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初夜の準備

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 せっかくの豪勢な晩餐はほとんど喉を通らず、食べたものの味も良くわからないまま終わってしまった。
 それからミレールは使用人に連れられ、いそいそと夜の準備へと入っていく。

 与えられた部屋はもちろんノアの隣の部屋。
 持ってきた花嫁道具もすべてアルマやオルノス侯爵家の使用人たちが片付けてくれてあった。
 そしてミレールは今、湯浴みの真っ最中だった。

(ハァ……、これからが本番ですわ。ノアと同衾するつもりなどまったくありませんから、こうして夜のお支度などをしてもらっても無意味なので申し訳ないのですが……)

 体の隅々まで使用人たちに磨き上げられ、薄く化粧も施されていく。
 大きな鏡台に映る自分の顔は未だに見慣れないうえ、自分の目で見ただけでも緊張した面持ちをしていた。

「お嬢様……大丈夫ですか?」

 他の使用人には下がってもらい、ミレールの部屋にはアルマしかいなかった。
 ミレールの緊張が伝わったのか、アルマの表情もどこか強張っていて、心配そうに話しかけている。
 露出の高い紺色のナイトドレスの上にガウンを羽織り腰紐を結んでもらう。
 下着などは一切着けさせてもらえなかった。
 なんだかもうヤる気満々みたいな感じが伝わって、それがさらにミレールをいたたまれない気分にさせている。

「大丈夫、ではないけれど……とりあえず行ってまいりますわ!」

 自分がこれから迎えるのは、官能に満ちあふれた甘い夜ではない。

 自分と、ノアの未来のための話し合いの場だ。
 ただ、この話をノアが信じてくれるのかわからず、話すことによってさらに嫌われてしまうのではないかと、そればかりが心を占め心配していた。

(ノアがこの提案を受け入れてくれるかわからないけれど、わたくしがどうにかしなければ、ノアがあまりにも可哀想ですもの!)

 鏡の前で拳を握り締め意気込むさまは、これから甘い夜を迎えようとする新婦のものではなかった。

「あの……ミレールお嬢様。もう少し肩の力を抜かれてはいかがですか? まるで、これから戦場にでも向かうようですよ?」

 あまりの意気込みにアルマまで圧倒されているようだった。

「えぇ……、そうね。ありがとう、アルマ」

「いえ。それでは失礼いたします」

 ニコリと笑ったアルマは一礼して退室していった。
 ミレールは誰も居なくなった部屋を確認し、深いため息を吐く。

(ここで迷っていても仕方ありませんわ。ひとまず場所を移しましょう)

 部屋から出ると、すぐ隣りにあるノアの部屋の前へと立つ。
 覚悟を決めてからノックをしたが、返答はなかった。
 ドアノブを手に取りゆっくり開けると、鍵のかかっていない扉が簡単に開いた。

「……っ」

 開いた扉からノアの部屋へ足を進める。
 ミレールの与えられた部屋と同じくらい広い間取り。余計なものなどは一切置いてなく、ただ、壁には観賞用の剣がたくさん飾られていた。
 机と応接用のテーブル、ソファー、広く鎮座ちんざするベッド。ノアの性格を現しているかのようなシンプルさだった。

(ここが……ノアの部屋。き、緊張しますわ……初めて夫以外の男性の部屋へ入ります……)

 元々杏はわりと臆病で引っ込み思案なうえ、男性とお付き合いしたのも夫が初めてだった。
 初めて付き合った相手と初体験をし、そして結婚にまで至った。この話だけすると、友達からは「杏は幸せだね~」「初めての人と結婚できるなんて羨ましいっ!」と言われた。
 だが、実際には羨まれることも幸せでもなんでもなかった。
 だからといって、たくさんの男性と付き合うことがいいとか、そういうことを言いたい訳ではない。

 ただ、自分は選択を間違えたのだと、後々思い始めたからだ。

 ノアの部屋へ入ると、より一層緊張してきた。
 そこにはやはりノアはおらず、ミレールは部屋の真ん中に配置されている応接セットの前まで歩いてきた。
 テーブルの上にはワインと軽食が置かれており、これから夜を共にする新婚夫婦ために用意されたものだと思うと、その気遣いを申し訳なく感じてしまう。

(オルノス侯爵ご夫妻は、わたくしたちの婚姻を喜んでくださっていたけど……短い結婚生活になるなんて申し訳なくて、とてもじゃないけど言えませんわ……)

 
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