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怪我の功名
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しばらく泣いたら驚くほどすっきりして、心が軽くなった。
自分がとても張り詰めていたのだと、この時に初めて気づいた。
「もう大丈夫か?」
「はい。申し訳、ありませんわ……」
「謝らなくていい。さぁ、そろそろ行くぞ」
隣で肩を抱いていてくれたノアが席を立ち、穏やかな表情で屈みながら手を伸ばしてくれる。
「……はい」
差し出された大きな手に自分の手を重ねた。
泣き止んだミレールだったが、すっきりした反面、今になってとても恥ずかしくなってきた。
杏だった頃は、人前でここまで泣いたことなどほとんどなかった。泣く時はいつも、誰もいない一人のとき。
だがノアの前ではどうしても堪えきれずに泣いてしまう。
(はぁ……こんなに簡単に泣いてしまうなんて。迷惑に思われてないといいですが……)
泣き腫らしてしまったこともあり、ミレールは馬車乗り場に着くまでずっと俯いたまま移動した。
着いた先には侯爵家の馬車が待機していた。
その前で足を止め、手を離してノアと向かい合った。
「ノア、今日はお付き合いいただき、ありがとうございました。ノアの王宮での様子も見れましたし、レイリンやほかの騎士の方々ともお話することができて、とても楽しかったですわ!」
「本当か?」
「えぇ」
ニコリと笑ったミレールに、ノアは気恥ずかしそうに横に視線を逸らしていた。
「そうか、ならいいが……」
「あっ! ノア……、これを……」
ノアが行ってしまう前に渡さなくてはと、慌てて例のものを取り出す。
落とさないようにドレスの裾の中に入れておいた証拠品を取り出して、両手でノアの前へ差し出した。
「ん? これは?」
「先ほど髪飾りを取った時に、服の袖に引っかかってましたの。どなたかの落とし物ではないかと……」
「――あの時に? 王宮に落ちてたものか?!」
「おそらく、そうではないのですか?」
受け取ったノアの手が少し震えていた。
ようやく渡せたとミレールは安堵する。これで、ノアの心配事が少しは減るのではないかと。
「ミレール!」
自分の名前を呼んだノアが、突然ミレールを正面から抱きしめてきた。
「――ッ!」
ミレールは目を大きく開いたまま、軽くパニックになる。
(ノ、ノ、ノアが! こんな場所で抱きしめてくるなんてっ!)
「恩に着る! ずっとこれを探していたんだ!」
ノアはよほど嬉しかったのか、顔を上げたミレールに笑顔を見せていた。
すぐ目の前に映る笑顔が眩しすぎて、ミレールの顔が見る間に赤くなっていく。
「これは……ノアのものでしたか?」
ノアの嬉しそうな笑顔にときめき、抱きしめられている状況と共に心拍数がどんどん上がっていく。
「いや、俺のじゃない。今、城に入ってきた侵入者が逃げてしまって、どこに行ったかも、どこのどいつかわからなかった。……だが、これが見つかったということは、犯人のものかもしれない!」
「そう、でしたの? よく、わかりませんが、ノアが嬉しいのでしたら、良かったですわ」
「あぁ! あんたのおかげだ……ありがとう、ミレール!」
「いえ……、わたくしは何も……偶然ですわ」
こんなに喜んでもらえるとは思っていなかった。
怪我をしてでもやった甲斐があったと、ミレールも嬉しくて笑顔でノアの様子を見上げていた。
と、急にノアの顔が近づき、唇に柔らかな感触を感じる。
「んっ……!?」
目を閉じることも忘れ、ドアップになっているノアの閉じた瞼とおでこを信じられない思いで見ていた。
唇が離されてもノアの顔がまだ近くて、心臓が壊れてしまいそうなほど早鐘を打っている。
「……気を付けて帰れよ。あと……今夜は遅くなると思うが、寝ないで待っててくれるか?」
鼓膜に直接響く声と耳にかかる吐息が擽ったい。
耳元で囁かれる遠回しな夜の誘いが甘すぎて、腰が砕けそうになる。
「わ、わか、わかり、ました、わ……」
度重なる心臓の負担とあまりの高揚感に、体がふるふると震えてくる。
「楽しみにしてる」
「――っ!!」
そこでミレールの腰が完全に砕けてしまい、力が入らずに足元からガクッと崩れてしまった。
「おっと……、大丈夫か?」
ちょうどノアが抱き留めてくれて、地面に崩れ落ちることはなかった。
「あ……こ、腰が……申し訳、ありません……」
「ついでだ。馬車まで運んでやるよ」
真っ赤になったまま抱えられて、馬車まで移動し席に乗せてもらう。
「じゃあ、あとでな」
