42 / 46
第五章
鴨川デルタの戦い 6
しおりを挟む
「頼む! あんたならそいつを使いこなせるはずだ! 呪術の技術は僕よりあんたの方がはるかに高い! これは賭けだ! ここで勝つためには、その折符の効果を最大限に引き出してもらうしかない!」
「…………!」
紬はハッとして手元の瓶に目を落とした。そうか。狐坂さんは私を信用して、長年の努力の結晶を託してくれたのだ。そのことに気づいた紬は、責任の重大さを実感して瓶を握りしめる。
「分かりました! 全力を尽くします!」
紬は大声で答えると、さっそく瓶の蓋を開け、中から狐の折符を手の上に取り出した。
(邪気を肩代わりするってことは、きっとこれも形代の一種だよね!)
そう判断した紬は真剣な表情で折符を岡丸に向かって掲げ、九尾がまとう邪気を折符の中に取り込むイメージに意識を集中する。その間にも、喬は守護の折符を打ち振り、岡丸の攻撃をギリギリで凌いでいた。
バチッ! バチッ!
という音が繰り返し紬の耳朶を打つ。
(お願い……! 作動して……!)
紬が必死に心の中で祈ったその時だった。不意に周囲の黒い霧が彼女の手の上の折符に吸い込まれたかと思うと、邪気の発生源である岡丸の頭と、収束点である折符の間にひときわ濃い霧の帯ができる。喬は拳を振り上げて叫んだ。
「いいぞ! あとはあんたの術でその折符を浄化するだけだ!」
「はいっ!」
紬は叫び返し、右手に乗せた折符の上に左手に持った霊符を重ねて、腹の底から「せーっ!」と鋭い気合いを発する。
「させません!」
捨道が妨害しようとこちらに石の破片を投げつけてくるのが見えたが、紬の術の発動の方がわずかに早い。折符はたちまち幻の黄色い炎に包まれ、黒い霧の帯を導火線のように伝わり――。岡丸の手前で闇に呑まれて消えた。
「えっ!?」
紬は驚きの声を上げる。おまけに、次の瞬間、無数の礫に襲われた紬は、ひるんだ拍子に、その手から折符と霊符を取り落としてしまった。
「な……。う、嘘だろ……。あの折符は完璧に作動していたはず……。それなのに、九尾を浄化するには、まだなにかが足りなかったっていうのか……!?」
喬の絶望的な叫びを聞きながら、紬は慌てて地面にはいつくばり、落とした呪具を探す。捨道の笑い声が徐々に大きくなり、辺りに響き渡った。
「くっくくく……。あーはっはっはっは! なーんだ。驚かせないでくださいよ! いやあ、うまくいきそうだったのに、残念でしたねえ! 最後のあがきが無駄に終わって、どんなお気持ちですか!?」
紬は狐の折符を拾い上げ、それが無事であることを確かめる。しかし、霊符は遠くに飛ばされてしまったのか、目が届く範囲内に見つけることはできなかった。
「くそっ! ダメだ! あんただけでも逃げろ!」
喬はいよいよ岡丸の猛攻を防ぎ切れなくなってきたようで、息を切らしながら声を張り上げる。
「そんな! 狐坂さんを見捨てることはできません!」
紬はそう言って立ち上がろうとしたが、不意に膝からガクンと力が抜けてその場に崩れ落ちてしまい愕然とした。捨道の高笑いがますます大きくなる。
「あはははははっ! ついにあなたにも呪いの影響が出てきたようですね! 体が動かなくなってきたら気を失うのは時間の問題です。己の無力さに打ちひしがれなさい!」
「う……」
紬は岡丸の攻撃を受けた左腕から全身に、少しずつ痺れが広がっていくのを感じる。目がかすみ、音が遠くなり、自分の体がどこにあるのかすら分からなくなっていく。
そんな夢とうつつの狭間で、紬はふと亡き伯母の声を聞いたような気がした。
『紬ちゃん、しっかり! 私の力を貸してあげるから、もう少し頑張って!!』
懐かしい……。紬は胸に小さな温もりが灯るのを感じる。そのぬくもりは心臓から手足の末端までじんわりと広がり、紬は一気に感覚を取り戻した。
「し、詩織伯母さん!?」
覚醒した紬は周囲を見回して、今の声が幻聴だったことを悟る。が、同時に彼女は、自分の胸ポケットが眩い金色の燐光を放っていることに気がつき、驚きの表情を浮かべた。
(これは……伯母さんにもらった御守り!?)
