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まさかの事態

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私は濡れた髪を軽く絞り、少しでも早く乾くよう手を加えていると、頭の上にフワッと柔らかいタオルが落ちてきた。

「私の物ですが、良ければお使いください」

「……ありがとうございます」

目の前でニコニコと愛想良く笑っているジークが貸してくれたらしい。
どこから出したんだ?と思いながらも有難く使わせてもらう。

顔を拭きながらチラッとジークの方を見ると「ふっ」と柔らかい笑みが返ってきたので、思わず顔を背けてしまった。

(おかしい……)

原作のジークはイレーナにこんな風に優しくするような人ではなかったはず。
どちらかと言えば、忌み嫌っていた。

まあ、そんな笑みを向けられても私は好きにはならないし、婚約を迫ったりしないけど。

「──それで、この騒ぎはそこの侍女が貴方に飲み物を掛けた為に起きた事で間違いないですか?」

小説では分からなかったが、この男……顔もいいが、声もいい。

(天は二物を与えずって言葉は小説の中では無意味なのね)

しかし、今はそんな事はどうでもいい。
早くこの場から、ジークから逃げ出したい。

「えぇ。私の為に弟のラルフが激昂してくれましたが、見ての通り私は何とも思っていません。騒ぎを起こし騎士様にお手数おかけした事、お詫び致します。大変申し訳ありませんでした」

私がジークに頭を下げると、ジークは目を見開き驚いている。
イレーナが頭を下げている事に驚いているのだろう。
当然だ。クラウゼ伯爵家の悪行は有名なもの。

ジークは何かを考えた後「……分かりました」と一言。

「貴方の誠意は受け取りましょう。引き止めてしまい申し訳ありませんでした」

ようやく解放されると思いホッとし、馬車に乗り込もうとした時、再び声がかかった。

「──あぁ、そのお貸ししたタオルものは城まで届けてもらえますか?」

「は?」

私の手に持っているタオルを指さしながらジークが言ってきた。
いや、確かに借りた物は洗濯して返すのが礼儀だと思うが、城まで届けろと?
これでも一応貴族令嬢なんですが?

だから私は「使用人に届けさせます」と伝えた。
すると、思いもよらない言葉が返ってきた。

「おや?それをお使いになったのは貴方ですよね?本人が届けねば貸した相手に無礼なのでは?」

クスッと薄笑を浮かべながら言われた。
そこまで言われたらこっちだって黙ってはいられない。

「私は貸してなど言っておりません。そちらが勝手に渡してきた物でしょう?」

「しかし、お使いになったではありませんか?」

「──ぐっ」

ああ言えばこう言う。
ジークフリートとはこんな嫌味たらしい人間だっただろうか?
いや、ジークは誰にでも優しく紳士な的な男だと書かれていた……はず。
もしかして、小説の裏設定があったのか?

私が自問自答していると、ジークは「では、城でお待ちしております」と微笑みながら言うと、その場からいなくなってしまった。
私の手にはジークから借りたタオルがしっかりと握られていた。

(はぁぁ~。やられた……)


◇◇◇


三日後、私は城へと出向いた。
私の手の中には綺麗に畳まれたタオルもある。

(何故私はわざわざ敵地に乗り込んでいるのかしら……)

そう。城ということは第二王子とヒロインであるニーナもいるはず。
イレーナを嫉妬に狂わせた相手だ。
まあ、今のイレーナは嫉妬する相手がいないから安心なのだが、警戒するに越したことはない。

(さっさと渡して帰りましょう)

そう思っていたが、なんせ初めての登城。右も左も分からない。
すれ違う人に聞こうとするが、私と目も合わせてくれない。

(下手に目を合わせすと、何を要求されるか分からないものね)

今までのイレーナの所業を考えれば当然の結果だ。
仕方なく、自力でジークを探す事にしたのは良かったが……

(迷った……)

見事に迷子になった。
城の中はまるで迷路の様だった。
右に曲がれば同じ場所に出て、左に曲がれば行き止まり。
もう途方に暮れ、階段の踊り場にある大きな窓の縁に腰掛け休憩をしていた。

窓から外を見れば庭の真ん中に大きな噴水があった。
そこにいた仲睦まじく話をする男女に目がいった。

そして、気づいた。

(第二王子とヒロイン……?)

間違いない。あの髪色、あの容姿。間違いなくヒロインだ。

ピンクブロンドの髪に、愛くるしい笑顔。そして、誰に対しても平等で優しい心を持つヒロイン。
忌嫌われるイレーナとは正反対な人物。
皆に愛され愛する人。それがこの小説のヒロイン、ニーナなのだ。

あの笑顔にジークも惚れている……
そう思った時ズキッと胸が痛んだような気がした。

(ダメよ。ジークを好きになってはいけないの)

私がこの世に生き残るにはそれは必須条件。
ギュッと拳を握り、ジークに会うのは今日を最後にしよう。そう心に誓った。

「イレーナ嬢?」

「ひゃい!?」

急に声をかけられ、間抜けな声が出た。
声がした方を見ると、クスクスと腹を抱えて笑っているジークの姿があった。

「──失礼。何やら窓にくっ付いるご令嬢の姿が見えたもので」

未だに笑いが止まらないジークに私はムスッとしながら窓の縁から降り、ジークにタオルを突きつけた。

「これ、ありがとうございました」

「あぁ」と涙目になりながらも受け取ってくれた。
これで礼儀は済んだ。
となれば、こんな所長居は無用。ジークに一礼をし、すぐにこの場を立ち去ろうとした時……またジークに捕まった。

「……何です?」

「わざわざ届けて頂いたのに、お茶もお出しせずに帰す様な者は紳士とは言えませんよね?」

「いえ、結構です。それに、届けさせるように仕向けたのはそちらですが?」

そっちの方が紳士に反する行動だと思うのだけど……

私の嫌味にも「まあまあ」と気にせず私の手を引き、何処かへと向かった。

(勘弁して……)
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