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第一章
狐坂の怪 5
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後ろ向きな恭の態度に、与一はやれやれという表情になった。
「まーたそんなこと言って。他に安定してお金を稼ぐ方法もないんだろ?」
「……うぐ」
痛いところをつかれて恭の顔色が変わる。与一が畳みかけた。
「それにほら、いつまでもその調子じゃあ、また美鵺子ちゃんに心配をかけることになるぜ?」
「ばっ! あいつは関係ねーだろ! 向こうが勝手に世話を焼いてきてるだけなんだから!」
「ほうほう。こいつは効果てきめんだ」
与一はにやつく口元をわざとらしく手で隠して見せた。恭は不愉快そうに頬杖をつき、窓の外に視線を移す。
「……でも、確かに無職のままでいる訳にはいかないのは事実だ」
「だろ?」
与一は「それ見たことか」と言わんばかりの口調である。
「だけど、『動物妖怪専門』なんて都合のいい条件が本当に通るのか? 厄介な怨霊退治に巻き込まれるのは俺はごめんだぜ?」
「そんなに心配なら、組合との直接の交渉は俺が代わってやるよ。依頼の受注、報酬の受け取りとかは全部俺に任せてくれればいい。もちろん手数料は払ってもらうけどな」
「ちぇっ。ちゃっかりしてんなあ、お前は」
恭は嘆息した。与一が相手では怒る気も起きない。
「じゃあ、協力体制を敷くっていうことでいいな?」
「ああ……」
恭は不承不承首を縦に振った。
「決まりだな! よーし、面白くなってきたぜ!」
「おい、面白がるなよ。言っとくけど、お前が変な依頼を引き受けてきたら、その時点でコンビ解消だからな?」
「分かってる分かってる!」
本当に分かってんのか、こいつは。
恭の疑いの目にも構わず、与一はポケットから携帯端末を取り出して意気揚々と操作し始めた。
「……はい、送信っと。恭宛に陰陽師組合の入会案内を送っておいたぜ。入会届のフォーマットに必要事項を記入してメール添付で組合のアドレスに送るんだ」
「ふーん。ずいぶん近代的なんだな」
恭は自分の携帯端末に目を落とす。
「そりゃあ、今の時代にいちいち儀式めいたことはやってられないからな。でも、その代わり、師匠からの紹介が必要なんだよ」
「は? 師匠って、どの師匠?」
「どのって、お前の陰陽師の先生に決まってるじゃんか」
それを聞いた途端、恭の顔から表情が消えた。
「……そうか。じゃあ、この話はなかったことにしよう」
「いや、なんでだよ!」
与一はぴしゃりと自分の額を平手で打つ。
「なんでって、お前も俺の師匠が面倒くさいのは知ってるだろ?」
「いやまあ……確かに傍目から見てて大変そうだとは思うけどさ。でも、そこはもう少し頑張ろうぜ? 別に悪い人っていう訳じゃないんだし、何もそんなに避けなくったって……」
「悪い人じゃないから余計ややこしいんだよ」
「うーん。それもそうか……」
与一は困り顔になり、手元の携帯端末に目を落とした。
「それじゃあしょうがない……。今すぐ美鵺子ちゃんに『恭がバイト辞めて金欠で大変だ』ってメールしないと……」
「あっ! おい! 馬鹿! よせっ!」
恭は慌てて運転席の方に手を伸ばしたが、与一は悪戯っぽい笑みを浮かべて携帯端末を恭から遠ざける。
「いいじゃんか。遅かれ早かれ美鵺子ちゃんにこのことはばれるだろ?」
「ば、ばれる前に次の仕事を探すさ!」
「ほーん? 次のバイトは一か月持つかね?」
「うぐ……。な、何とか二か月は続けてやる!」
「二か月かよ」
与一が呆れ声を漏らすと、折しも恭の手の中の携帯端末の画面が光り、二人の視線はそちらに吸い寄せられた。そこには一件のメッセージ受信の通知が表示されている。
