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王太子マクレイン
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だが今のミレールにはなんの未練もない。
「お久しぶりにございます。殿下……恐れながら、進言させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ん? あぁ、構わないよ。なんだい?」
「わたくしはノアと婚姻を結び、オルノス侯爵家の人間となりました。ですのでわたくしのことは、『夫人』と呼んでくださいますよう、お願いいたしますわ」
「……あぁ、これは失礼したね。ミレール夫人」
「ご理解いただき、心より感謝申し上げますわ。臣下の妻として、当然のことを言ったまでですので。わたくしのほうこそ、これまでの殿下への非礼を改めましてお詫び申し上げます。愚な振る舞いをしていたわたくしを、どうかお許し下さいませ」
今度は跪き、片手を胸に当てて頭を下げた。これは王国での最敬礼に当たる。
「顔を上げてくれ、夫人。君も改心したようだし、これまでのことは水に流そう。ノアと結婚して、君もずいぶん落ち着いたようだね。……結婚、おめでとう」
「殿下の広いお心遣い、痛み入ります。何よりの祝辞ですわ」
その場にいた三人は、立ち上がったミレールを驚いた顔をして見ていた。
「まぁ、ひとまず席に着いてくれ」
「はい。ありがとうございます」
テーブルへと案内され席へ着いたミレールに、マクレインは思わず言葉を漏らしていた。
「しかし……これは、大層驚いた。本当に、ノアやレイリン嬢の言っていた通りだな」
「ですから申し上げたじゃないですか! ミレールはとってもとぉっっても、素敵な淑女に生まれ変わったんです!」
「いや、疑っていたわけではないんだがね……実際、この目で見るまでは信じない主義なんだよ」
「それって、結局疑ってるってことじゃないのですか?」
「レイリン嬢はなかなか鋭いね」
レイリンとマクレインはこの時点ですでに仲が良いらしい。口調もかなり砕けており、二人の醸し出す雰囲気もとても柔らかい。
(ノアが早い段階で離脱したせいなのか、ライバルが減った分お二人の仲がすでに親密な感じですわ。ノアは……、この状況をどう見ているのかしら?)
隣に腰掛けていたノアに視線を送ったミレールは、同じくミレールを見ていたであろうノアと視線が合った。
「っ」
思いがけず二人で見つめ合う。
ノアはミレールの顔を見たあと、視線をわずかに下げた。
「――? ノア……?」
ノアはミレールの首元を見ており、今度は自分で自分の首を指さしたかと思うと、目を細めながら不敵に笑っていた。
「――ッ!」
その仕草がまるで、昨日たくさん付けられた痕が見えているとからかわれているようで、一気に顔が上気して熱くなる。
チョーカーで隠し切れていない首元を、思わず片手で覆い隠した。
「どうしたの? ミレール? 首、苦しいの?」
マクレインと話していたレイリンがミレールの変化に気づいたのか、心配そうに声をかけた。
「い、いえ……なんでも、ありませんわ」
「あれ? 首のところ、何かに刺されたの? よく見たら何か所も赤くなってるわ!」
レイリンはまだマクレインとそういう仲になっていないのか、ミレールの首筋の痕を見て本気で心配していた。
「っ! あ……、すぐに、治りますから……」
ミレールはさらに肩まで赤みがかる。顔を上げていられず、恥ずかしさにそのまま俯いた。
マクレインは状況をいち早く察したのか、呆れたような視線をノアに向けていた。
「あー、そうだね。どうやら夫人は、悪いムシに刺されてしまったようだ……」
「え?! 大丈夫なんですか? もし薬が必要ならっ……」
「――レイリン嬢。こればかりは、付ける薬はないんだよ」
「そうなのですか?? 薬が効かないなんて、なんて悪い虫なんでしょうっ!」
なんのことか分からない顔をして怒っているレイリンに、マクレインは堪えきれずに笑っていた。
(良かった……マクレイン様にお会いしたら、姿絵を見た時のような胸の痛みや苦しみを伴うのかと危惧していましたが、意外なほどなんともなくて安心しましたわ……)
