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ミレールは今、人生最大の危機を迎えていた。
「――で? これは一体、どういうことだ?」
休憩室でミレールはテーブルセットの一人掛けソファーに腰掛け、両膝に手を置いたまま冷や汗を掻いて俯いている。
同じく対面で衣類を身に着けたノアは腕を組み、いつも以上に低い声で話しかけている。
そして同時に責めるようにミレールを睨んでいた。
「ど……どう、とは……?」
「あんたがわざわざ変装までして、仮面舞踏会に出席していたのか、ってことを聞いているんだがなぁ……」
「っ!」
ミレールの背中を流れる冷や汗がさらに酷くなる。
ノアの声音は明らかに怒気が含まれており、直接責められていないことがむしろミレールには辛かった。
俯いているはずなのだが、ノアの視線を痛いほど感じる。
(やはり……昨日とは全然違いますわ。ノアは本当にわたくしのことを嫌っていますもの……。これまでのことを考えれば仕方がないのだけれど、わたくしもこれまでのわたくしとは違いますから、こんな風に対応されるとツラいですわ……)
泣きたくなる気持ちをぐっと抑えながら、ミレールは覚悟を決めて顔を上げた。
「ちょっとした、余興でしたの。仮面舞踏会ですもの、少しは普段の自分と変えなくてはつまらないでしょ?」
平気そうな口調で話したが、語尾が僅かに震えた。
ミレールの言葉にノアは考えるように動きを止め、それから口を開いた。
「……確かに。昨日のあんたは全くの別人だった……」
凛々しい顔にある眉を不機嫌そうに顰め、腕を組んだノアの表情は非常に固い。
ミレールは俯いたまま膝のスカートを握り締める。
「だが、俺はあんたを抱いた。責任も取ると言った。その言葉に、偽りはない……」
続けて話したノアの言葉にミレールは衝撃を受けた。
「――なッ!!」
呆然としながら目を大きく見開き、考える前に言葉が先に出ていた。
「いりませんわッ!!」
「はっ……?」
物凄い剣幕で立ち上がったミレールは、対面で座っているノアに向かい、叫ぶように声を出す。
「貴方は相変わらず阿呆ですわね! そんなもの、黙っていれば誰にもわかりませんわっ!? バカ正直に責任を取るなど……今後の人生を棒に振ってもよろしいんですのッ!?」
荒く呼吸を乱し、台詞を捲し立てるように話したミレール。
その様子にノアは呆気にとられていたが、しばらくして口を開いた。
「――言っとくが、あんたはもう王太子候補にはなれない。あれだけ殿下に固執し俺を嫌っていたあんたが、そんなことを言うとは……」
「それは……もう、諦めてますもの……」
「だが、あんたは純潔を失った」
「だからなんだと言うの? そんなものなくても、生きていけますわ!」
わざと冷たく言い放ったミレールに、ノアは驚愕の表情を浮かべている。
「は? いや……だから、嫁ぐ時に」
「ハッ! それこそ余計なお世話ですわ! 貴方には関係ないことではなくって?」
「関係なくはないだろ。俺があんたの……」
「ですから、何度も申し上げてますわ! わたくしは気にしていませんし、貴方に責任も求めておりません! これ以上の話し合いは無意味ですわ!」
はぁ、とさらに短く息を吐いたミレールは、不機嫌を装い、ノアから顔を背けた。
「しかし……未婚の男女が婚前交渉をした場合、必ず責任を取らなければならない」
驚きながらもミレールの話を聞いていたノアは、呟くように話している。
端正な顔を歪めて話しているノアを見て、ミレールの胸がズキリと痛んだ。
「貴方のその耳は飾りですの?! お互い黙っていれば誰にもわかりませんわ! ……それに、貴方はわたくしを嫌っているでしょ? そんな男性の元に嫁いでも、結局は不幸になるだけですもの……お互いの為になりませんわ」
ノアのことは大好きだが、無理やり自分に縛りつけたいわけではない。それに、ノアは現段階ではレイリンに好意を寄せている。
昨晩は酔っていたせいで、ノアはミレールだと知らずに自分を抱いた。
ノアの性格上、こう言わざるを得ないのだろう。責任感が強く紳士的なノアは曲がったことをとても嫌う。
だがミレールは、それを理由に強引に婚姻を結ぶことなどしたくない。
「いいこと!? 昨日は何もなかった! 貴方はわたくしに会っていない。触れてもいない! ……おわかり?」
ミレールの放った言葉を聞きながら、ノアは呆然と立ち上がったミレールを見ていた。
「とりあえず、わたくしは帰りますわ。御者を待たせたままですもの」
「いや、おいッ……!」
立ち上がったノアは引き止めるように手を伸ばしていたが、ミレールは構わず部屋の扉に向かい歩いた。
「それでは、ごきげんよう」
扉のすぐ前で振り返り、ノアに向かってにこりと笑うと、ミレールは部屋をあとにした。
