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案内人

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 この日は事前に、ノアは王太子であるマクレインの護衛で忙しいと言われていたので、代わりに以前トムと名乗った他の騎士がミレールの案内に来る予定になっていた。

「トム・ヴィルナーと申します! ミレール夫人、自分で申し訳ありませんが、オルノス卿の代わりにご案内させてもらいます!」

「ヴィルナー卿と申しますのね? お忙しい中わざわざご案内いただき、感謝いたしますわ」

 トムは緊張しているのか、ビシッとした姿勢を崩さなかった。城門まで迎えに来てくれていたトムの緊張を解すように、ミレールはふわりと微笑んだ。

「あっ……、や、いえ……では、ご案内いたしますっ!」

 トムは赤い顔をしてすぐさま振り返り、ギクシャクしながら王宮へ向かい歩き出した。

 この日、ミレールは胸元にリボンの着いた、Aラインのシフォンドレスを着ていた。
 淡い紫色のふんわりとしたワンピースドレスで、スカート部分にはレースも重ねてあり可愛いらしい感じに仕上がっている。
 髪もリボンと一緒に後ろに一本で編み込みしてもらい、シンプルに結ってもらった。
 ちなみになぜこれを選んだかというと、珍しくノアから服装について要望があったからだ。

(ぴったりした細身のものはダメだと言われましたが……、この前のドレスはお気に召さなかったのかしら? ノアがわたくしの服装に口を出すなんて珍しいですわ)

 理由はわからないが、派手でもなく華美でもなく、細身でもないし露出もしていない。だがきちんとしたものを選んだつもりだ。
 今回はノアに会うこともマクレインに会う予定もない。   
 純粋にレイリンとお茶をしに来ただけなので、その点では前回よりも気が楽だった。
 
「若奥様……若奥様っ」

 ミレールの後ろをついてきていたアルマが、背後から小声で話しかけてきている。

「アルマ? 何かしら?」

「ヴィルナー卿って、中々素敵ですね」

 振り向いたミレールに近づき、歩きながら小声で話してきている。

「え……?」

 突然、突拍子もないようなことを言われ、疑問の声を上げてしまった。

「やはり王国の騎士さまですからね。きっとカッコいい方が多いんでしょうね~」

 そういえば……、とミレールは思う。
 アルマも結婚適齢期で相手を探していた。王宮の騎士たちなら身分もそれなりにいいし、もちろん貴族出身で次男、三男といった者も多かった。
 アルマは男爵家の次女だ。嫡男でなければ、アルマでも狙えそうな輩は多いと思う。
 しかも騎士たちの中には独身者も何人かいたので、アルマの出会いの場としても絶好の機会なのかもしれない。

(アルマは傲慢だった当時のミレールに唯一仕えていた侍女ですもの……わたくしもお世話になっていますし、少しでも協力してあげなくてはっ!)

「ヴィルナー卿」

「は、はい? お呼びですか?」

 先陣を切って歩いていたトムが、突然話しかけてきたミレールを驚いた様子で振り返っている。

「えぇ。ヴィルナー卿にお願いがございますの」

「え!? じ、自分にですか?! どういったご要件でしょう!」

 歩みは止めずに歩きながらトムに向かって言葉を続ける。

「前回と同じくお菓子を焼いてきたのですが……、直接隊長さまにお渡ししたいので、お茶会が終わり次第そちらに案内してもらえるかしら?」

「隊長に、ですか……了解いたしました! また焼いてきてくださったんですね! 前に夫人から頂いたお菓子がとても美味しくて、ついたくさん食べすぎたら先輩方から反感を買ってしまいました……」

「まぁ……! そうなのですね。お気に召していただいたなら幸いですわ」

「いえいえ、とんでもないですよ! 実はあまりに美味しくて、オルノス卿にお願いしていたんです。覚えていてもらってて良かったですよ~。ありがとうございます!」

 トムは歩きながら嬉しそうに話していた。

 それがたとえお世辞せじだとしても、喜んでもらえたことが素直に嬉しいと思った。
 以前も子供は喜んで食べてくれていたが、夫は「またこれか」と文句を言っていた。
 違うお菓子も作っていたが、子供がクッキーが大好きだったので必然的に作る回数も多かったからだ。
 夫はやはり買ってきた市販のお菓子の方が好みだったようで、杏の作ったものはあまり口にしなくなっていった。

(わたくしの作ったものなど、大したこともありませんが……、こうして他の方から美味しいと言ってもらえることも、お礼を言われることも……やはりとても嬉しいものなのですね)

 思いがけない言葉に、ミレールの少し足取りが軽くなった。
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