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プロローグ
安アパートの陰陽師 2
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小鬼の骨ばった腕と格闘している与一をしり目に、恭は団子を一本取り出して食べ始める。
「ところで恭、お前、今日も外に出なかったんじゃないのか? 一体何があったんだ?」
唐突に問われ、恭は団子を喉に詰まらせそうになった。
「なんだよ。お前には関係ないだろ?」
「なんでだよ。俺たち友達だろ? 困ってることがあるなら相談してくれよ」
「あのな、俺は放っておいてほしいから引きこもってるんだよ」
「そういうのが駄目なんだって! 話したら楽になるから! ほら!」
あーもう。やっぱりこいつには話が通じねえ!
恭は頭を抱えた。与一は本気の親切心でお節介を焼いてくるからタチが悪いのだ。正直ありがた迷惑もいいところだが、こいつの好意を無下にするのも心苦しい。
恭は観念して重い口を開いた。
「実は俺……バイトやめたんだ……」
「えーっ! マジで!?」
失礼なほど正直に驚く与一。しかし、恭に一睨みされると、「あ、わりい」と言って首をすくめた。
「でも、なんで? お前、接客なしのキッチンスタッフだっただろ? いくらヘタレのお前でも、今度こそは大丈夫だと思ったのに!」
「新しく入ってきた上司の性格が最悪だったんだよ」
「あー、なるほどね。そりゃきついな……」
与一は同情に満ちた表情になった。
「でもさ、職場に気に食わない奴は一人くらいいるもんだろ? ちょっとは我慢しないとやっていけないぜ?」
「……それができれば苦労はしないんだよ」
恭は力なく首を横に振る。与一はやれやれと天井を仰ぎ見て呟いた。
「そうか、『霊能のパラドックス』ってやつか……」
「霊能のパラドックス」――これは近年、陰陽道が心理学を取り入れて生まれた新しい概念だった。
基本的に陰陽師は霊能力が高いほど、強力な式神を使役することができる。しかし一方で、霊能力が高い人間は感受性が強くなりすぎ、メンタルが脆弱になってしまう傾向があるのだ。それが原因で社会生活に支障が出る場合も少なくない。
「陰と陽、物事の両面を引き受けてこその陰陽師だとはいえ、現代は俺にとっちゃストレスが多くて生きづらい世の中だよ」
恭は肩を落として言った。
「まあ、確かに俺たちみたいな特異体質はなかなか社会から理解を得られないからなあ。おまけに妖怪祓いの依頼が年々少なくなっているせいで、専業陰陽師だと食べていけない時代だし。……おっと、そうだ、忘れてた」
「ん? どうした?」
おもむろに与一がポケットから携帯端末を取り出したので、恭は首を伸ばして画面をのぞき込んだ。
「ほら、これ。『京都陰陽師組合』から久しぶりに依頼が回ってきてたんだよ。報酬が高い仕事だから教えてやろうと思ってさ」
与一が掲げた携帯端末には、一見アルバイトの求人のような文面が表示されている。しかし恭は不服そうに眉根を寄せて、ぷいとそっぽを向いてしまった。
「ちぇっ。一体何を企んでいるのかと思ったら、そんなことかよ。これでもし俺がやる気になったら、一緒について来ようっていう魂胆なんだろ?」
「あはは。一人じゃ心もとなくてね」
与一は悪びれることもなく笑い声を上げる。恭は大きなため息を漏らした。
「俺はやんねーぞ。妖怪祓いは心身に負担がかかりすぎるんだよ。前に怨霊を調伏した時も、その後一週間は寝込むことになったからな。悪いが俺に協力を期待されても――」
「二十万!」
「え?」
恭が耳を疑って振り向くと、与一はにやにやしながら指を二本立てていた。
「ふっふっふ。喰いついたな。一人十万ずつだ。悪くないだろ?」
「は!? い、いや、待て! 何でそんなに報酬がいいんだ? 騙されてるんじゃないのか?」
「大丈夫。これは自治体からの公式な依頼だ。いいから中身を確認してみろって」
恭は鼻先に突き出された携帯端末を受け取り、業務内容の文章を読み上げた。
「『松ヶ崎の狐坂に怪異あり。交通事故を未然に防ぐため、妖怪祓いを要請する』――か。なるほど……」
「さて、どうする? ぐずぐずしてると他の陰陽師に先を越されるぜ?」
「む……う」
恭は口元に手を当てて唸った。
確かにこれはまたとないチャンスだ。次のアルバイトが決まるまでしばらく安定した収入は見込めないが、ここで一稼ぎしておけば当面の生活は心配しなくて済む。
妖怪祓いの反動で数日動けなくなっても、それに勝るくらい報酬は魅力的だ。――もっとも、与一にいいように利用されるのは癪だが。
「はあ。分かったよ……。その話、のってやる」
恭はうなだれて力なく言った。
「そうこなくっちゃ! それじゃあ、明日の深夜三時に車で迎えに来るぜ!」
「へいへい」
こうして、今宵、二人の若き陰陽師の即席チームが結成されたのである。
「ところで恭、お前、今日も外に出なかったんじゃないのか? 一体何があったんだ?」
唐突に問われ、恭は団子を喉に詰まらせそうになった。
「なんだよ。お前には関係ないだろ?」
「なんでだよ。俺たち友達だろ? 困ってることがあるなら相談してくれよ」
「あのな、俺は放っておいてほしいから引きこもってるんだよ」
「そういうのが駄目なんだって! 話したら楽になるから! ほら!」
あーもう。やっぱりこいつには話が通じねえ!
