63 / 110
悋気
しおりを挟むレイリンとマクレインが去り、ミレールもホッとして気が抜けてしまった。
ノアがすかさず腰を引き寄せて、両手を背中に回し、逞しい腕の中に抱きしめた。
「ッ! ノ、ア……?!」
背中に回った腕が締め付けるようにミレールを強く拘束し、ノアの焦燥を感じさせるくらい切羽詰まったように腕に囲われている。
「あんたは大丈夫なのか!? アイツに……、何もされてないか!?」
抱きしめたまま屈んだノアの顔がミレールの耳元にあり、すぐ近くで聞こえてくる言葉は、焦りと心配が混ざったように急いていた。
咄嗟に先ほどのジョセフとのやり取りを思い出し、わずかに体が反応してしまう。
「何か、あったんだろう?」
それを悟ったように、さらに背中に回った腕に緩やかに力を込められて、尋問するように問い詰められる。
「わたくしは……何も……ありませんわ……」
ついいつもの癖で、先ほどあったことを隠すように飲み込んだ。
実際、ジョセフに剥き出しの欲望を示され、不快だったことは否めない。
しかし、ノアに余計な心配をかけさせたくないし、自分が我慢すればいいだけの話だ。
「些細なことでもいい……、ちゃんと俺に話せ。あんたが他の男に触れられるところを見ると、イライラするッ」
「っ!」
抱きしめられたまま、ミレールは身動きが取れなかった。
逸る心臓を落ち着かせながら、その言葉をどのように解釈すればいいのか迷っていた。
「何があった? 頼むから、話してくれ……」
そう思うのだが……抱きしめられたノアの温もりと、腕に込められる力に疼くような切なさを感じ、気づけば勝手に口から言葉が出てしまっていた。
「――ただ……」
ぽそっと呟いたあと、ミレールはノアの背中のマントをきゅっと握った。
「ディーラー小公爵様に、挨拶された時に……、直接手に、キスをされまして……手のひらを指で……」
さすがにミレールもそれ以上は言えなかった。言葉にすることも憚られ、口を噤んでしまう。
それにここまで言えば、貴族ならば誰でも理解できるからだ。
「ッ! ……あんの野郎ぉッ!!」
声を荒らげて怒るノアに驚き、ビクッと体が跳ねた。まさかここまでノアが怒りを露わにするとは思わなかった。
苛立つようにギリッという歯軋りの音が、耳のすぐ近くで聞こえてくる。抱きしめていた腕が怒りで震え、殺意さえ含まれているような声を出していた。
ミレールはノアの反応に戸惑いながらも、そこはやはり、自分の妻となるものが欲望を向けられたことに対する嫌悪感のようなものなのか、と考えた。
「わたくしは気にしてませんっ! このくらい、大したことでもありませんし……」
「そういう問題じゃない!」
「……ノア?」
顔を上げるとノアの怒りに満ちた表情に困惑してしまう。
どうして、ノアがここまで憤慨しているのかわからない。
「あんたは俺の妻だ! あんたが色目で見られるのも嫌だし、ましてや色事の誘いをかけられて、許すことなんてできないッ!!」
「っ……!」
ノアの気持ちを表すように、ぎゅうっと背中に回された腕がミレールの体を締め付ける。
名ばかりの妻でもノアは優しく気遣い、紳士的に接し、いつでも自分を尊重してくれる。
そして何より、不義理や不道徳なことを嫌っていた。
だからこそミレールにもこんな言葉をかけ、怒ってくれている。
そう、思わなければ……ならない。
期待などしたくない。
そんなものをしたところで、いつも裏切られる。
心はすでにボロボロで、自分など、どうでもいい存在なのだと思い込まなければ、耐えられなかった。
「わたくしは……あのような不誠実な男性を、とても不快に思います。ましてや、次から次へと相手を変える、節操のない輩など問題外ですわ」
胸元から顔を上げて、ノアを落ち着かせるようになるべく穏やかに微笑んだ。
45
お気に入りに追加
2,614
あなたにおすすめの小説
【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!
臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。
そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。
※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています
※表紙はニジジャーニーで生成しました
【R18】利害一致のお飾り婚だったので初夜をすっぽかしたら大変なことになった
春瀬湖子
恋愛
絵に描いたような美形一家の三女として生まれたリネアだったが、残念ながらちょっと地味。
本人としては何も気にしていないものの、美しすぎる姉弟が目立ちすぎていたせいで地味なリネアにも結婚の申込みが殺到……したと思いきや会えばお断りの嵐。
「もう誰でもいいから貰ってよぉ~!!」
なんてやさぐれていたある日、彼女のもとへ届いたのは幼い頃少しだけ遊んだことのあるロベルトからの結婚申込み!?
本当の私を知っているのに申込むならお飾りの政略結婚だわ! なんて思い込み初夜をすっぽかしたヒロインと、初恋をやっと実らせたつもりでいたのにすっぽかされたヒーローの溺愛がはじまって欲しいラブコメです。
【2023.11.28追記】
その後の二人のちょっとしたSSを番外編として追加しました!
※他サイトにも投稿しております。
クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった
山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』
色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。
◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。
【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜
茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。
☆他サイトにも投稿しています
(完結)バツ2旦那様が離婚された理由は「絶倫だから」だそうです。なお、私は「不感症だから」です。
七辻ゆゆ
恋愛
ある意味とても相性がよい旦那様と再婚したら、なんだか妙に愛されています。前の奥様たちは、いったいどうしてこの方と離婚したのでしょうか?
※仲良しが多いのでR18にしましたが、そこまで過激な表現はないかもしれません。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【R18】幼馴染な陛下と、甘々な毎日になりました💕
月極まろん
恋愛
幼なじみの陛下に、気持ちだけでも伝えたくて。いい思い出にしたくて告白したのに、執務室のソファに座らせられて、なぜかこんなえっちな日々になりました。
【R18】騎士たちの監視対象になりました
ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。
*R18は告知無しです。
*複数プレイ有り。
*逆ハー
*倫理感緩めです。
*作者の都合の良いように作っています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる