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提案

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 あの日以来、禁酒をしていたミレールだが、せっかくの厚意を無駄にしたくなくて、椅子に腰掛けると一人でワインを開けグラスに注いだ。
 ワイン一杯くらいならそこまで酔うこともないし、緊張している心を少しでも紛らわせたかった。
 芳醇ほうじゅんなワインの香りを楽しみながら、グラスを口につけそのままワインを一口呷る。
 
(……美味しい)

 そしてまたグラスを傾け、度数の高いワインを続けて味わう。
 もしかしたら、このままノアは来ないかもしれない……
 そんな不安がミレールの頭を占めていた。だがそう思いながらも、どこか安心している自分もいる。
 
(このままノアが来なければ、一生閨をともにすることはないのでしょうね。新婚初夜に夫が部屋に訪れない、というのは……白い結婚を意味していますもの)

 一気にグラスを呷り、中に注いだ液体をすべて飲み干した。
 
(元々そうするつもりでしたから……そのほうが手間が省けますわ。……結局私は、何度結婚してもこうなる運命なのね……)

 しばらくして徐々にほどよく酔いが回ってくる。

 と、不意に部屋の扉が開いた。
 そこにいたのはもちろんノアだった。ノアは一瞬動きを止めてから、ミレールの座っているテーブルの前まで歩いてくる。

「あんたって、そんなに酒が好きだったか?」
 
 しっとりと濡れた黒髪が銀河を映し出したように艷やかで、首を傾げてミレールを見つめる涼し気な瑠璃色ラピスラズリの瞳も、ガウン1枚では隠しきれていない肉体の美しさも……すべてに目が釘付けになってしまう。

 多少の酔いもあり、ノアを目の前にしてもさほど緊張もせず冷静を装えた。

「――ノア。貴方に、お話があります。とても……大事なお話です……」

「話?」

「えぇ」

 少しの間を置いて、ノアは対面の椅子へと腰を掛けた。酔っていたはずのミレールに、再び緊張が走る。

「で、その話とはなんだ?」
 
 ノアは足を手を組み、見定めるようにミレールを見ている。
 ミレールはグラスをテーブルに置き、姿勢を正してノアを真っ直ぐに見る。

「まず、今回の婚姻のことですが……双方の意思が反映されておらず、このままでは良い方向へ向かうとは思えません。ですのでわたくしは、一年後の離婚を推奨いたします」

「――あんたが俺を毛嫌いしているのはわかるが、離婚したところで互いの経歴に傷がつくだけだ。それに一年後に離婚したとしても、マクレイン殿下の妃になることなど不可能だぞ」

 冷ややかな視線とともに発せられるトーンの低い声がミレールに突き刺さる。
 おそらくノアは、ミレールがマクレインと一緒になりたいがためにこの提案をしているのだと勘違いしているようだった。

「わたくし……王太子殿下のことは、どうとも思っておりませんの。ただわたくしが言いたいのは、この婚姻はやむを得なく結ばれたもので、互いのためにならないと言っているのです」

「……あんたが、そんなことを言うとはな」

 ノアの口から意外そうな言葉が呟かれた。
 ミレールはさらに緊張した面持ちで、ゴクリと唾を飲み込んでから再び口を開いた。

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