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本音

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「ご安心ください。は、決して裏切るような真似はいたしませんわ」

 落ち着かせるつもりで言ったこの言葉を聞いた途端、ノアの表情が固まっていた。
 ノアは急に俯き、そしてミレールの肩を両手で掴んだ。

「――まだ、そんなこと言ってるのか……」

「え……?」

「まだ俺と離婚するだなんて考えているのか!」

「――ッ!」

 突然、ガシッと強く肩を掴まれ、顔を上げたノアの剣幕に、ミレールはビクッと体を強張らせ目を見張った。

「あんたは、そんなに俺と離婚したいのか?!」

 あまりに真剣で、苦痛に歪むようなノアの表情に、ミレールは言葉を失ってしまう。

 ノアがなぜこんな事を言うのかわからなかった。ミレールとて、ノアと離れたいわけではないのだ。
 慌てて首を横に振り、ノアの言葉を否定する。
 
「違っ……そうでは、あり、ません……わたくしは…………、したく、ない、です」

 言葉を上手く発せられない。
 胸の奥がきゅっと縮こまるように苦しくなる。
 なんと答えればいいのか、どうして怒っているのか、どうすればノアがわかってくれるのか必死で頭を回転させた。

「じゃあなんでいつも、そんな話ばかりするんだ!?」

 明らかに怒っているノアの様子に、ミレールは萎縮し困惑してしまう。
 何故かと問われたが、これは前から何度も言っていることだった。

「……始めの頃にも、お話ししました。この婚姻は……ノアの意志ではなく、不本意に結ばれたものです。ですから……もし他に、想う方がいらっしゃるのでしたら……わたくしは、離婚を受け入れようと思っているだけです」

 ミレールとて、ノアといつまでも一緒にいたい。
 しかしそれには双方の気持ちが伴わなければならない。
 そうでなければ、ただ虚しいだけ関係になってしまう。

「俺は離婚しないと言ってるだろ?」

 未だに険しい表情で機嫌の治らないノアに焦り感じながら、ミレールは必死で弁明していく。

「経歴に傷はつくかもしれませんが、噂や中傷などずっと続くものではありません。ノアにはご迷惑をおかけいたしますが……、少しの間我慢していただければ、いつかは風化していくものですわ。それに、たとえ離婚してもノアなら……」

「そうじゃない! そんなことを言いたい訳じゃないんだ! 俺はっ――」

 ここまで言っているのに、どうしてわかってもらえないんだろう、とミレールは思う。

 立っている足元から崩れ落ちそうになり、じわじわと瞳の奥から込み上げてくるものを抑えることができない。

 こんな関係をいつまでも続けていれば、また以前の二の舞いになってしまう。
 それは杏が一番恐れていることだった。

「――わたくしが嫌なんですッ!!」

 涙を瞳いっぱいに溜め、ミレールは声を大きく荒らげ、ノアの言葉を遮った。

「なっ……」

 そして溜まった涙を次々と瞳の端から零し、真っ直ぐにノアを見据えて体を震わせながら、感情のまま激しく訴えていく。

「義務や責任感だけで一緒にいられるのは絶対に嫌ですッ! そんなものいりません! 欲しくもありませんっ!」 

 もう、頭も心もめちゃくちゃだった。
 離れようと両手でノアの胸を押しながら、湧き出る感情を止めることができない。
 ノアが悪いわけでもないのに、心の中に溜まりに溜まっていたものが口をついて出ていく。

「そんな気持ちで、この先も一緒にいようなどと本気でお考えでしたら、こちらからお断りいたしますわッ!!」 

 たまらずに顔を両手で覆った。
 吐き出された本音と共に、未だあふれる涙も止まらなかった。

「ミレール……」

 肩を掴んでいたノアも力を抜き、困惑気味にミレールの名を呼んでいた。

「いや……もう、嫌なの……! 私が、欲しいのはっ……そんなのじゃないっ……」
 
 ミレールの、杏の、根底にある一番欲していた願い。

 それは……

(私だって、愛されたいっ……!)

 心の底から甘えて、身も心も縋りたい。
 そして、誰よりも好きだと言ってほしい。

 ずっとずっと願っていた。
 しかし、その願いはどうやっても叶うことはなかった。
 
 ノアは優しい。
 紳士的で気配りができて、頼り甲斐があって、心配してくれて、何よりミレールを尊重し、こうして守ってくれる。

 ――だがそこに、恋愛感情はない。

 好き、という気持ちが前提ではない。
 
 義務感、責任感、妻だから、家族だから……

 ノアを好きになる度に、その事実が、その優しさが、ミレールをどこまでも苦しめる。

 我が儘や贅沢だというのはわかっている。

 だがこのままでは、また以前のように『愛』を求めてしまいそうになる。

 そんなことはしたくない。負担になりたくない。 

 そして、愛情を求めて冷たく突き放されることが、何よりも辛いことだと知っている。

 だったらこのまま距離を置かれたほうがよほどいい。
 今までずっと自分の感情を押し殺しながら生きてきた。

 もしノアにも夫と同じ態度を取られたら、もう心が耐えられなくなってしまう。

 
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