死神に拾われた元伯爵令嬢の話

甘寧

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第10話

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衝撃的な告白を受け、しばらくは上の空だった私も数日すれば冷静になってきた。
あれは冗談だったんじゃないのか?きっとそうだ。そう考えることで自分を保てることができた。
それにあの一件以来店に顔を見せに来ることもなくなった。

「どうした?そんなに入り口ばかり見て」
「え?」
「あははははは。大佐が最近来ないから寂しいのか?」
「な──ッ!!ち、違います!!」

ハンスさんは揶揄いながら店の奥へと戻って行った。

「……寂しくなんてないし……」

そう呟きながら突っ伏した。

それに今は大佐の事なんて考えてる場合でもない。
最近のクロは目に見えてやつれてきている。

声を掛けても「大丈夫や……」の一言だが、見ているこちらからすれば大丈夫じゃない事は明らかだった。

ここ最近町の治安がよくなったと皆は喜んでいたが、治安が良くなったということはクロの食事が儘なっていない事を示している。

このままじゃクロは……

そう思っていた数日後。危惧していたことが起きた。



    ❖❖❖❖


ドサッ!!!

深夜、何か倒れる音がして目が覚めた。
ベッドの脇を見るとクロが倒れていた。

「クロ!!??」

慌てて体を起こしたが顔色は真っ青で息もたどたどしく、瞬時に命が消えかかっていると分かった。

「クロ!!クロ!!しっかりしてよ!!ねぇ!!」

必死に目を開けるように懇願すると、うっすら目を開けてくれた。

「クロ!!」
「……なんや、喧しいなぁ……」

命が消えかかってる者の言い草では無いが、そんな素っ気ない言葉で少し安心する事が出来た。

それと同時に、もう一度クロに伝えた。

「クロ、お願い。私の命を貰って」

正直、未練はある。
けど、ここでクロを見殺しにしたら一生後悔する。
そう思って伝えたのに「アホ抜かせ」と突っぱねた。

「前も言ったやろ?リズが生きるか死ぬんは僕が決めるこんや。──……リズはまだ死なん」
「そんな……!!だってそれじゃあ……!!」
「分かっとるよ。まあ、リズと離れるんはちと寂しいな」

気づけば目からは涙がとめどなく溢れていて、嗚咽が止まらない。

「や、やだ……それなら、私も、一緒に……!!」
「それはダメや。リズは僕の分までしっかり生き。そんで可愛い子供作って、人生を全うしてから僕に会いにきい。──……僕は死ぬんやない。あの世に戻るだけや。だから安心し」

宥めるようにニッコリ優しく微笑みながら伝えてきたが、クロを失うのはどうしても納得出来ない。

「クロが……クロがいなきゃ私生きていけない……!!」
「……そんな事ないやろ?僕がおらんくてもリズを大切にしてくれる奴はおるやろ?」

全てを見透かしているかの様に言われて、浮かんだのはハンスさんや王妃様、王女様に殿下。それに……シルビオ大佐の顔だった。

「ふっ……僕の役目は終わりや。──……なあ、最期に僕の願い聞いてくれるか?」

最期……その言葉にもう何を言っても無理なんだと察した。
それならせめて、出来ることはなんでもやってあげたい。
その一心で頷いた。

「僕な、リズの笑顔が見たいねん」
「──え?」

返ってきた言葉に目を見開いた。

「ははっ……まさかそないこと言われる思ってんかったやろ?……今まで誰にも見せたことないやろ?そやから、その初めてを僕に頂戴」

確かに、生まれてこの方笑顔なんてしたことが無い。
だから、その作り方も分からない。

「そない顔じゃ笑顔なんて出来んよ?……そやね、僕と初めて会った時のこと思い出してみ?その時から今まで、僕と過ごしてきた日常を思い返し?」

──クロと出会ってから今まで……

「……なんや。出来るやないか……めちゃくちゃ可愛い……」

クロに言われて初めて、自分が笑顔になっていることに気がついた。

「これで安心して逝ける……リズ……ありがとうな」
「ク、クロ……!!やだ!!」

再び涙が目に溜まるのを見たクロは「ふっ」と笑みを浮かべ私の頬にキスをした。

「あの男には内緒にしといてな?」

人差し指を立てながら悪戯に言ったのと同時に抱きしめていた体が徐々に薄くなっていき、すぐに抱きしめていた感触も無くなってしまった……

一人になってしまった部屋の中で息を殺して泣きに泣いた。



   ❖❖❖❖



クロがいなくなってから数年が経った──

最初の半年程は喪失感と悲愴感が抜けきれずハンスさんに凄い気を使わせてしまった。
けれど、町の人達にも助けられ徐々に心も元に戻っていき、一年経った頃には自然に笑顔が作れる様にもなった。

シャリンの元にも定期的に通い、いい関係が続いている。
まあ、城に行くと必ずと言っていいほど殿下がやって来ては婚約者の話を掘り返してくるので、少しウザったい。

そして、シルビオ大佐だが──……







「リズ。こんな所にいたのか」
「ああ、探してましたか?すみません」

今私はシルビオ大佐の屋敷に住んでいる。

クロを失った事で告白の返事が出来ずにいたのだが、この人は気持ちが落ち着くまで待つと言って、本当に一年余り待ってくれたのだ。
その間も何かと気にかけてくれ、常に隣に居てくれたのはこの人だった。
そして、いつの間にか隣にいるのが普通のことになり気がつけば一緒に住むようになり、籍を入れていた。

「今夜は冷える。そんな薄着では身体に悪いだろ?」
「ふふっ、本当に心配性ね。そんなんでは戦場に出た時に困るんじゃない?」
「仕方ないだろ?心配するなと言う方が無理ってものだ」

今、私のお腹の中にはシルビオ大佐の子供がいる。

この幸せになった姿をクロは見ててくれているだろうか。
私に生きる希望を与えてくれた恩人。
そして、私が心から愛した人……

「さあ、お姫様。そろそろ部屋に戻りましょうか?」
「そうね。心配性な父親が泣き言言う前に戻りましょうか」
「おいおい、部下の前ではそんな事言わないでくれよ?」




そんな二人の姿を屋根の上から微笑ましく見下ろす一人の男の姿があったが、その姿に気づく者はいなかった……
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