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しおりを挟む「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
ある麗らかな昼下がり。この日は城の中庭で園遊会が開かれ、皆が彩り豊かな花や心地よい日和に和気あいあいと用意された茶や食事に舌鼓を打っていた。
そんな空気をぶち壊したのは、この国では知らない者がいない程の美貌と腕前を持った騎士、ユリウス・ヴァインガルトナー。もう一人は、容姿も肩書も人並み程度でこれと言った特技もなければ取柄もない、ティナ・シファー伯爵令嬢。
笑顔で見つめ合う二人だが、その穏やかな表情とは裏腹に、纏っている空気は殺伐としてして周りで見ている者を凍り付かせるほど。
「……申し訳ありません。よく聞き取れなかったので、もう一度よろしいですか?」
「あらあら、騎士様とあろうお方が聞き漏れですか?戦場では命取りですよ?」
「…………」
クスッと嘲笑うと、ユリウスの笑顔が一瞬引き攣った気がした。
「仕方ありません…耳の穴かっぽじってよく聞いてくださいね」
面倒臭そうにフーと深く息を吐き、作り笑顔のまま顔を上げた。
「貴方とは結婚云々以前に、お付き合いする気は毛頭ございません。以上です」
それだけ伝えると、ティナはその場から足早に立ち去った。
周りの者らは、なんとも言えない空気にその場に黙って立ちすくむしかなかった。ここで慰めの言葉を掛けようものなら、傷口に塩を塗っているのと同じこと。しかも相手は、国随一の美男子だと謳われるユリウスだ。下手に声をかければ、彼のプライドを傷つける。こういう場合は、何事もなかったかのように振舞うのが一番。
「「…………」」
周りの者達は視線を介し、互いに納得したように頷くと何事もなかったかのように園遊会を続けた。
中には堪らずユリウスに声をかけようとする令嬢がいたが「今は放っておいてやれ」と憐れむ声に唇を噛みしめるしかなかった。
❊❊❊
屋敷に戻って来たティナは、ベッドの端に座りながら先ほどあった事を鮮明に思い出していた。
ユリウス・ヴァインガルトナー。老若男女問わず魅了する端正で美しい顔立ちは、蠱惑的でどこか恐ろしさすら感じる。騎士としても優秀で、副団長という肩書がある。一度戦場へ出ればその美しい顔立ちは一変、軍神のようだと聞いた。
なんでも、この男には親衛隊なるものまであるらしく、自分が婚約者と名乗るほど熱烈な令嬢もいると言う。
そんな男に告白されたのだ。それも、園遊会という公の場で…
(至極面倒臭い事になった…)
女の嫉妬ほど醜くて面倒臭いものはない…告白を受けようが断ろうが嫌味や文句を言ってくる。単純に自分が選ばれなかった事に対する八つ当たり。
言葉の暴力だけならば、まだ対処のしようはあるが、物理的攻撃になってくると、ティナ一人では限界がある。
女の嫉妬というものは、人を簡単に殺せる力を持ってる。下手をすれば、社会的に消される…
「なんで私なんだ…!!」
崩れるようにして枕に顔を埋めた。普通の女性ならば泣いて喜ぶ事態だろうが、私は違う。
そう思うに至ったのには、ちゃんとした理由がある。
この園遊会が行われる数日前、街へ出た際に小耳に挟んだ言葉がある。
「ユリウス様がどこかの令嬢に告白するらしいぞ」
「はぁ~、その令嬢は名誉な事だな」
「いや、そうでも無い。なんでも、賭けに負けた事による罰ゲームらしい」
「そりゃ、告白された令嬢が不憫だな」
「そうだろ?」と笑う男達を横目で睨みつけた。
国を護る騎士が、随分と最低な事をする。女性の気持ちを弄ぶなんて、騎士の風上にも置けない。
そう思ったが、相手は雲の上の人。例え遊ばれていると分かっていても、関係を持ちたいと言う者も多いだろう。それならば、一時の淡い夢を見てもらうのもいいかもしれない。そう思っていた。
その時は、まさか自分が対象になるとは露ほども知らなかった。だからこそ、ユリウスが告白を完結する前に、食い気味に断りの返事をしたんだが…
そう記憶を巡らせていると、ドカドカと大きな足音がこちらに向かってくる。
「姉さん!!!!」
「…………また面倒なのが来た」
