死神に拾われた元伯爵令嬢の話

甘寧

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第8話

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噂も下火になり始めた頃からだろうか……クロは夜中部屋を抜け出すようになった。

最初の内はあまり気にしなかったが、ここ最近は頻繁に出て行くので気にしない方が無理だ。
一度、クロに直接聞いてみたが「夜の散歩や」なんて言ってはぐらかされた。
誰にでも言いたくないことはあるだろうと思い、それ以上の追求はしなかった。

そして、そのまま数日が過ぎ去った。
クロは相変わらず夜に部屋を抜け出すという事を繰り返していた。
それと同時に口数が少なくなってきた。
流石に何かの病気じゃないか?と不安になり、今回は強めに問い詰めた。

「ねぇ、本当に散歩なの?何かの病気とかじゃないの?」
「ほんに散歩よ?気にする心配なんてあらへんよ?」

いつものように微笑みながら言うが、何故か嘘を言っているような気がする。
そして、その嘘は私に言えない事だろうと……

「……クロがそう言うならその言葉を信じるけど、何かあったらすぐに言って」
「分かった分かった。ほんに心配症なんやから」

そう言って部屋を出たクロを目で追いながら、決意を決めた。

──後を付けてやる。

決行の日は今晩。




時刻は丑三つ時……寝たふりを決めた私に気づくことなくクロはいつものように外へ出て行った。
その後を必死に付いていくが、なにぶん死神と普通の人間じゃ速さが全然違う。
休まず息を切らしながら走り続けた。

どのぐらい走っていたのだろうか、いつの間にか町の境界までやってきていた。
すると話し声が聞こえてきたので、慌てて身を隠し話し声に耳を傾けた。

「……おい、誰にも見られていないだろうな?」
「大丈夫だ。誰にも見られていねぇ。──それより、例の物を」

ソッと物陰から様子を見ると男が二人何かを取引しているようだったが、その男の肩には明らかに女性だと思われる足がむき出しの状態で担がれていた。
察するにこれは人身売買の取引現場……

これは、関わってはいけない。そう判断するなり踵を返し元来た道を戻ろうとしたが、男の悲鳴でその足は止まった。
見ると、女性を担いだ男が急に苦しみだし白目を剥いてその場に倒れた。
もう一人の男の慌てぶりはご想像の通りだった。

悲鳴を上げてその場を逃げようとする男もすぐに苦しみだし泡を吹いて倒れた。

私はこの光景を見たことがある……

頭の中では犯人は分かっているが、それを認めたくない自分もいる。
しかし、その希望もすぐに打ち砕かれた。

あっけなかったなぁ」

屋根上から下りてきた人物は、私が追っていた人物で間違いなかった。

「早う帰らんと、リズに心配かけるでな……」

そう言って、気を失っている女性を担ぎ上げどこかへ行ってしまった。
姿が見えなくなった所で、物陰から出て倒れている二人の男の元へ駆けつけ息があるが確認したが、全身の血が抜け落ちたかのように真っ白で冷たくなっていて、確認するまでもなく死んでいることが分かった。

「クロは毎日こんなことを……?」

死神は魂を取ることが仕事だ。それは知っている。

「魂が死神にとっての食料と一緒ってこと……?」

そう言えば一度も食事を口にしていると見たことがないとこの時初めて気が付いた。
いくら死神でも食事をしなければ体調が悪くもなるだろう。
なんでそのことに気が付かなかったのだろう……
なぜ、一言言ってくれなかったのだろう……

──まあ、いくら仕方ないとはいえ、こんな殺人をしているなんて知られたくなかったんだろうな。

しかし、今は考えるよりも先に家に戻らなければ空のベッドを見たクロが心配すると思い、考えることは一旦止めた。

クロが戻ってくるよりも先に家へ戻れたことに安堵したが、到底眠れるような気分ではなかった。
ベッドに潜っていると、窓が開く音がした。

──……クロが戻って来た。

けど、顔を見ることはできなかった。

今の私には何もしてあげれない。そんな自分の不甲斐なさに苛立ち、唇を噛みしめながら夜が明けるのを待った。



 ❖❖❖❖



夜が明けた。
一睡もできなかったが私にできることは何だろうかと考えた結果、一つの答えが出た。

「クロ……話があるの」
「なんや?そないあらたまって」


「私を殺して……」
「は?」

その言葉を放った瞬間、今までにないほど恐ろしい顔をしたクロが目の前にいた。
思わずヒュッと息を飲んだが、負けずに口を開いた。

「私は……クロに拾われて本当に感謝してるの……その恩人の為にできることといえば……こんな事ぐらいしか思い浮かばなくて……」

相変わらず大事な時に言葉を伝えるのが苦手で嫌になる。

「──……で?」
「で、って……だから、私を殺してって──」

その言葉は最後まで言えなかった。
何故か?

クロに押し倒され、首を絞められているから……

「何を勘違いしとるか知らんが、リズの人生は僕のもんやろ?それを何勝手に終わらせようしとんねん」
「──……く……くる……し……」
「そりゃそうや、僕が締めとるんやから。なんや?あんだけ殺せ言っとって死ぬんが怖いんか?」

いつものように微笑んでいるはずなのに震えが止まらない。
今更になって恐怖と絶望、そして後悔が込み上げてきた。

──……死ぬにたくない……

そう思ってしまった。
前まで私では到底ありえない事を望んでしまった。

「……まったく。そない顔するんなら、もうそないなこと言うんやない」

涙と涎でぐしゃぐしゃの顔を困ったような顔をしながら優しく撫でてくれた。

「…………昨晩見たんやろ?それでこんな馬鹿げたこと思いついたんか?」

コクンと頷くと、大きなため息が聞こえた。

「こんな時だけ行動力あるんも考えもんやね。……多分リズが思っとる通りで合っとるよ」

観念したのか、照れるようにしながら話してくれた。

やはり死神の糧は人間の魂らしく、私と出会う前までに結構な魂を刈っていたからしばらくの間は平気だと思っていたらしいが、思ったよりも消費が激しく自分でも欲求を抑えられなくなり夜な夜な町へ行っていたらしい。

「──……てことは、毎晩殺人してたってこと?」
「殺人つっても昨晩みたいなクズしか食っとらんよ?最近ここら辺の治安がようなったの気づかん?」

そう言われれば思い当たることがある。

「この町は最近は揉め事がなくて俺の仕事が減って助かる」

なんてことを大佐が言っていた。

「まあ、町のお掃除屋さんやと思ってや」

のんきに言っているが、刈れる人がいなくなったらどうするんだ?
そんな何カ月も何年もこんな生活が持つわけない。

「……余計な事考えんでええよ」

そんなこと言ってもその顔はすごく寂しそうで、今にでも消えてしまいそうだった……
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