『美鵺子:おはようー。今日の午後時間ある?』
「げっ。噂をすればなんとやら……」
「なになに? 美鵺子ちゃんから? デートのお誘い?」
「馬鹿、ちげーよ!」
恭は興味津々で身を乗り出してくる与一を携帯端末を持っていない方の手で押し返した。
「えー? じゃあ、何の用だったの?」
「知らん。どうせまた『脱ひきこもり作戦』と称して、俺を外に連れ出すつもりだろ」
「えっ? 二人でお出かけ? それを一般的にデートと言うのでは……?」
「そんなんじゃねーよ。お前は幼馴染ってやつに幻想を抱きすぎだ」
恭はうんざりした様子で携帯端末をポケットに仕舞った。
「あっ! 返事してあげなよ!」
「分かってる。後でするよ」
「後でって……。まさかお前、今日の夜まで気づかなかった振りをして、未読スルーするつもりじゃないだろうな!?」
「へっ!? いや……」
恭は分かりやすくぎくりとした表情になった。
「やっぱりか! なんて奴だ! 幼馴染を泣かせるなんて許さないぞ!」
与一はこぶしを振り上げて、恭をポカポカと殴りつけ始める。
「や、やめろ! こんなことじゃあいつは泣かねえよ! それにバイト辞めたことは美鵺子にまだ知られたくねーんだ!」
「くそっ! 馬鹿野郎! 羨ましい!」
「羨ましいって何だよ!」
「美鵺子ちゃんに告げ口してやる!」
「おい! それだけはやめろ!」
恭は与一のこぶしを抑え込み、乱れた呼吸を整えて言った。
「はあ、はあ。分かった。それじゃあ、今日の午後は美鵺子に会うことにする。午前中に師匠のところに行って、陰陽師組合への登録を済ませてからだ」
「えっ!? 組合に登録してくれるのか?」
「ああ」
恭は大きくため息をついて言った。
「流石にこのままじゃ美鵺子に顔向けできないからな。覚悟を決めることにするよ」
「おおっ! 恭がついにやる気に……!」
「ただし」
恭は与一の言葉を遮るように人差し指を立てた。
「このことを師匠が認めてくれたらの話だけれどな……」
「まーたそんなこと言って。他に安定してお金を稼ぐ方法もないんだろ?」
「……うぐ」
痛いところをつかれて恭の顔色が変わる。与一が畳みかけた。
「それにほら、いつまでもその調子じゃあ、また美鵺子ちゃんに心配をかけることになるぜ?」
「ばっ! あいつは関係ねーだろ! 向こうが勝手に世話を焼いてきてるだけなんだから!」
「ほうほう。こいつは効果てきめんだ」
与一はにやつく口元をわざとらしく手で隠して見せた。恭は不愉快そうに頬杖をつき、窓の外に視線を移す。
「……でも、確かに無職のままでいる訳にはいかないのは事実だ」
「だろ?」
与一は「それ見たことか」と言わんばかりの口調である。
「だけど、『動物妖怪専門』なんて都合のいい条件が本当に通るのか? 厄介な怨霊退治に巻き込まれるのは俺はごめんだぜ?」
「そんなに心配なら、組合との直接の交渉は俺が代わってやるよ。依頼の受注、報酬の受け取りとかは全部俺に任せてくれればいい。もちろん手数料は払ってもらうけどな」
「ちぇっ。ちゃっかりしてんなあ、お前は」
恭は嘆息した。与一が相手では怒る気も起きない。
「じゃあ、協力体制を敷くっていうことでいいな?」
「ああ……」
恭は不承不承首を縦に振った。
「決まりだな! よーし、面白くなってきたぜ!」
「おい、面白がるなよ。言っとくけど、お前が変な依頼を引き受けてきたら、その時点でコンビ解消だからな?」
「分かってる分かってる!」
本当に分かってんのか、こいつは。
恭の疑いの目にも構わず、与一はポケットから携帯端末を取り出して意気揚々と操作し始めた。
「……はい、送信っと。恭宛に陰陽師組合の入会案内を送っておいたぜ。入会届のフォーマットに必要事項を記入してメール添付で組合のアドレスに送るんだ」
