上 下
47 / 110

怪我の功名

しおりを挟む
 しばらく泣いたら驚くほどすっきりして、心が軽くなった。
 自分がとても張り詰めていたのだと、この時に初めて気づいた。

「もう大丈夫か?」

「はい。申し訳、ありませんわ……」

「謝らなくていい。さぁ、そろそろ行くぞ」

 隣で肩を抱いていてくれたノアが席を立ち、穏やかな表情で屈みながら手を伸ばしてくれる。

「……はい」

 差し出された大きな手に自分の手を重ねた。

 泣き止んだミレールだったが、すっきりした反面、今になってとても恥ずかしくなってきた。
 杏だった頃は、人前でここまで泣いたことなどほとんどなかった。泣く時はいつも、誰もいない一人のとき。
 だがノアの前ではどうしても堪えきれずに泣いてしまう。

(はぁ……こんなに簡単に泣いてしまうなんて。迷惑に思われてないといいですが……)

 泣き腫らしてしまったこともあり、ミレールは馬車乗り場に着くまでずっと俯いたまま移動した。


 着いた先には侯爵家の馬車が待機していた。
 その前で足を止め、手を離してノアと向かい合った。

「ノア、今日はお付き合いいただき、ありがとうございました。ノアの王宮での様子も見れましたし、レイリンやほかの騎士の方々ともお話することができて、とても楽しかったですわ!」
 
「本当か?」

「えぇ」

 ニコリと笑ったミレールに、ノアは気恥ずかしそうに横に視線を逸らしていた。

「そうか、ならいいが……」

「あっ! ノア……、これを……」

 ノアが行ってしまう前に渡さなくてはと、慌てて例のものを取り出す。
 落とさないようにドレスの裾の中に入れておいた証拠品を取り出して、両手でノアの前へ差し出した。

「ん? これは?」

「先ほど髪飾りを取った時に、服の袖に引っかかってましたの。どなたかの落とし物ではないかと……」

「――あの時に? 王宮に落ちてたものか?!」

「おそらく、そうではないのですか?」

 受け取ったノアの手が少し震えていた。
 ようやく渡せたとミレールは安堵する。これで、ノアの心配事が少しは減るのではないかと。

「ミレール!」

 自分の名前を呼んだノアが、突然ミレールを正面から抱きしめてきた。

「――ッ!」

 ミレールは目を大きく開いたまま、軽くパニックになる。

(ノ、ノ、ノアが! こんな場所で抱きしめてくるなんてっ!)
 
「恩に着る! ずっとこれを探していたんだ!」

 ノアはよほど嬉しかったのか、顔を上げたミレールに笑顔を見せていた。
 すぐ目の前に映る笑顔が眩しすぎて、ミレールの顔が見る間に赤くなっていく。

「これは……ノアのものでしたか?」

 ノアの嬉しそうな笑顔にときめき、抱きしめられている状況と共に心拍数がどんどん上がっていく。

「いや、俺のじゃない。今、城に入ってきた侵入者が逃げてしまって、どこに行ったかも、どこのどいつかわからなかった。……だが、これが見つかったということは、犯人のものかもしれない!」

「そう、でしたの? よく、わかりませんが、ノアが嬉しいのでしたら、良かったですわ」

「あぁ! あんたのおかげだ……ありがとう、ミレール!」

「いえ……、わたくしは何も……偶然ですわ」

 こんなに喜んでもらえるとは思っていなかった。
 怪我をしてでもやった甲斐があったと、ミレールも嬉しくて笑顔でノアの様子を見上げていた。
 と、急にノアの顔が近づき、唇に柔らかな感触を感じる。
 
「んっ……!?」

 目を閉じることも忘れ、ドアップになっているノアの閉じた瞼とおでこを信じられない思いで見ていた。

 唇が離されてもノアの顔がまだ近くて、心臓が壊れてしまいそうなほど早鐘を打っている。

「……気を付けて帰れよ。あと……今夜は遅くなると思うが、寝ないで待っててくれるか?」

 鼓膜に直接響く声と耳にかかる吐息が擽ったい。
 耳元で囁かれる遠回しな夜の誘いが甘すぎて、腰が砕けそうになる。

「わ、わか、わかり、ました、わ……」

 度重なる心臓の負担とあまりの高揚感に、体がふるふると震えてくる。

「楽しみにしてる」

「――っ!!」

 そこでミレールの腰が完全に砕けてしまい、力が入らずに足元からガクッと崩れてしまった。

「おっと……、大丈夫か?」

 ちょうどノアが抱き留めてくれて、地面に崩れ落ちることはなかった。

「あ……こ、腰が……申し訳、ありません……」

「ついでだ。馬車まで運んでやるよ」

 真っ赤になったまま抱えられて、馬車まで移動し席に乗せてもらう。
 
「じゃあ、あとでな」

「……はい」

 ノアに見送られ、ミレールは馬車の窓からノアを見ながら王宮をあとにした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】利害一致のお飾り婚だったので初夜をすっぽかしたら大変なことになった

春瀬湖子
恋愛
絵に描いたような美形一家の三女として生まれたリネアだったが、残念ながらちょっと地味。 本人としては何も気にしていないものの、美しすぎる姉弟が目立ちすぎていたせいで地味なリネアにも結婚の申込みが殺到……したと思いきや会えばお断りの嵐。 「もう誰でもいいから貰ってよぉ~!!」 なんてやさぐれていたある日、彼女のもとへ届いたのは幼い頃少しだけ遊んだことのあるロベルトからの結婚申込み!? 本当の私を知っているのに申込むならお飾りの政略結婚だわ! なんて思い込み初夜をすっぽかしたヒロインと、初恋をやっと実らせたつもりでいたのにすっぽかされたヒーローの溺愛がはじまって欲しいラブコメです。 【2023.11.28追記】 その後の二人のちょっとしたSSを番外編として追加しました! ※他サイトにも投稿しております。

悪役令嬢なのに王子の慰み者になってしまい、断罪が行われません

青の雀
恋愛
公爵令嬢エリーゼは、王立学園の3年生、あるとき不注意からか階段から転落してしまい、前世やりこんでいた乙女ゲームの中に転生してしまったことに気づく でも、実際はヒロインから突き落とされてしまったのだ。その現場をたまたま見ていた婚約者の王子から溺愛されるようになり、ついにはカラダの関係にまで発展してしまう この乙女ゲームは、悪役令嬢はバッドエンドの道しかなく、最後は必ずギロチンで絶命するのだが、王子様の慰み者になってから、どんどんストーリーが変わっていくのは、いいことなはずなのに、エリーゼは、いつか処刑される運命だと諦めて……、その表情が王子の心を煽り、王子はますますエリーゼに執着して、溺愛していく そしてなぜかヒロインも姿を消していく ほとんどエッチシーンばかりになるかも?

【R18】幼馴染な陛下と、甘々な毎日になりました💕

月極まろん
恋愛
 幼なじみの陛下に、気持ちだけでも伝えたくて。いい思い出にしたくて告白したのに、執務室のソファに座らせられて、なぜかこんなえっちな日々になりました。

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜

まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください! 題名の☆マークがえっちシーンありです。 王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。 しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。 肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。 彼はやっと理解した。 我慢した先に何もないことを。 ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。 小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。

処理中です...