京都もふもふ、けもののけ 〜ひきこもり陰陽師は動物妖怪専門です〜

ススキ荻経

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第九章

犬神の怪 後編 4

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 美鵺子はそこで言葉を切り、何かを問いかけるような目で恭を見つめた。

 その瞳を見返して、恭はハッと気がつく。

 そうか。美鵺子は俺が一人前の転狐になれるように、ずっとサポートしてくれていたのか。――俺が現世に適応できるように。異界に帰ってしまわないように……。

 恭はふっと口元を緩め、そして、静かに両手を前に差し出した。

「大丈夫。俺はこれからも、この世界で美鵺子たちと一緒に生きていくことに決めた。俺はもう一人前の転狐だ」

「ほんと?」

 美鵺子の目が潤む。慌てて顔を逸らしてから、照れたように笑って恭に向き直った。妖刀をうやうやしく持ち上げ、恭の手の上に載せる。

「ありがとう。現世を選んでくれて。……おかえり」

 刹那、ぱっ――と、妖刀が眩い光を放った。

「おおっ!?」

 与一が驚いて片手で目を覆う。恭は思わず瞼を閉じてから、おそるおそる目を開いて自分の手の中を見た。

 息を呑んだ。なんと、そこには研いだばかりのような美しい輝きを放つ妖刀の姿があったのである。

「刀が……生まれ変わった……」

 与一が信じられないという表情で呟いた。恭は実体のない妖刀の柄を握り、ふわりと刃を天に掲げる。

「刀も恭を転狐やと認めてくれたみたいやね」

 美鵺子が微笑んだ。

 ――が、ちょうどその時である。

 突然道の方からいくつもの悲鳴が上がり、恭たちは何事かと辺りを見回した。

「しまった! もう日没だ! 犬神が来るぞ!」

 与一が顔色を変えて叫ぶ。恭は妖刀を手に、慌ててお塚から飛び出した。

 ほの暗い坂の下から観光客をなぎ倒さんばかりの勢いで駆けあがってくるどす黒い影を見て、恭は目を疑った。

 何ということだ……。大きさが昨夜の犬神とは桁違いである。

 その体躯は中型トラック並。真っ赤に燃える目はバスケットボールのよう……。

『おのれ小僧! お前だけは何としてもここで始末する!!』

 犬神が捨道の声で吠えた。

 凄まじい怨念の圧で、恭の全身がビリビリと震える。
 
 恭は三尾の狐がお塚の奥に逃げ込むのを視界の端に捉えた。

 そうか。俺も中身が妖狐だということは、犬神は天敵なのか。――だが、この妖刀を手にした今、犬神にとっても俺が脅威であることに変わりはない。だからこそ、捨道は全ての犬神をここに集結させて、俺を討とうとしているのだろう。

 互いに相手の弱点を握り合った今、戦えばどちらか片方しか生き残ることはできない。これは俺の命を懸けた決闘になる――。

 そう覚悟した瞬間、妖刀から熱いものが体に流れ込み、彼の中からすっと恐怖が消えた。恭は妖刀を上段に構えて裂帛れっぱくの気合いを発する。

 犬神が後足で地面を蹴り、恭めがけて飛びかかった。
 
 しかし次の瞬間、驚くべきことが起こった。

 犬神の四方八方から純白の稲荷狐が飛び出し、黒い巨体に噛みついたのである。その中には三尾みおの姿もあった。

 犬神は予想外の急襲に空中でバランスを崩し、無防備な体勢で恭の目の前に落ちてくる――。

「イヤアアアアッ!!」

 妖刀が閃いた。

 犬神が地面に着地した時、その体は見事に両断されていた。稲荷狐たちはあっという間に散り散りになって姿を消す。

『やっと……わしの時代が来たと思うたのによ……』

 犬神は悔しそうに呻き、溶けるように夜の闇に霧散した。

 恭が腕を下ろし、妖刀はふっと姿を消す。

「やった……」

 美鵺子がふらふらとした足取りで恭に歩み寄り、その背中にしがみついた。
 
「全く……。お前って奴は……」

 与一は青ざめた顔で鳥居の陰から這い出てくる。どうやら、こちらはずっと隠れていたらしい。
 
 観光客たちはいつの間にか皆どこかに逃げてしまって、その場にいるのは三人だけになっていた。

「とりあえず、これで一件……落着……かな?」

 恭はかすれた声で呟く。しかし、言い終えた途端、恭は糸が切れたかのように地面の上に崩れ落ちてしまった。

「恭!? 大丈夫!?」

 美鵺子が慌てて恭の顔をのぞき込み、与一は急いで恭のもとに駆け寄る。

「いや……ごめん。気が抜けたら、急にダメージがきやがった……。悪いけど、助け起こしてもらってもいい……?」
 
 恭は二人を見返して、申し訳なさそうに、へらっと情けない笑みを浮かべたのであった。
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