「――で? これは一体、どういうことだ?」
休憩室でミレールはテーブルセットの一人掛けソファーに腰掛け、両膝に手を置いたまま冷や汗を掻いて俯いている。
同じく対面で衣類を身に着けたノアは腕を組み、いつも以上に低い声で話しかけている。
そして同時に責めるようにミレールを睨んでいた。
「ど……どう、とは……?」
「あんたがわざわざ変装までして、仮面舞踏会に出席していたのか、ってことを聞いているんだがなぁ……」
「っ!」
ミレールの背中を流れる冷や汗がさらに酷くなる。
ノアの声音は明らかに怒気が含まれており、直接責められていないことがむしろミレールには辛かった。
俯いているはずなのだが、ノアの視線を痛いほど感じる。
(やはり……昨日とは全然違いますわ。ノアは本当にわたくしのことを嫌っていますもの……。これまでのことを考えれば仕方がないのだけれど、わたくしもこれまでのわたくしとは違いますから、こんな風に対応されるとツラいですわ……)
泣きたくなる気持ちをぐっと抑えながら、ミレールは覚悟を決めて顔を上げた。
「ちょっとした、余興でしたの。仮面舞踏会ですもの、少しは普段の自分と変えなくてはつまらないでしょ?」
平気そうな口調で話したが、語尾が僅かに震えた。
ミレールの言葉にノアは考えるように動きを止め、それから口を開いた。
「……確かに。昨日のあんたは全くの別人だった……」
凛々しい顔にある眉を不機嫌そうに顰め、腕を組んだノアの表情は非常に固い。
ミレールは俯いたまま膝のスカートを握り締める。
「だが、俺はあんたを抱いた。責任も取ると言った。その言葉に、偽りはない……」
続けて話したノアの言葉にミレールは衝撃を受けた。
「――なッ!!」
呆然としながら目を大きく見開き、考える前に言葉が先に出ていた。
「いりませんわッ!!」
「はっ……?」
物凄い剣幕で立ち上がったミレールは、対面で座っているノアに向かい、叫ぶように声を出す。
「貴方は相変わらず阿呆ですわね! そんなもの、黙っていれば誰にもわかりませんわっ!? バカ正直に責任を取るなど……今後の人生を棒に振ってもよろしいんですのッ!?」
荒く呼吸を乱し、台詞を捲し立てるように話したミレール。
その様子にノアは呆気にとられていたが、しばらくして口を開いた。
「――言っとくが、あんたはもう王太子候補にはなれない。あれだけ殿下に固執し俺を嫌っていたあんたが、そんなことを言うとは……」
「それは……もう、諦めてますもの……」
「だが、あんたは純潔を失った」
「だからなんだと言うの? そんなものなくても、生きていけますわ!」
わざと冷たく言い放ったミレールに、ノアは驚愕の表情を浮かべている。
「は? いや……だから、嫁ぐ時に」
「ハッ! それこそ余計なお世話ですわ! 貴方には関係ないことではなくって?」
「関係なくはないだろ。俺があんたの……」
「ですから、何度も申し上げてますわ! わたくしは気にしていませんし、貴方に責任も求めておりません! これ以上の話し合いは無意味ですわ!」
はぁ、とさらに短く息を吐いたミレールは、不機嫌を装い、ノアから顔を背けた。
「しかし……未婚の男女が婚前交渉をした場合、必ず責任を取らなければならない」
驚きながらもミレールの話を聞いていたノアは、呟くように話している。
端正な顔を歪めて話しているノアを見て、ミレールの胸がズキリと痛んだ。
「貴方のその耳は飾りですの?! お互い黙っていれば誰にもわかりませんわ! ……それに、貴方はわたくしを嫌っているでしょ? そんな男性の元に嫁いでも、結局は不幸になるだけですもの……お互いの為になりませんわ」
ノアのことは大好きだが、無理やり自分に縛りつけたいわけではない。それに、ノアは現段階ではレイリンに好意を寄せている。
昨晩は酔っていたせいで、ノアはミレールだと知らずに自分を抱いた。
ノアの性格上、こう言わざるを得ないのだろう。責任感が強く紳士的なノアは曲がったことをとても嫌う。
だがミレールは、それを理由に強引に婚姻を結ぶことなどしたくない。
「いいこと!? 昨日は何もなかった! 貴方はわたくしに会っていない。触れてもいない! ……おわかり?」
ミレールの放った言葉を聞きながら、ノアは呆然と立ち上がったミレールを見ていた。
「とりあえず、わたくしは帰りますわ。御者を待たせたままですもの」
「いや、おいッ……!」
立ち上がったノアは引き止めるように手を伸ばしていたが、ミレールは構わず部屋の扉に向かい歩いた。
「それでは、ごきげんよう」
扉のすぐ前で振り返り、ノアに向かってにこりと笑うと、ミレールは部屋をあとにした。
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