捨道は動揺を隠せない様子でこちらを指さして声を震わせる。
「な、なんなんですか! その光は!? まさか、それが呪いの効果を弱めたというのですか!?」
紬は右手に狐の折符をのせたまま、左手で胸ポケットから御守りを引っ張り出すと、それを拳に握りしめてすっくと立ちあがった。
「そうみたいですね。これは私が伯母から引き継いだ、最高傑作の霊符だったようです」
紬は彼女が一族の中でも特に霊符の製作を得意としていたことを思い出して言う。
(ありがとう! 詩織伯母さん!)
紬は心の中で感謝の言葉を述べると、御守りを折符に重ねて再び全身全霊で術を発動した。
「せえええいっ!!」
今度はさっきとは比べ物にならないほどの勢いで黄金の炎が噴き出し、黒い霧を伝って燃え広がりながら岡丸に迫る。そしてついに霧の帯を渡り切った幻の炎は、九尾の巨体を瞬く間に包み込み、轟轟とすごい勢いで邪気を燃やしはじめた。
「…………!」
紬はハッとして手元の瓶に目を落とした。そうか。狐坂さんは私を信用して、長年の努力の結晶を託してくれたのだ。そのことに気づいた紬は、責任の重大さを実感して瓶を握りしめる。
「分かりました! 全力を尽くします!」
紬は大声で答えると、さっそく瓶の蓋を開け、中から狐の折符を手の上に取り出した。
(邪気を肩代わりするってことは、きっとこれも形代の一種だよね!)
そう判断した紬は真剣な表情で折符を岡丸に向かって掲げ、九尾がまとう邪気を折符の中に取り込むイメージに意識を集中する。その間にも、喬は守護の折符を打ち振り、岡丸の攻撃をギリギリで凌いでいた。
バチッ! バチッ!
という音が繰り返し紬の耳朶を打つ。
(お願い……! 作動して……!)
紬が必死に心の中で祈ったその時だった。不意に周囲の黒い霧が彼女の手の上の折符に吸い込まれたかと思うと、邪気の発生源である岡丸の頭と、収束点である折符の間にひときわ濃い霧の帯ができる。喬は拳を振り上げて叫んだ。
「いいぞ! あとはあんたの術でその折符を浄化するだけだ!」
「はいっ!」
紬は叫び返し、右手に乗せた折符の上に左手に持った霊符を重ねて、腹の底から「せーっ!」と鋭い気合いを発する。
「させません!」
捨道が妨害しようとこちらに石の破片を投げつけてくるのが見えたが、紬の術の発動の方がわずかに早い。折符はたちまち幻の黄色い炎に包まれ、黒い霧の帯を導火線のように伝わり――。岡丸の手前で闇に呑まれて消えた。
「えっ!?」
紬は驚きの声を上げる。おまけに、次の瞬間、無数の礫に襲われた紬は、ひるんだ拍子に、その手から折符と霊符を取り落としてしまった。
「な……。う、嘘だろ……。あの折符は完璧に作動していたはず……。それなのに、九尾を浄化するには、まだなにかが足りなかったっていうのか……!?」
喬の絶望的な叫びを聞きながら、紬は慌てて地面にはいつくばり、落とした呪具を探す。捨道の笑い声が徐々に大きくなり、辺りに響き渡った。
「くっくくく……。あーはっはっはっは! なーんだ。驚かせないでくださいよ! いやあ、うまくいきそうだったのに、残念でしたねえ! 最後のあがきが無駄に終わって、どんなお気持ちですか!?」
紬は狐の折符を拾い上げ、それが無事であることを確かめる。しかし、霊符は遠くに飛ばされてしまったのか、目が届く範囲内に見つけることはできなかった。
「くそっ! ダメだ! あんただけでも逃げろ!」
喬はいよいよ岡丸の猛攻を防ぎ切れなくなってきたようで、息を切らしながら声を張り上げる。
「そんな! 狐坂さんを見捨てることはできません!」
紬はそう言って立ち上がろうとしたが、不意に膝からガクンと力が抜けてその場に崩れ落ちてしまい愕然とした。捨道の高笑いがますます大きくなる。
「あはははははっ! ついにあなたにも呪いの影響が出てきたようですね! 体が動かなくなってきたら気を失うのは時間の問題です。己の無力さに打ちひしがれなさい!」
「う……」
紬は岡丸の攻撃を受けた左腕から全身に、少しずつ痺れが広がっていくのを感じる。目がかすみ、音が遠くなり、自分の体がどこにあるのかすら分からなくなっていく。
そんな夢とうつつの狭間で、紬はふと亡き伯母の声を聞いたような気がした。
『紬ちゃん、しっかり! 私の力を貸してあげるから、もう少し頑張って!!』
懐かしい……。紬は胸に小さな温もりが灯るのを感じる。そのぬくもりは心臓から手足の末端までじんわりと広がり、紬は一気に感覚を取り戻した。
