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穏やかな時間
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ノアは王太子であるマクレインの専属騎士なので、夕刻を過ぎなければ帰宅することはなかった。
その辺りは前の夫とやはり変わることはないのだとミレールは思う。
ただ、まだ子供がいないこともあり、自分の時間に余裕が持てたが、余裕があるということはやはり余計なことも考えてしまう、ということだった。
本来なら車で子供を保育園へと送ったあと、その足でパート先へ仕事へ行き、定時になるとまた保育園へと趣き、子供を迎えに行った後、また家へ帰り家事と育児……という家庭での戦争が始まっていた。
「ミレール! そんなことは他の者に任せて、たまには私とお茶でもしようじゃないか!」
この日、オルノス侯爵が非番だったのか朝から屋敷に留まっていた。オルノス侯爵は国王陛下を警護する近衛騎士団の将軍だった。
この時ミレールは外に出て土いじりをしていた。オルノス侯爵邸の庭園は素晴らしく整っており、それを見てミレールも大いに刺激された。
ガーデニングが好きだった杏は、庭園の一角を借りて自分の花壇を作らせてもらっていたのだ。
「ふふふ、ミレールは本当に変わったわね。昔は土が手に付くのも嫌がっていたのに……、こんなに立派な花壇まで作れるようになったんですもの」
オルノス侯爵に肩を抱かれたノクターンが、掘った穴に苗を植えているミレールを見て微笑ましそうにしている。
「オルノス侯爵様、ノクターンおば様、ごきげんよう。今、少しだけ野菜の苗も植えていますの。まだ先の話ですが、ちゃんと実りましたら食卓にお出ししてもよろしいですか?」
しゃがんで土のついた手袋を嵌めて作業してたミレール起き上がり、オルノス侯爵夫妻に向かって楽しそうに顔を綻ばせる。杏の頃は、こういった趣味に時間を割いている暇さえなかったからだ。
「あらあら、まるで子供みたいね。貴女のそんな無邪気な笑顔を見たのも久しぶりだわ。やっぱり恋する力って偉大ね!」
「え……!? いえっ、そういう訳ではっ……!」
幼い頃からミレールを知っているノクターンは、ミレールがノアと結婚したから別人のように変わったと思い込んでいる。
たしかにミレールはノアに恋しているが、あのわがままだったミレールがここまで変わったのは、本当に別の人間の魂が入ってしまったからだ。
「そうだな。やはり人の話や噂など当てにならんということだ。……ところでミレール、いつになったら『お義父さま』と呼んでくれるんだ?!」
ノクターンの頭にチュッと軽くキスを落としたオルノス侯爵は、ミレールに向かい無茶なお願いをしてくる。
まさかここでもミレールの両親同様、ラブラブな夫婦をお目にかかるとは思わず、ミレールは複雑な気持ちで目を逸らした。
「もう少し、お時間をいただけますと幸いですわ……」
(どうしてオルノス侯爵夫妻は揃いも揃ってわたくしに『お義父さま、お義母さま』と呼ばせたがるのでしょうか……?)
ミレールはなんとか笑顔を作り、そう返すことが精一杯だった。
◆◇◆
そしてその日の晩餐、いつもより遅い時間に帰ってきたノアの表情は暗かった。
席に座って食べ始めたが、やはり表情は戻らない。
「ノア? 王城で何かあったの?」
ここで口を開いたのはノクターンだった。
黙々と食べていたノアに向かい言葉をかけるが、ノアは話そうとしない。
「いえ。問題ありません」
一瞬手を止め、一言話すとまた食事の手を再開させている。
隣に座ったミレールも心配そうに見ていたが、なんと言葉をかけていいのか躊躇われた。
こういう時、オルノス侯爵はとくに何も話さない。王城で起きていることは家族であっても軽々しく話してはいけないからだ。
(すでに王太子妃候補が城へと集まり……試験も始まっている時期ですわ。わたくしは早々に戦線離脱してしまいましたが、物語は関係なく進んでいますもの……)
ミレールは小説の内容を思い出していた。そこで一つ引っかかる出来事を思い出す。
(そうですわ! たしか、王太子妃候補が城に暮らし始めて一番先に起こる事件! おそらくノアの様子がおかしいのはそのせいだわっ!)