ノックもなしにドアを開けたのは、ティナの義弟のグイードだった。
「全力でお断りします」
ある麗らかな昼下がり。この日は城の中庭で園遊会が開かれ、皆が彩り豊かな花や心地よい日和に和気あいあいと用意された茶や食事に舌鼓を打っていた。
そんな空気をぶち壊したのは、この国では知らない者がいない程の美貌と腕前を持った騎士、ユリウス・ヴァインガルトナー。もう一人は、容姿も肩書も人並み程度でこれと言った特技もなければ取柄もない、ティナ・シファー伯爵令嬢。
笑顔で見つめ合う二人だが、その穏やかな表情とは裏腹に、纏っている空気は殺伐としてして周りで見ている者を凍り付かせるほど。
「……申し訳ありません。よく聞き取れなかったので、もう一度よろしいですか?」
「あらあら、騎士様とあろうお方が聞き漏れですか?戦場では命取りですよ?」
「…………」
クスッと嘲笑うと、ユリウスの笑顔が一瞬引き攣った気がした。
「仕方ありません…耳の穴かっぽじってよく聞いてくださいね」
面倒臭そうにフーと深く息を吐き、作り笑顔のまま顔を上げた。
「貴方とは結婚云々以前に、お付き合いする気は毛頭ございません。以上です」
それだけ伝えると、ティナはその場から足早に立ち去った。
周りの者らは、なんとも言えない空気にその場に黙って立ちすくむしかなかった。ここで慰めの言葉を掛けようものなら、傷口に塩を塗っているのと同じこと。しかも相手は、国随一の美男子だと謳われるユリウスだ。下手に声をかければ、彼のプライドを傷つける。こういう場合は、何事もなかったかのように振舞うのが一番。
「「…………」」
周りの者達は視線を介し、互いに納得したように頷くと何事もなかったかのように園遊会を続けた。
中には堪らずユリウスに声をかけようとする令嬢がいたが「今は放っておいてやれ」と憐れむ声に唇を噛みしめるしかなかった。
❊❊❊
屋敷に戻って来たティナは、ベッドの端に座りながら先ほどあった事を鮮明に思い出していた。
ユリウス・ヴァインガルトナー。老若男女問わず魅了する端正で美しい顔立ちは、蠱惑的でどこか恐ろしさすら感じる。騎士としても優秀で、副団長という肩書がある。一度戦場へ出ればその美しい顔立ちは一変、軍神のようだと聞いた。
なんでも、この男には親衛隊なるものまであるらしく、自分が婚約者と名乗るほど熱烈な令嬢もいると言う。
そんな男に告白されたのだ。それも、園遊会という公の場で…
(至極面倒臭い事になった…)
女の嫉妬ほど醜くて面倒臭いものはない…告白を受けようが断ろうが嫌味や文句を言ってくる。単純に自分が選ばれなかった事に対する八つ当たり。
言葉の暴力だけならば、まだ対処のしようはあるが、物理的攻撃になってくると、ティナ一人では限界がある。
女の嫉妬というものは、人を簡単に殺せる力を持ってる。下手をすれば、社会的に消される…
「なんで私なんだ…!!」
崩れるようにして枕に顔を埋めた。普通の女性ならば泣いて喜ぶ事態だろうが、私は違う。
そう思うに至ったのには、ちゃんとした理由がある。
この園遊会が行われる数日前、街へ出た際に小耳に挟んだ言葉がある。
「ユリウス様がどこかの令嬢に告白するらしいぞ」
「はぁ~、その令嬢は名誉な事だな」
「いや、そうでも無い。なんでも、賭けに負けた事による罰ゲームらしい」
「そりゃ、告白された令嬢が不憫だな」
「そうだろ?」と笑う男達を横目で睨みつけた。
国を護る騎士が、随分と最低な事をする。女性の気持ちを弄ぶなんて、騎士の風上にも置けない。
そう思ったが、相手は雲の上の人。例え遊ばれていると分かっていても、関係を持ちたいと言う者も多いだろう。それならば、一時の淡い夢を見てもらうのもいいかもしれない。そう思っていた。
その時は、まさか自分が対象になるとは露ほども知らなかった。だからこそ、ユリウスが告白を完結する前に、食い気味に断りの返事をしたんだが…
そう記憶を巡らせていると、ドカドカと大きな足音がこちらに向かってくる。
「姉さん!!!!」
「…………また面倒なのが来た」
ノックもなしにドアを開けたのは、ティナの義弟のグイードだった。
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