「し、詩織伯母さん!?」
覚醒した紬は周囲を見回して、今の声が幻聴だったことを悟る。が、同時に彼女は、自分の胸ポケットが眩い金色の燐光を放っていることに気がつき、驚きの表情を浮かべた。
(これは……伯母さんにもらった御守り!?)
捨道は動揺を隠せない様子でこちらを指さして声を震わせる。
「な、なんなんですか! その光は!? まさか、それが呪いの効果を弱めたというのですか!?」
紬は右手に狐の折符をのせたまま、左手で胸ポケットから御守りを引っ張り出すと、それを拳に握りしめてすっくと立ちあがった。
「そうみたいですね。これは私が伯母から引き継いだ、最高傑作の霊符だったようです」
紬は彼女が一族の中でも特に霊符の製作を得意としていたことを思い出して言う。
(ありがとう! 詩織伯母さん!)
紬は心の中で感謝の言葉を述べると、御守りを折符に重ねて再び全身全霊で術を発動した。
「せえええいっ!!」
今度はさっきとは比べ物にならないほどの勢いで黄金の炎が噴き出し、黒い霧を伝って燃え広がりながら岡丸に迫る。そしてついに霧の帯を渡り切った幻の炎は、九尾の巨体を瞬く間に包み込み、轟轟とすごい勢いで邪気を燃やしはじめた。
0
あなたにおすすめの小説
白苑後宮の薬膳女官
絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。
ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。
薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。
静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。
後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる
gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く
☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。
そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。
心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。
峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。
仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。
幻獣保護センター廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」をこっそり洗ってモフっていたら、実は世界を喰らう「終焉の獣」だった件について
いぬがみとうま🐾
ファンタジー
「魔力なしの穀潰し」――そう蔑まれ、幻獣保護センターの地下で廃棄幻獣の掃除に明け暮れる少女・ミヤコ。
実のところ、その施設は「価値のない命」を無慈悲に殺処分する地獄だった。
ある日、ミヤコの前に運ばれてきたのは、泥と油にまみれた「ボロ雑巾」のような正体不明の幻獣。
誰の目にもゴミとしか映らないその塊を、ミヤコは放っておけなかった。
「こんなに汚れたままなんて、かわいそう」
彼女が生活魔法を込めたブラシで丹念に汚れを落とした瞬間、世界を縛る最凶の封印が汚れと一緒に「流されてしまう。
現れたのは、月光を纏ったような美しい銀狼。
それは世界を喰らうと恐れられる伝説の災厄級幻獣『フェンリル・ヴォイド』だった……。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
月華後宮伝
織部ソマリ
キャラ文芸
★10/30よりコミカライズが始まりました!どうぞよろしくお願いします!
◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――?
◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます!
◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる