上 下
6 / 37

episode.6

しおりを挟む
「……もう一度言ってもらえる?」

 王城の一室で冷淡に落ち着いた声で問いかけるのは聖女であるシャノン。彼女が視線を送る先には全身を黒で纏めた男が跪いている。この男は聖女シャノンの為に神殿から配属された暗部の者だ。

「申し訳ありません。ベルベット・ダグラスを仕留める事が出来ませんでした」
「そう……それは何故?」
「はい、騎士団の団長であるジェフリー・サンダースの応戦があり、ゴロツキ程度の盗賊では到底相手になりませんでした」

 シャノンはそう話す男の元へ無言で歩み寄ると、脇腹目掛けて思いきり蹴りつけた。男は「ぐっ」と小さな悲鳴を上げ蹲ったが、すぐに体を起こし再びシャノンの前に跪いた。

 シャノンはそんな男を蔑むような目で見下ろしながら口を開いた。

「盗賊程度で充分と言ったのは貴方では?最初から貴方が動いていれば良かったのではなくて?」
「も、申し訳ありません。ですが、この度の件は我々が出ていてもジェフリー団長と対立する事になっておりました。あの方を相手にすれば、聖女様の事が公になる可能性があります」

 言い訳するように言い放つ男だが間違った事は言っていない。団長であるジェフリーにとって訓練を受けた者と、ただのゴロツキの区別は容易い。訓練を受けた者がベルベットの命を狙っていると分かれば実家であるダグラス公爵が黙ってはいない。

 公爵夫婦は娘であるベルベットを大層可愛がっている。今回の婚約破棄の件でも怒り心頭で国王の元へやってきていたぐらいだ。

 ただ、今回の件は国王陛下も寝耳に水だったらしく誠心誠意謝った後、事の発端である王子を一月の間謹慎とする処分を与える事で何とか許して貰えたようだ。それは婚約者でもあるシャノンも同様。二人は一月の間会うことも文を交わすことさえも許されなかった。
 傍から見れば甘い処分だが、ベルベットも了承して自ら進んで国外へ出て行ったと言うこともあり、これ以上長引かせても時間の無駄と言う判断だろう。

「……分かった。この度の件は水に流しましょう」
「寛大なお心感謝致します」

 男は胸に手を当て、深々と頭を下げた。

「ただし、次はないわよ?」

 そう言い放つシャノンは聖女とは思えない程、冷たく残忍な表情を見せていた。男はゴクッと息を飲み「御意」と伝えた。男はシャノンが何故ここまでしてベルベットを消そうとしているのか理由は知らない。知っているのは「神託があった」という事だけ。果たしてそれが真実なのかどうか……



 ◈◈◈



「ベル、見て。捕まえた」

 ある日、リアムがそう言って掲げたのは、縄でグルグル巻にされた貴族らしき男性。子供が昆虫を捕まえた時のように嬉々として言うので、あれは人ではなくて新種の何かでは?と思ってしまった。しかし何度見てもそれは人で、ぐったりと横たわっていた。
 正気に戻ったベルベットは慌てて傍により縄を解くと、口に手を当てた。荒いがちゃんと呼吸しているのが分かり、一先ず安心した。このまま外に置き去りにしておく訳にもいかず、リアムにベルベットの私室に運ぶようにお願いした。




「……ん……」
「あ、目が覚めましたか?」

 暫くすると目を覚ました男がグラつく頭に手を当てながらゆっくり体を起こした。

「……ここは……?」
「ここは私の家です……うちの者が失礼をしてしまったようで申し訳ありません」

 目を覚ましたら知らぬ家に知らぬ女がいれば戸惑うだろう。ベルベットは簡単に経緯を説明し、深々と頭を下げてリアムの仕業を謝罪した。

「そうですか……実は、森に入ったところで甘い匂いのする不思議な花を見つけてその匂いを嗅いだら意識が遠のいて……」

 ああ、が原因だったか。

「その花は曼仙花という花です。甘い匂いで人や動物を誘いますが、その香りは一種の麻酔のような作用をもっています。嗅げばしばらくは夢の中で、どんな強靭な者でも無防備になる。そこに目を付けた者が曼仙花を使って悪事を働いているなんてことも多いですね」

 てっきりリアムがこの人に害をなしたと思い込んでいたが、どうやら思い過ごしだったらしい。

「ですが、おかしいですね……この家近辺には生えていないはずなんですが……」

 この花の匂いは広範囲に散布される。風の向き次第ではベルベットの家にも被害が及ぶと考え周辺には生えないようにしていた。
 おかしいな……思ってハッと何やら察したベルベットがリアムの方を見ると、明らかに動揺したリアムが必死に視線を外そうと明後日の方向を向いている。

「リアム、貴方の仕業ね?」
「あ!!その言い方はないんじゃない!?僕一応ベルの護衛役だよ!?」
「はぁぁ~……平民になったんだから護衛は必要ないって言ったじゃない」

 結果的にはやはりリアムの仕業で間違いなかったようだ。まあ、こんな薄暗い森に人が来れば怪しいと思うのも仕方ないことだけど、もう少し友好的対策をお願いしたい。

「僕が殺さないで生け捕りにしたんだから、その辺は褒めてくれてもいいんじゃない?」

 確かにそう言われたらそうなんだけど……

「すみませんが、貴方は……?」

リアムの言葉に頭を抱えていると、男が問いかけてきた。

「あ、名乗るのが遅れて申し訳ありません。私はこの家の主人のベルベットと申します。ベルと呼んでください」
「そうですか。ではベル、助けていただき感謝します。ありがとうございます」
「いえいえいえいえ!!元はと言えばうちの者せいですし!!」

 丁寧に感謝の言葉を口にしながら頭を下げられ、慌てて頭を上げてくれるよう伝えた。

(それにしても……)

 この人の装いはここら辺では見たことがないな……それに育ちがよさそうなところを見ると上級貴族だろうと言う所までは分かるが、ベルベットにはどうも気になる点があった。

(この人の顔どっかで……)

「ああ、すみません。私はロジェ=リュディック・ダリガードンと申します。気軽にロジェとお呼びください」

 その名を聞いて思い出した。

 ──この人、攻略対象者だ。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?

もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。 王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト 悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。

一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。

甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。 だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。 それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。 後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース… 身体から始まる恋愛模様◎ ※タイトル一部変更しました。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

王子の逆鱗に触れ消された女の話~執着王子が見せた異常の片鱗~

犬の下僕
恋愛
美貌の王子様に一目惚れしたとある公爵令嬢が、王子の妃の座を夢見て破滅してしまうお話です。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

処理中です...