彫り師が異世界に聖女として召喚されたが、何よりも魔王が気になって仕方がない。

甘寧

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ドアを開けてお互いに固まる中、先に口を開いたのは王子だった。

「──父上からのたっての頼みだと言われ断れなかったが、何故私がお前を鍛えなければいけない?」

それはそれは心底面倒くさそうに言い切られた。

私だって、あんたが相手だと分かっていたら全力で拒否してた。
体力づくりぐらい私一人でも出来るって。

それにこの人、私の事嫌ってるからとんでもない筋トレメニューを課せらされそう。
出来事なら「チェンジ!!」と叫びたい。

「……はぁ~、まあいい、例えどんなに忌むべき相手だろうと、私に任されたとなれば話は別だ。とことん鍛えてやろう」

鋭い目で睨みつけながら言う姿はまるで魔王様。
この人は王子じゃなくて魔王なんじゃないかと見間違えるほどの威圧感だ。

私は魔王に会う前に死ぬかもしれない……そう思った。

「今更自己紹介するまでもないだろう。私の事はアルフレードでも先生でも師匠でも好きなように呼べ」

サラッと敬称が出てきたな。……もしかして、呼ばれたいのか?
アルフレード先生は長くて言いにくい。
師匠は私の中でただ一人だけ。彫り師になるきっかけをくれたあの人だけ。
ならば、出せる結論として……

「では……アル先生と……」

流石に愛称呼びはまずいか?と思ったが、目の前のアルフレードを見る限りそんな事はないと判断した。
どうやら先生と呼ばれてご機嫌のよう。

「……ところで、アル先生は騎士なんですか?」

その一言がまずかった。
つい先程までのご機嫌が嘘のように、氷点下まで下がるほどの冷たい目を向けられた。

「お前、今私の装いが見えんのか?私はこの国の第一騎士団団長だ」

確かに、そう言われれば騎士服を身にまとって腰には剣もある。
私はこの人の顔色しか見てなかった……

「そう言う訳だから、今から訓練場へ行くぞ」


◆◇◆◇


「はぁ……はぁ……はぁ……」
「まだ三周だぞ!?そんな事で魔王を討伐出来ると思っているのか!?」
「そ、そんな事……言ったって……」

私は今、訓練場で第一騎士団のみんなと一緒に場内ランニングをしている。が、元より走ることがなかった私はわずか3周目にして白旗を上げた。

騎士のみんなは顔色一つ変えずにまだ走っている。
そりゃそうだよ。この国を護る騎士と、聖女して喚ばれたただの彫り師じゃ体力の差があるのは当然だろ。

まあ、しかし、そんな私の思いは団長様には届かないようで、鬼のような形相でこちらを睨んでいる。

「貴様!!それでも聖女か!?これぐらいでへばってどうするんだ!!走れ!!」
「……あれこそ魔王じゃないの……」

ボソッと呟いた言葉がアルフレードの耳に届いたようで「くだらない事言ってる暇があるなら走れ!!」と言われてしまった。
奴は案外地獄耳だった……

仕方なくふらつく足で走り出そうとしたら、足がもつれ地面に衝突──……

「──っと、危ない。大丈夫ですか?」

寸前の所で騎士の一人に抱きとめられた。

アルフレードとは違い、穏やかな笑顔を向けられ思わずドキッとしてしまった。

アルフレードもイケメンだけど、目の前のこの人も負けず劣らずのいい男。
特に目を引くのが、綺麗な白銀の髪。
まるで漫画の中の王子様の様……

(リアル王子は魔王の様な人だからな)

「ありがとうございます」
「いえいえ、団長のしごきは女性にはキツイですからね」

抱きとめられた腕から離れながらお礼を言った。
騎士の人はニッコリ微笑みながら私を気遣ってくれた。その笑顔はまるで地獄に咲いた花のよう。

「──クラウド、余計なことをするな」
「団長はもう少し女性に配慮した方が良いですよ?」

私を助けてくれた騎士はクラウドと言うらしい。
そのクラウドはアルフレードがこちらにやって来るのが見えると私を背に庇ってくれた。

(こういうのが騎士の鏡なのよ!!)

私はクラウドの思いもよらない行動に感動していた。

「私はそこにいるそいつを鍛えろと言われている。これぐらいで根を上げるようじゃ魔王は愚か、新入りの騎士にすら勝てん」
「団長、女性に我々と同じメニューをこなすのは無理です。まずは軽い筋力トレーニングから始めた方がいいのでは?」

私を背後に庇ったままクラウドがアルフレードに意見するが、それが彼にはまた面白くないらしい。
クラウドを睨みつけながら「私に意見するな」と牽制するが、クラウドは一歩も引かない。

私は黙って二人を見ていたが、まさか団長のアルフレードに意見出来る人間がいた事に驚いた。

「はぁ~……分かった。そこまで言うんならクラウド、お前に何か考えがあるんだろうな?」

まさか鬼教官が折れた!!
このクラウドと言う騎士、何者なんだ?

思わずクラウドの顔を見上げていると、視線に気がついたクラウドがニッコリ微笑み返してくれた。

その瞬間、ブアッと顔が熱くなった。

(顔面凶器だ!!)

慌ててパタパタと手で顔を扇いで落ち着かせようとしたが、すぐに熱が冷める言葉が聞こえた。

「騎士に入ってきて最初にやる事はまずは宿舎の掃除ですからね。そこからやってもらった方がよろしいのでは?最近は皆忙しくて掃除の手が行き届いてませんからね。体力もつくし、宿舎も綺麗になる。一石二鳥じゃないですか」
「……お前、宿舎は三階建てで通常は三~四人で掃除をするんだぞ?それをこいつだけでか?」
「我々のメニューをこなすよりよっぽど楽なメニューだと思いますよ?」

あれ?なんか話の流れがおかしな方に……

クラウドは相変わらずニコニコしているが、アルフレードは困惑の表情。

さっきこの人女性には配慮とかどうのこうの言ってたよね?……これは配慮されてるの?

「聖女様はお掃除は得意ですか?」
「えっ?あ、まあ、人並み程度には……?」
「じゃあ決まりですね」

ニッコリ微笑み返されたら断ることが出来ない。

まあ、所詮は掃除だしね。少し大きい家だと思えば楽勝?
……ヤバい、ちょっと色んなことがありすぎて頭がバグってるかもしれない。

「……お前、あいつに助けられたと思ったか?残念だが、あいつの腹ん中は私よりも真っ黒だ」

困惑している私の肩にアルフレードがポンッと手を置き耳元で呟いた言葉に思わず目を見開いた。
改めてクラウドを見ると、先程と変わらぬ笑顔を向けてくれているが、天使の笑顔が今では悪魔に見えた。

「あぁ、自己紹介が遅れましたが私、第一騎士団の副団長を務めておりますクラウド・キールマンと申します。以後お見知りおきを」

こやつ、まさかの副団長だった……

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