「……はい」
ノアに見送られ、ミレールは馬車の窓からノアを見ながら王宮をあとにした。
自分がとても張り詰めていたのだと、この時に初めて気づいた。
「もう大丈夫か?」
「はい。申し訳、ありませんわ……」
「謝らなくていい。さぁ、そろそろ行くぞ」
隣で肩を抱いていてくれたノアが席を立ち、穏やかな表情で屈みながら手を伸ばしてくれる。
「……はい」
差し出された大きな手に自分の手を重ねた。
泣き止んだミレールだったが、すっきりした反面、今になってとても恥ずかしくなってきた。
杏だった頃は、人前でここまで泣いたことなどほとんどなかった。泣く時はいつも、誰もいない一人のとき。
だがノアの前ではどうしても堪えきれずに泣いてしまう。
(はぁ……こんなに簡単に泣いてしまうなんて。迷惑に思われてないといいですが……)
泣き腫らしてしまったこともあり、ミレールは馬車乗り場に着くまでずっと俯いたまま移動した。
着いた先には侯爵家の馬車が待機していた。
その前で足を止め、手を離してノアと向かい合った。
「ノア、今日はお付き合いいただき、ありがとうございました。ノアの王宮での様子も見れましたし、レイリンやほかの騎士の方々ともお話することができて、とても楽しかったですわ!」
「本当か?」
「えぇ」
ニコリと笑ったミレールに、ノアは気恥ずかしそうに横に視線を逸らしていた。
「そうか、ならいいが……」
「あっ! ノア……、これを……」
ノアが行ってしまう前に渡さなくてはと、慌てて例のものを取り出す。
落とさないようにドレスの裾の中に入れておいた証拠品を取り出して、両手でノアの前へ差し出した。
「ん? これは?」
「先ほど髪飾りを取った時に、服の袖に引っかかってましたの。どなたかの落とし物ではないかと……」
「――あの時に? 王宮に落ちてたものか?!」
「おそらく、そうではないのですか?」
受け取ったノアの手が少し震えていた。
ようやく渡せたとミレールは安堵する。これで、ノアの心配事が少しは減るのではないかと。
「ミレール!」
自分の名前を呼んだノアが、突然ミレールを正面から抱きしめてきた。
「――ッ!」
ミレールは目を大きく開いたまま、軽くパニックになる。
(ノ、ノ、ノアが! こんな場所で抱きしめてくるなんてっ!)
「恩に着る! ずっとこれを探していたんだ!」
ノアはよほど嬉しかったのか、顔を上げたミレールに笑顔を見せていた。
すぐ目の前に映る笑顔が眩しすぎて、ミレールの顔が見る間に赤くなっていく。
「これは……ノアのものでしたか?」
ノアの嬉しそうな笑顔にときめき、抱きしめられている状況と共に心拍数がどんどん上がっていく。
「いや、俺のじゃない。今、城に入ってきた侵入者が逃げてしまって、どこに行ったかも、どこのどいつかわからなかった。……だが、これが見つかったということは、犯人のものかもしれない!」
「そう、でしたの? よく、わかりませんが、ノアが嬉しいのでしたら、良かったですわ」
「あぁ! あんたのおかげだ……ありがとう、ミレール!」
「いえ……、わたくしは何も……偶然ですわ」
こんなに喜んでもらえるとは思っていなかった。
怪我をしてでもやった甲斐があったと、ミレールも嬉しくて笑顔でノアの様子を見上げていた。
と、急にノアの顔が近づき、唇に柔らかな感触を感じる。
「んっ……!?」
目を閉じることも忘れ、ドアップになっているノアの閉じた瞼とおでこを信じられない思いで見ていた。
唇が離されてもノアの顔がまだ近くて、心臓が壊れてしまいそうなほど早鐘を打っている。
「……気を付けて帰れよ。あと……今夜は遅くなると思うが、寝ないで待っててくれるか?」
鼓膜に直接響く声と耳にかかる吐息が擽ったい。
耳元で囁かれる遠回しな夜の誘いが甘すぎて、腰が砕けそうになる。
「わ、わか、わかり、ました、わ……」
度重なる心臓の負担とあまりの高揚感に、体がふるふると震えてくる。
「楽しみにしてる」
「――っ!!」
そこでミレールの腰が完全に砕けてしまい、力が入らずに足元からガクッと崩れてしまった。
「おっと……、大丈夫か?」
ちょうどノアが抱き留めてくれて、地面に崩れ落ちることはなかった。
「あ……こ、腰が……申し訳、ありません……」
「ついでだ。馬車まで運んでやるよ」
真っ赤になったまま抱えられて、馬車まで移動し席に乗せてもらう。
「じゃあ、あとでな」
「……はい」
ノアに見送られ、ミレールは馬車の窓からノアを見ながら王宮をあとにした。
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