恭は頭を抱えた。与一は本気の親切心でお節介を焼いてくるからタチが悪いのだ。正直ありがた迷惑もいいところだが、こいつの好意を無下にするのも心苦しい。
恭は観念して重い口を開いた。
「実は俺……バイトやめたんだ……」
「えーっ! マジで!?」
失礼なほど正直に驚く与一。しかし、恭に一睨みされると、「あ、わりい」と言って首をすくめた。
「でも、なんで? お前、接客なしのキッチンスタッフだっただろ? いくらヘタレのお前でも、今度こそは大丈夫だと思ったのに!」
「新しく入ってきた上司の性格が最悪だったんだよ」
「あー、なるほどね。そりゃきついな……」
与一は同情に満ちた表情になった。
「でもさ、職場に気に食わない奴は一人くらいいるもんだろ? ちょっとは我慢しないとやっていけないぜ?」
「……それができれば苦労はしないんだよ」
恭は力なく首を横に振る。与一はやれやれと天井を仰ぎ見て呟いた。
「そうか、『霊能のパラドックス』ってやつか……」
「霊能のパラドックス」――これは近年、陰陽道が心理学を取り入れて生まれた新しい概念だった。
基本的に陰陽師は霊能力が高いほど、強力な式神を使役することができる。しかし一方で、霊能力が高い人間は感受性が強くなりすぎ、メンタルが脆弱になってしまう傾向があるのだ。それが原因で社会生活に支障が出る場合も少なくない。
「陰と陽、物事の両面を引き受けてこその陰陽師だとはいえ、現代は俺にとっちゃストレスが多くて生きづらい世の中だよ」
恭は肩を落として言った。
「まあ、確かに俺たちみたいな特異体質はなかなか社会から理解を得られないからなあ。おまけに妖怪祓いの依頼が年々少なくなっているせいで、専業陰陽師だと食べていけない時代だし。……おっと、そうだ、忘れてた」
「ん? どうした?」
おもむろに与一がポケットから携帯端末を取り出したので、恭は首を伸ばして画面をのぞき込んだ。
「ほら、これ。『京都陰陽師組合』から久しぶりに依頼が回ってきてたんだよ。報酬が高い仕事だから教えてやろうと思ってさ」
与一が掲げた携帯端末には、一見アルバイトの求人のような文面が表示されている。しかし恭は不服そうに眉根を寄せて、ぷいとそっぽを向いてしまった。
「ちぇっ。一体何を企んでいるのかと思ったら、そんなことかよ。これでもし俺がやる気になったら、一緒について来ようっていう魂胆なんだろ?」
「あはは。一人じゃ心もとなくてね」
与一は悪びれることもなく笑い声を上げる。恭は大きなため息を漏らした。
「俺はやんねーぞ。妖怪祓いは心身に負担がかかりすぎるんだよ。前に怨霊を調伏した時も、その後一週間は寝込むことになったからな。悪いが俺に協力を期待されても――」
「二十万!」
「え?」
恭が耳を疑って振り向くと、与一はにやにやしながら指を二本立てていた。
「ふっふっふ。喰いついたな。一人十万ずつだ。悪くないだろ?」
「は!? い、いや、待て! 何でそんなに報酬がいいんだ? 騙されてるんじゃないのか?」
「大丈夫。これは自治体からの公式な依頼だ。いいから中身を確認してみろって」
恭は鼻先に突き出された携帯端末を受け取り、業務内容の文章を読み上げた。
「『松ヶ崎の狐坂に怪異あり。交通事故を未然に防ぐため、妖怪祓いを要請する』――か。なるほど……」
「さて、どうする? ぐずぐずしてると他の陰陽師に先を越されるぜ?」
「む……う」
恭は口元に手を当てて唸った。
確かにこれはまたとないチャンスだ。次のアルバイトが決まるまでしばらく安定した収入は見込めないが、ここで一稼ぎしておけば当面の生活は心配しなくて済む。
妖怪祓いの反動で数日動けなくなっても、それに勝るくらい報酬は魅力的だ。――もっとも、与一にいいように利用されるのは癪だが。
「はあ。分かったよ……。その話、のってやる」
恭はうなだれて力なく言った。
「そうこなくっちゃ! それじゃあ、明日の深夜三時に車で迎えに来るぜ!」
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