41 / 110
思いやり
しおりを挟むレイリンとの話も弾み、友達との楽しいトークタイムを過ごしていたミレールの元に、再びノアが現れた。
「おい、迎えに来たぞ」
ミレールは立ち上がり、近くに置いてあった籠を手に持ってレイリンに挨拶をしている。
「では、レイリン。そろそろお暇させていただきますわ」
「えぇっー! もう行っちゃうの? もっとミレールとお話ししたかったのにぃ!」
にこりと笑ったミレールに、立ち上がったレイリンが近づいて抱きついている。レイリンと仲良くなってから、こうして甘えてきてくれることが度々ある。ミレールはそれが嬉しかった。
上目遣いで訴えている仕草がとても可愛くて、思わずミレールはレイリンの頭をそっと撫でる。
(男性の方たちは皆、こうした可愛い仕草にやられてしまうのね。レイリンがモテる理由がよくわかりますわ)
「申し訳ありませんわ。また機会があれば、お話ししましょう」
「絶対よ! 約束してっ!」
「わかりました」
念押ししてくるレイリンに苦笑しながら返事を返していると、レイリンは今度はノアに顔を向けている。
「オルノス卿っ!」
「えっ? 俺、ですか?」
話が終わるのを近くで立って待っていたノアは、突然話を振られて驚いた様子だった。
「そうです! お願いですから、絶対にミレールをここに連れて来てくださいね!」
「はあ。……まぁ、妻が望むのであれば」
レイリンの勢いにノアも押されたのか、困った顔をして少し体を引かせていた。
ミレールはレイリンの体を離して、安心させるように笑いかけた。
「レイリンも王太子妃選抜、頑張ってくださいね。陰ながら応援しておりますわ」
「ミレールぅ……」
レイリンは幼い頃から病弱で、深窓の令嬢だった。
ミレールと違い、くりっとした大きな桃色の瞳をうるうると潤ませて見つめられると、どうしてかここから去ることに罪悪感を感じてしまう。
あのレイリンに、ここまで懐いてもらえると思っていなかった。
「そろそろ稽古の時間なんで、いいですかね……?」
いい加減痺れを切らしたノアが、呆れたように声をかけてきた。
「では、ごきげんよう。レイリン」
レイリンはまだ未練がましそうにミレールを見ていたが、ノアと共にその場をあとにした。
「あんたたちって、あんなに仲良かったか?」
再びノアにエスコートされ、持っていたはずの籠も何も言わずにノアが持って運んでくれていた。
「わたくしが、レイリンに謝りましたの。ミレールはずっと、レイリンに意地悪してましたから……」
また王宮の廊下まで戻り、ふたりで並んで歩いている。ミレールは罪を告白するように、沈んだ面持ちで話していく。
「……あんたが言ってた、魂が入れ代わったって話」
「はい」
「あれは本気で言ってるのか?」
ノアの腕に手を添えて歩いていたミレールは、唐突な質問にさらに表情が曇っていく。
「――えぇ……」
歩いていく王宮の長い渡り廊下を、進行方向に向かって歩いていく。
この周りには人気はなく、だからこそノアも話を切り出したのかもしれない。
「あまりに現実味のないお話ですので、本当に信じてもらおうと思っている訳ではありません。ただ、ノアには嘘をつきたくなかったのでお話しました」
あの時に言った話をノアは覚えてくれていたが、信じてもらうのは無理なのだろうと思っている。
自分が同じ話をノアにされても、困惑するだけで簡単に信じることは難しいからだ。
「貴方とミレールは幼馴染でしたし、思わぬ出来事でこのように貴方をミレールに縛り付けてしまいましたわ。ですから、ノアにはとても悪いことをしたと思ってますの」
ぽつぽつと独白していたミレールに、ノアは急に足を止めて真剣な顔でミレールを見下ろしていた。
「……ノア?」
「あんたは後悔してるのか?」
「はい?」
「俺と結婚したこと」
言われた言葉が意外すぎて、ノアを見上げたまま瞠目する。
一瞬言葉を失ったが、ノアの顔を見て即座に答えた。
「――いいえ」
その答えを聞いたノアは再び前を向いて歩き出した。ミレールも引かれるように一緒に歩き出す。
「だったら、悪いと思う必要はない。あんたが後悔していないなら、もうあの夜の話はするな」
「ですが……」
隣で歩いているノアを横から見上げるが、ノアは真っ直ぐ前を向いて歩いていた。
「俺は縛られていると思ってないし、この結婚を後悔していない。入れ代わったって話は、まだ確信が持てないが……少なくとも、今のあんたには好感が持てる。だからその話は終わりだ」
「……っ、 ノ、ア……」
(ノアが一番迷惑しているはずなのに……。初めから、わたくしを責めたりしませんでした……。わたくしが気にしないように、わざわざこうして、自分からこの話を終わらせてくれて……)
ノアのさりげない言葉が、ミレールの心に深く響いた。
咄嗟に俯きながら、じわりとあふれてきそうになる涙を必死に抑えていた。
(ノアは、本当に優しい人ですもの……もしこの先、ノアに好きな方ができましたら、すぐに離婚できるように準備しておきましょう。政略結婚や望まない結婚をした貴族は、とくに離婚率が高いですから……)
自分は結婚には向いていない。
何をしても上手くこなせない。
そしてまたあの夫のように、自分に失望される……
以前の記憶が強すぎるせいか、自己肯定感の低い杏は、どうしてもその考えてから抜け出せずにいた。
92
お気に入りに追加
2,634
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる