上 下
46 / 70

三十九

しおりを挟む
 そうだ生地を作るのに水がいるし、焚き木の火もそうだったけど自分で出せるか試したかった。

 シルベスター君の言う通り、今日は疲れたからやめてたほうがいいわね。


 ーーだったらと。


「シルベスター君、このお鍋にお水をお願いしてもいい?」

「水? いいよ」

 魔法で水を出してもらい、ボールに小麦粉と水を適量混ぜて……あっ。
 何か足りないと思ったら卵とバターがない。生地をすくう、おたまもフライ返しも忘れたわ。

 自分では落ち着いていると思ったのだけど、けっこう焦っていたのね。

 でも、ないのならやり方はいくらでもあるわ。
 こうフライパンを振って、生地が中で動いたら手首を動かして。

「よっ」

「おおっ!」

「シルベスター君! 見て、上手くパンケーキの生地が引っくり返ったわ!」

「そうだね。でも、それ美味しいの? 味付けはした?」

 味付け? 小麦粉を水で溶いて焼いただけだわ。

 調味料も持ってきていない、唯一持ってきた塩を振る?


 ーーそうだわ、収納箱の中に入れたず。


「あった、これよ。この苺のジャムをかけて食べればいいのよ」

 収納箱の中身を見ていたら、横からシルベスター君が中を覗いた。
     
「あれっ、パンもあるよ。それも食べればよかったのに……って、あははっ、パン一切れしかないよ?」

「……あ、ほんとうだわ」

「まぁいいや、苺ジャムは僕は好きだから、パンケーキにたっぷりかけて食べる」

 パンケーキが焼けた後はお鍋に残った水を温めて、紅茶を入れたてお砂糖の代わりにジャムをスプーン一杯かき混ぜた。

「うーん、苺のジャムの甘みと紅茶が美味しい」

「君は……」

「ちゃんとシルベスター君の分もあるわよ、どうぞ」

「いただくけどさ。便利なアイテムボックス持ってるのに他の食べ物は持って来ず。紅茶セットはしっかり持ってきたんだね」

 ……ぎくっ。

「解毒草を見つけたら、すぐに戻るつもりだったから……」

「よく見ると動きそうな格好してるけど、軽装備だし、それで格好で山に登るのきだったの?」

「……そうよ山にこれで、の、登るわ!」

 シルベスター君たら、さっきから痛いところばかり突いてくるわね。

 でも、本当のことばかりで言い返せない。
 しっかり準備したつもりで実際はできていなかった。

 収納箱を確認したら調理道具は一通りあったのだけど、食べ物は小麦粉と塩、パンも一切れ。
 ワンピースはあったのだけど、替えの下着は下ばかり入っていた……わ。

 でもね。ボニートのご飯のにんじんは忘れなかったのよ。と、心の中で自分を褒めた。


「あはははっ、君のその顔は忘れ物多そうだ! ……まぁいいや、少し待ってて」


 それだけ言うと、シルベスター君は軽快に森をかけて行った。


 ♢


 灯り役のシルベスター君が居なくなって、焚き火の灯りだけになった。

 森は静かで話す相手も居らず、することがなくって、ぼーっとゆらゆらと揺れるオレンジ色の炎を眺めていた。

 どこかほっとする。

 そうか、焚き木の炎は心が安らぎ、リラックスすると聞いたことがあった。


『楽しいか?』
 
 えっ? ……うんうん、楽しいよ。
 2人で焚き木の番をしてると、お父さんはいつもそう聞いてきたね。並んで座ってその後は何気ない日常の話をしたわ。


 ……あのね、お父さん、お母さん。驚かせてしまうだろうけど、私はいま別世界にいるの。
 私はお嬢様で王子の婚約者だってがいるの……いま、大変だけど最後までやり切る絶対に。

 だから、見ていてね。


「うぉーい、ロレッテ!」

 と私の名前を呼んで近くの茂みがガサガサと揺れて、シルベスター君が顔を出した。

「戻ったよ」

「おかえりなさい」

 私の近くに座り鼻で何か操作する仕草をして、3センチくらいの薄ピンク色の実を3つ目の前に現した。

「デザート採ってきたよ、食べてみて」  

「いただきます」

 一つ取り手で拭き、その実をかじった。

 口に広がる甘み……これって、見た目と少し硬いけど味は桃だわ。

「美味しい、ありがとうシルベスター君」

「どういたしましてと言いたいけど。君、僕のこと信用しすぎじゃないかな?」

「えっ?」

「それ毒だったらどうするの?」

 毒?

 にやりと笑いながら物騒なことを言ったシルベスター君。

 ーー彼の言うことは本当だわ。

「……でもそれを言うのならシルベスター君もでしょう? 会ったばかりの私が作ったパンケーキを食べたわ」

 そう返すとあっと驚いた顔をした。

「そうだった、僕は君が使ったパンケーキしっかり食べてたや!」

「だから、この実は大丈夫なの。はい、ボニート、シルベスター君も一緒に食べましょう?」

 一つずつ実を手に取って2人の前に出した。

「君は……さっきもそうやって、自分のパンケーキを僕にくれたくせにお腹空いちゃうよ?」

「あら、平気よ。1人よりも私はみんなと食べたいですわ」

「ぷっ、ロレッテお嬢様わかりましたよーねぇ、ボニート」

 ヒヒィーーン。


 ♢


「美味しかった」

「どういたしまして……そうだ、寝る前に話を聞かせてあげる」

「話し?」

「そう、君は王子の婚約者だと言ったね。それでね思い出した昔話があるんだ。題名は『癇癪王子と癒しの姫』聞きたい?」

「癇癪王子と癒しの姫? えぇ、聞きたいわ」

 そうお願いすると、こほんと咳をして。

「わかった、ある国の王族は女神の思し召しか精霊の悪戯で大昔から魔力待ちで生まれてきました。そのことは口外無用。何故なら魔力待ちは狙われやすく、戦争の火種となるからです」

 私は何処かの国の昔話をする、シルベスター君の話に聞き入った。
しおりを挟む
感想 85

あなたにおすすめの小説

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?

112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。 目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。 助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。

ヤンデレ悪役令嬢の前世は喪女でした。反省して婚約者へのストーキングを止めたら何故か向こうから近寄ってきます。

砂礫レキ
恋愛
伯爵令嬢リコリスは嫌われていると知りながら婚約者であるルシウスに常日頃からしつこく付き纏っていた。 ある日我慢の限界が来たルシウスに突き飛ばされリコリスは後頭部を強打する。 その結果自分の前世が20代後半喪女の乙女ゲーマーだったことと、 この世界が女性向け恋愛ゲーム『花ざかりスクールライフ』に酷似していることに気づく。 顔がほぼ見えない長い髪、血走った赤い目と青紫の唇で婚約者に執着する黒衣の悪役令嬢。 前世の記憶が戻ったことで自らのストーカー行為を反省した彼女は婚約解消と不気味過ぎる外見のイメージチェンジを決心するが……?

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

【完結】婚約破棄された私は昔の約束と共に溺愛される

かずきりり
恋愛
学園の卒業パーティ。 傲慢で我儘と噂される私には、婚約者である王太子殿下からドレスが贈られることもなく、エスコートもない… そして会場では冤罪による婚約破棄を突きつけられる。 味方なんて誰も居ない… そんな中、私を助け出してくれたのは、帝国の皇帝陛下だった!? ***** HOTランキング入りありがとうございます ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

貧乏子爵令嬢ですが、愛人にならないなら家を潰すと脅されました。それは困る!

よーこ
恋愛
図書室での読書が大好きな子爵令嬢。 ところが最近、図書室で騒ぐ令嬢が現れた。 その令嬢の目的は一人の見目の良い伯爵令息で……。 短編です。

逆行転生した悪役令嬢だそうですけれど、反省なんてしてやりませんわ!

九重
恋愛
我儘で自分勝手な生き方をして処刑されたアマーリアは、時を遡り、幼い自分に逆行転生した。 しかし、彼女は、ここで反省できるような性格ではなかった。 アマーリアは、破滅を回避するために、自分を処刑した王子や聖女たちの方を変えてやろうと決意する。 これは、逆行転生した悪役令嬢が、まったく反省せずに、やりたい放題好き勝手に生きる物語。 ツイッターで先行して呟いています。

【完結】恋を失くした伯爵令息に、赤い糸を結んで

白雨 音
恋愛
伯爵令嬢のシュゼットは、舞踏会で初恋の人リアムと再会する。 ずっと会いたかった人…心躍らせるも、抱える秘密により、名乗り出る事は出来無かった。 程なくして、彼に美しい婚約者がいる事を知り、諦めようとするが… 思わぬ事に、彼の婚約者の座が転がり込んで来た。 喜ぶシュゼットとは反対に、彼の心は元婚約者にあった___  ※視点:シュゼットのみ一人称(表記の無いものはシュゼット視点です)   異世界、架空の国(※魔法要素はありません)《完結しました》

処理中です...