでしたの? では、もう少しお邪魔いたしますわ。わたくし、お茶にはとても興味がありますの」

「なっ!」

 にこりと微笑んだミレールに、リアーノ伯爵令嬢も一瞬ひるむように言葉をつぐんだ。
 今までのミレールだったら、このやり取りだけで喚き散らしていたからなのだろう。

 おそらくそれを狙い、あとで面白可笑しく噂を広めようとでもしていたのか、思い通りにならなかった悔しさに伯爵令嬢は唇を噛み締めていた。
 今のミレールは以前とは違う。そして以前の杏とも違う。この世界で目醒めてから適合するために、様々な苦労をしてきたのだ。

 使用人がガラガラとお茶をワゴンで運び、異国の商人と思わしき男性がお茶会の席に現れた。

「これはこれは! 美しいご令嬢ばかりで、大変華やかな席にお招きいただき光栄の限りです!」

「さぁ、皆さま! これからお茶をお出しいたします。異国から取り寄せた大変珍しいお茶ですので、心ゆくままでご賞味くださいませ」

「ただ飲むだけではつまらないので、何種類かのお茶を飲み比べてもらい、当ててももらうことにいたしましょう!」

 余興として突如始まったお茶の鑑定会。
 テーブルに色々な種類のお茶が並べられていく。ミレールの目の前にも色の違うお茶が置かれた。

「こちらは、なんのお茶でしょう?」
「この独特の香りは、ベルガモットかしら? 難しいわ」
「さっぱりしているのに、鼻から抜けるようなこのお茶は……初めて飲む味ですわ」

「エボルガー侯爵令嬢! この五種類あるお茶。貴女にわかるかしら?」

 周りにいた令嬢たちもくすくすと笑っている。

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