「ふーん。ずいぶん近代的なんだな」
恭は自分の携帯端末に目を落とす。
「そりゃあ、今の時代にいちいち儀式めいたことはやってられないからな。でも、その代わり、師匠からの紹介が必要なんだよ」
「は? 師匠って、どの師匠?」
「どのって、お前の陰陽師の先生に決まってるじゃんか」
それを聞いた途端、恭の顔から表情が消えた。
「……そうか。じゃあ、この話はなかったことにしよう」
「いや、なんでだよ!」
与一はぴしゃりと自分の額を平手で打つ。
「なんでって、お前も俺の師匠が面倒くさいのは知ってるだろ?」
「いやまあ……確かに傍目から見てて大変そうだとは思うけどさ。でも、そこはもう少し頑張ろうぜ? 別に悪い人っていう訳じゃないんだし、何もそんなに避けなくったって……」
「悪い人じゃないから余計ややこしいんだよ」
「うーん。それもそうか……」
与一は困り顔になり、手元の携帯端末に目を落とした。
「それじゃあしょうがない……。今すぐ美鵺子ちゃんに『恭がバイト辞めて金欠で大変だ』ってメールしないと……」
「あっ! おい! 馬鹿! よせっ!」
恭は慌てて運転席の方に手を伸ばしたが、与一は悪戯っぽい笑みを浮かべて携帯端末を恭から遠ざける。
「いいじゃんか。遅かれ早かれ美鵺子ちゃんにこのことはばれるだろ?」
「ば、ばれる前に次の仕事を探すさ!」
「ほーん? 次のバイトは一か月持つかね?」
「うぐ……。な、何とか二か月は続けてやる!」
「二か月かよ」
与一が呆れ声を漏らすと、折しも恭の手の中の携帯端末の画面が光り、二人の視線はそちらに吸い寄せられた。そこには一件のメッセージ受信の通知が表示されている。
『美鵺子:おはようー。今日の午後時間ある?』
「げっ。噂をすればなんとやら……」
「なになに? 美鵺子ちゃんから? デートのお誘い?」
「馬鹿、ちげーよ!」
恭は興味津々で身を乗り出してくる与一を携帯端末を持っていない方の手で押し返した。
「えー? じゃあ、何の用だったの?」
「知らん。どうせまた『脱ひきこもり作戦』と称して、俺を外に連れ出すつもりだろ」
「えっ? 二人でお出かけ? それを一般的にデートと言うのでは……?」
「そんなんじゃねーよ。お前は幼馴染ってやつに幻想を抱きすぎだ」
恭はうんざりした様子で携帯端末をポケットに仕舞った。
「あっ! 返事してあげなよ!」
「分かってる。後でするよ」
「後でって……。まさかお前、今日の夜まで気づかなかった振りをして、未読スルーするつもりじゃないだろうな!?」
「へっ!? いや……」
恭は分かりやすくぎくりとした表情になった。
「やっぱりか! なんて奴だ! 幼馴染を泣かせるなんて許さないぞ!」
与一はこぶしを振り上げて、恭をポカポカと殴りつけ始める。
「や、やめろ! こんなことじゃあいつは泣かねえよ! それにバイト辞めたことは美鵺子にまだ知られたくねーんだ!」
「くそっ! 馬鹿野郎! 羨ましい!」
「羨ましいって何だよ!」
「美鵺子ちゃんに告げ口してやる!」
「おい! それだけはやめろ!」
恭は与一のこぶしを抑え込み、乱れた呼吸を整えて言った。
「はあ、はあ。分かった。それじゃあ、今日の午後は美鵺子に会うことにする。午前中に師匠のところに行って、陰陽師組合への登録を済ませてからだ」
「えっ!? 組合に登録してくれるのか?」
「ああ」
恭は大きくため息をついて言った。
「流石にこのままじゃ美鵺子に顔向けできないからな。覚悟を決めることにするよ」
「おおっ! 恭がついにやる気に……!」
「ただし」
恭は与一の言葉を遮るように人差し指を立てた。
「このことを師匠が認めてくれたらの話だけれどな……」
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