二人のほのぼのとしたやり取りを笑顔で見ていたミレールだが、その隣でミレールを見ていたノアの表情が、わずかに曇ったことに気づくことはなかった。
「お久しぶりにございます。殿下……恐れながら、進言させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ん? あぁ、構わないよ。なんだい?」
「わたくしはノアと婚姻を結び、オルノス侯爵家の人間となりました。ですのでわたくしのことは、『夫人』と呼んでくださいますよう、お願いいたしますわ」
「……あぁ、これは失礼したね。ミレール夫人」
「ご理解いただき、心より感謝申し上げますわ。臣下の妻として、当然のことを言ったまでですので。わたくしのほうこそ、これまでの殿下への非礼を改めましてお詫び申し上げます。愚な振る舞いをしていたわたくしを、どうかお許し下さいませ」
今度は跪き、片手を胸に当てて頭を下げた。これは王国での最敬礼に当たる。
「顔を上げてくれ、夫人。君も改心したようだし、これまでのことは水に流そう。ノアと結婚して、君もずいぶん落ち着いたようだね。……結婚、おめでとう」
「殿下の広いお心遣い、痛み入ります。何よりの祝辞ですわ」
その場にいた三人は、立ち上がったミレールを驚いた顔をして見ていた。
「まぁ、ひとまず席に着いてくれ」
「はい。ありがとうございます」
テーブルへと案内され席へ着いたミレールに、マクレインは思わず言葉を漏らしていた。
「しかし……これは、大層驚いた。本当に、ノアやレイリン嬢の言っていた通りだな」
「ですから申し上げたじゃないですか! ミレールはとってもとぉっっても、素敵な淑女に生まれ変わったんです!」
「いや、疑っていたわけではないんだがね……実際、この目で見るまでは信じない主義なんだよ」
「それって、結局疑ってるってことじゃないのですか?」
「レイリン嬢はなかなか鋭いね」
レイリンとマクレインはこの時点ですでに仲が良いらしい。口調もかなり砕けており、二人の醸し出す雰囲気もとても柔らかい。
(ノアが早い段階で離脱したせいなのか、ライバルが減った分お二人の仲がすでに親密な感じですわ。ノアは……、この状況をどう見ているのかしら?)
隣に腰掛けていたノアに視線を送ったミレールは、同じくミレールを見ていたであろうノアと視線が合った。
「っ」
思いがけず二人で見つめ合う。
ノアはミレールの顔を見たあと、視線をわずかに下げた。
「――? ノア……?」
ノアはミレールの首元を見ており、今度は自分で自分の首を指さしたかと思うと、目を細めながら不敵に笑っていた。
「――ッ!」
その仕草がまるで、昨日たくさん付けられた痕が見えているとからかわれているようで、一気に顔が上気して熱くなる。
チョーカーで隠し切れていない首元を、思わず片手で覆い隠した。
「どうしたの? ミレール? 首、苦しいの?」
マクレインと話していたレイリンがミレールの変化に気づいたのか、心配そうに声をかけた。
「い、いえ……なんでも、ありませんわ」
「あれ? 首のところ、何かに刺されたの? よく見たら何か所も赤くなってるわ!」
レイリンはまだマクレインとそういう仲になっていないのか、ミレールの首筋の痕を見て本気で心配していた。
「っ! あ……、すぐに、治りますから……」
ミレールはさらに肩まで赤みがかる。顔を上げていられず、恥ずかしさにそのまま俯いた。
マクレインは状況をいち早く察したのか、呆れたような視線をノアに向けていた。
「あー、そうだね。どうやら夫人は、悪いムシに刺されてしまったようだ……」
「え?! 大丈夫なんですか? もし薬が必要ならっ……」
「――レイリン嬢。こればかりは、付ける薬はないんだよ」
「そうなのですか?? 薬が効かないなんて、なんて悪い虫なんでしょうっ!」
なんのことか分からない顔をして怒っているレイリンに、マクレインは堪えきれずに笑っていた。
(良かった……マクレイン様にお会いしたら、姿絵を見た時のような胸の痛みや苦しみを伴うのかと危惧していましたが、意外なほどなんともなくて安心しましたわ……)
二人のほのぼのとしたやり取りを笑顔で見ていたミレールだが、その隣でミレールを見ていたノアの表情が、わずかに曇ったことに気づくことはなかった。
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