その辺りは前の夫とやはり変わることはないのだとミレールは思う。
ただ、まだ子供がいないこともあり、自分の時間に余裕が持てたが、余裕があるということはやはり余計なことも考えてしまう、ということだった。
本来なら車で子供を保育園へと送ったあと、その足でパート先へ仕事へ行き、定時になるとまた保育園へと趣き、子供を迎えに行った後、また家へ帰り家事と育児……という家庭での戦争が始まっていた。
「ミレール! そんなことは他の者に任せて、たまには私とお茶でもしようじゃないか!」
この日、オルノス侯爵が非番だったのか朝から屋敷に留まっていた。オルノス侯爵は国王陛下を警護する近衛騎士団の将軍だった。
この時ミレールは外に出て土いじりをしていた。オルノス侯爵邸の庭園は素晴らしく整っており、それを見てミレールも大いに刺激された。
ガーデニングが好きだった杏は、庭園の一角を借りて自分の花壇を作らせてもらっていたのだ。
「ふふふ、ミレールは本当に変わったわね。昔は土が手に付くのも嫌がっていたのに……、こんなに立派な花壇まで作れるようになったんですもの」
オルノス侯爵に肩を抱かれたノクターンが、掘った穴に苗を植えているミレールを見て微笑ましそうにしている。
「オルノス侯爵様、ノクターンおば様、ごきげんよう。今、少しだけ野菜の苗も植えていますの。まだ先の話ですが、ちゃんと実りましたら食卓にお出ししてもよろしいですか?」
しゃがんで土のついた手袋を嵌めて作業してたミレール起き上がり、オルノス侯爵夫妻に向かって楽しそうに顔を綻ばせる。杏の頃は、こういった趣味に時間を割いている暇さえなかったからだ。
「あらあら、まるで子供みたいね。貴女のそんな無邪気な笑顔を見たのも久しぶりだわ。やっぱり恋する力って偉大ね!」
「え……!? いえっ、そういう訳ではっ……!」
幼い頃からミレールを知っているノクターンは、ミレールがノアと結婚したから別人のように変わったと思い込んでいる。
たしかにミレールはノアに恋しているが、あのわがままだったミレールがここまで変わったのは、本当に別の人間の魂が入ってしまったからだ。
「そうだな。やはり人の話や噂など当てにならんということだ。……ところでミレール、いつになったら『お義父さま』と呼んでくれるんだ?!」
ノクターンの頭にチュッと軽くキスを落としたオルノス侯爵は、ミレールに向かい無茶なお願いをしてくる。
まさかここでもミレールの両親同様、ラブラブな夫婦をお目にかかるとは思わず、ミレールは複雑な気持ちで目を逸らした。
「もう少し、お時間をいただけますと幸いですわ……」
(どうしてオルノス侯爵夫妻は揃いも揃ってわたくしに『お義父さま、お義母さま』と呼ばせたがるのでしょうか……?)
ミレールはなんとか笑顔を作り、そう返すことが精一杯だった。
◆◇◆
そしてその日の晩餐、いつもより遅い時間に帰ってきたノアの表情は暗かった。
席に座って食べ始めたが、やはり表情は戻らない。
「ノア? 王城で何かあったの?」
ここで口を開いたのはノクターンだった。
黙々と食べていたノアに向かい言葉をかけるが、ノアは話そうとしない。
「いえ。問題ありません」
一瞬手を止め、一言話すとまた食事の手を再開させている。
隣に座ったミレールも心配そうに見ていたが、なんと言葉をかけていいのか躊躇われた。
こういう時、オルノス侯爵はとくに何も話さない。王城で起きていることは家族であっても軽々しく話してはいけないからだ。
(すでに王太子妃候補が城へと集まり……試験も始まっている時期ですわ。わたくしは早々に戦線離脱してしまいましたが、物語は関係なく進んでいますもの……)
ミレールは小説の内容を思い出していた。そこで一つ引っかかる出来事を思い出す。
(そうですわ! たしか、王太子妃候補が城に暮らし始めて一番先に起こる事件! おそらくノアの様子がおかしいのはそのせいだわっ!)
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