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やけ酒
しおりを挟む会場の熱気に当てられていたせいか、外の澄んだ空気が涼しく体を通りすぎ、冷気を含んだ風がとても心地良く感じる。
王宮だけあって広大な庭園も美しく整備され、中央には塔のような立派な噴水もあり、見る者の目を楽しませてくれていた。
そんな庭園の片隅で、ミレールは持ってきた料理とワインをベンチに置き、一人でやけ酒をしている。
(はぁ……わかっていても、やはり見ているのはつらいですわ……)
仮面を付けていてもわかるノアの楽しそうな様子。それとは反対に、自分に対し冷たく当たるいつもの蔑んだ表情。
あまりに対照的すぎて、思い出すと胸が痛み悲しくなってくる。
(わたくしがどう足掻いても、ノアはわたくしのことを相当嫌っていますもの……。優しくしてほしいなんて贅沢は言わないですが、せめてあの冷たい瞳で見るのはやめてもらいたいですわ……)
ノアがミレールを見るときの煩わしそうな冷めた瞳。
それは元の世界での夫を思い出す。
杏だった頃に幾度も目にしていた。それを思い出すと、胸の奥がキリキリと痛む。
その思いを打ち消すように、誰もいないことを確認し、グイッとワインを瓶ごと呷る。
とても貴族の子女とは思えない飲み方をしていた。
ベンチに置いた料理も口にしつつすでに酔いも回り、夜空に浮かぶ月も二重に見え始めていた。
「はぁぁーー……」
アルコールを含んだ深いため息を吐いていると、突然何者かが現れた。
「ひっ!」
「ん? ……アンタは?」
(えっ?!)
バッと庭園の脇から姿を現したのはノアだった。
走ってきたのか少し息を切らしている。
「晩酌中すまない。こちらに、銀色の髪の女性が通らなかったか?」
パッとミレールの様子を見て、ノアは問いかけてきた。
ミレールはまだ心臓がドキドキと脈打っている。まさかこのタイミングでノアが現れるとは思わなかった。
(お、落ち着くのよ! そう、ノアはレイリンを追って庭園まで来るのでしたわ)
酔っていたが、そのくらいは思い出せた。
だが、思い出した途端、気持ちもまた降下していく。
パッとノアから視線を逸らし、沈んだ表情を隠しながら、ミレールはボソボソと口を開いた。
「……その女性でしたら、どなたかとあちらへ歩いて行きましたわ」
ノアの態度がいつもより柔和で、口調に棘がないと思ったら、そういえば自分は別人に変わっているのだ、と不意に思い出した。
レイリンとマクレインが消えた方向を指さすと、ノアも同じ方向を見ている。
「恩に着るっ」
一言だけ残し、そのままノアは脇目も振らずまた走って行ってしまった。
「はあぁぁっーーー」
その後ろ姿をベンチで眺め、ミレールの口からさらに深いため息が漏れた。
ワイン片手にベンチの背もたれに体を預ける。
見上げた星空も月も……二重どころか視界の全てが歪んでいた。
そして、ミレールの瞳から涙があふれては次々と流れていく。
今更だが、見に来なければよかったと後悔した。
まさかこんな場所でノアとの遭遇するとは思ってもみなかった。
普段の自分との対応の違いを見せつけられ、ミレールの気分がどん底まで落ち込んでしまった。
ドレスの袖口で涙を拭い、隣に置いてあったワインの瓶を手に取り、また勢いよくグイッと呷る。
もう男に振り回されることなど、懲り懲りだと思っていたはずだったのだが……
「よしっ、今夜は飲みますわっ!」
この時、ミレールは完全に酒に呑まれていた。
しばらく一人晩酌していたミレールの元に足音が近づき、再び誰かが通りかかった。
「――あれ? アンタ、まだいたのか?」
「んーー……?」
そこには表情の暗いノアがいた。
相変わらずの美男子ぶりだが、明らかに意気消沈しており、話している声のトーンも先程より低かった。
出来上がっていたミレールはワインの瓶片手に、据わった目でノアを見ている。
「あら、あなたのこそ……ヒクッ、その様子じゃあ、振られたようれふわねぇ……」
呂律も回らず、カラカラと笑い出す始末。
離れた場所でミレールの様子を見たノアは、途端に呆れた顔に変わっていく。
「おい……、飲みすぎだ」
「ほっといてくらさいっ! ヒクッ、あなたには、関係、ありまへんわっ」
酔いの回った怪しい口調で、反抗するミレールはまたグイッとワインの瓶に口を付けた。
「ハァ……」
ノアは立って腰に手を当てたまま、まだ呆れた様子で酒を煽るルイーゼを見ている。
「男なんて……、男なんてぇ、クソくらえですわぁっ! 自分勝手でワガママで、人の気も知らないれぇー!!」
「――なんだ。アンタも振られたクチか……」
「フンッ! うっさい、れすわっ……」
「はははッ!」
突然笑い出したノアはベンチで座っていたミレールの隣に近づいたかと思うと、すぐ側にドカッと座った。
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