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昔むかし、ずっと昔から森の奥には魔女が住んでいる。そう噂されていた。いつから住み着いていたのか誰も知らず、本来の姿も知らない。
ある者は、真っ黒な装束に真っ赤な唇が印象的な美女だと言い。ある者は、大きな帽子に鼻が大きな老婆だと言い。ある者は、子供のように幼い姿だったと言う。
どれも人伝いに聞いたもので信憑性は薄く、その話を信じる者は少ない。
「…………」
その噂の魔女であるシャルロッテは、隣で規則正しい寝息を立てる美しい男を目にして言葉を失っていた。
それは、遡ること数時間前──
「そもそも、魔女なんて本当にいるのかねぇ?」
「またその話かい?」
賑わう酒場のカウンターで、酒を片手にクダを巻いている常連客の男。面倒臭そうに酔っぱらいの相手をする女将。そんな光景を肴にしながら、静かに酒を呷る女が一人…
(…………)
こんな大衆酒場に若い女性が一人というのは珍しい。
切れ長の目に淡栗色の髪をひとつに纏め、大胆に開いたスリットからはスラッと伸びた長い足が見える。
周りの男性らはチラチラと気にするように視線を向けるが、気にせずに飲み続けている。
「魔女なんていませんよ。所詮は御伽噺です」
そう口にしたのは、この国の魔導師であるルイース・ブロンザルト。幼いころから人並みはずれた魔力を持っていたルイースは、若くして国家魔導師に任命された偉才だ。
目を引く綺麗な白銀の髪。精悍な顔立ちに、物腰の柔らかい笑顔で老若男女問わず、絶大的な人気がある。更に仕事は人の二倍は出来る男となれば、年頃の娘を持つ親からは売り込みすらある。
「おやまあ、珍しいですね。ルイース様がこんな場所に来るなんて」
女将が物珍し気に問いかける。
「私だって、たまには大勢に囲まれて飲みたい時だってあるんですよ」
そんな答えが返って来たものだから、目を光らせた女性らが「私がご一緒します!!」と群がって来た。女将が慌てて止めに入るが、上等な獲物を目にした女性らは周りの言葉など聞くはずもない。
ドンッ!!
「あら、ごめんなさい。気付かなかったわ」
一人の女が、端で静かに飲んでいたシャルロッテにぶつかり手にしていた酒が顔に思いっきりかかった。ぶつかった女は詫びいれるが、その顔は嘲笑うかのようにほくそ笑んでいた。
(ほお…?)
ポタポタと酒が滴るのを見て、手にしていたグラスにヒビが入る。
この女、どうしてくれようか…と考えていると、視界に真新しいタオルが飛び込んできた。
「すみません。大丈夫ですか?」
顔を上げると、この惨状の原因であるルイースがタオルを差し出していた。その後では「そんな陰険な女放っておきましょ」などと好き勝手言っている。
別に人にどうのこうの言われるのは慣れているが、俺のせいで被害を被ってごめんね?的な態度がむかつく。
「…結構です。どうぞ、私の事は構わずお楽しみください」
嫉妬と妬みの目を向けられては、折角の美味い酒もまずくなると言うもの。
(飲み足りないが仕方ない)
席を立つとすかさず腕を掴まれた。
「そうはいきません。何か詫びをせねば私の気が済みません。もし帰るのなら、私が送って行きます」
なぜだろう。この人の善意は無性に癪に障る。
差し出された手をパンッと叩き落とすと、ルイースは目を見開いて驚いている。女性にこんな態度取られた事がないんだろう。なんておめでたい奴。
「本当、天才魔導師様はいい子ちゃんですねぇ。そんないい子ちゃんでは、簡単に騙されちゃいますよ?」
小馬鹿にするように鼻で笑いながら伝えると、取り巻き達の方が牙を向いてきた。
「あんた何様!?」
「ルイース様に謝んなさいよ!!」
金切り声に耳を塞いで素知らぬ顔をしていると、更に声を荒らげてくる。見兼ねた女将が女性陣を、裏へと連れて行ってくれた。
「あらあら、追いかけなくていいの?折角の美女揃いなのに」
「ええ、用があるのは貴女なので」
この期に及んでまだそんな事を言ってくる。
「しつこい男は嫌われるわよ?」
「お生憎と女性に嫌われたことがないので、ご安心ください」
満面の笑みで得意気に言い切った。もう、一層すがすがしい程の自意識過剰。
このままでは埒が明かないとシャルロッテは溜息を吐いた後に、白く細い指をルイースの顎に置きながら綺麗な瞳を見た。
「そう…そんなに詫びを求めるのなら、一夜の相手でもしてもらおうかしら?」
「…………は?」
流石のルイースも、言葉を失ったようで開いた口が塞がっていない。シャルロッテはこれで諦めてくれるだろうと、笑みを浮かべて踵を返したが、ガシッと力強く腕を掴まれた。
「なに?」
冷たい声で問いかけると「…分かりました」と小さな声が聞こえた。
「貴女がそれを望むなら、仕方ありません」
「さあ、行きましょう」と手を引かれる。まさかの事態に今度はシャルロッテが困惑し、引き留めた。
「ちょ、っと待って!!正気!?たかが酒を浴びせただけよ!?」
「ええ、分かっております。なんです?今更怖気づいたんですか?貴女が望んだ事なのに?」
「はぁ?」
皮肉交じりの言葉にシャルロッテの顔が引き攣る。
「上等じゃない。それだけ啖呵切るってことは、当然満足させてくれるんでしょうね!?」
「尽力いたします」
言い合いながらシャルロッテはルイースと共に、夜の街へと消えて行った…
❊❊❊
そうして迎えた早朝。
完全に情事後の姿で目が覚めたシャルロッテは、後悔と反省で頭が一杯だった。
(落ち着け…落ち着くのよ…)
幸いな事に、ルイースはシャルロッテの正体を知らない。と言うのも、シャルロッテは街に出る際には必ず姿を変えている。
酒場で言っていた、老婆の姿や子供の姿もあながち間違ってはいないのだ。
ルイースとの関係も一夜限り。そういう約束だったし、次に会った時には見知らぬ他人だ。
あれだけの女性が群がってくる男だ。一夜限りなんて馴れたものだろう。こちらが気にするだけ損だ。
(綺麗な顔しちゃって…)
隣で眠るルイースの頭を軽く撫でると、シャルロッテは素早く着替えて部屋を後にした。
ある者は、真っ黒な装束に真っ赤な唇が印象的な美女だと言い。ある者は、大きな帽子に鼻が大きな老婆だと言い。ある者は、子供のように幼い姿だったと言う。
どれも人伝いに聞いたもので信憑性は薄く、その話を信じる者は少ない。
「…………」
その噂の魔女であるシャルロッテは、隣で規則正しい寝息を立てる美しい男を目にして言葉を失っていた。
それは、遡ること数時間前──
「そもそも、魔女なんて本当にいるのかねぇ?」
「またその話かい?」
賑わう酒場のカウンターで、酒を片手にクダを巻いている常連客の男。面倒臭そうに酔っぱらいの相手をする女将。そんな光景を肴にしながら、静かに酒を呷る女が一人…
(…………)
こんな大衆酒場に若い女性が一人というのは珍しい。
切れ長の目に淡栗色の髪をひとつに纏め、大胆に開いたスリットからはスラッと伸びた長い足が見える。
周りの男性らはチラチラと気にするように視線を向けるが、気にせずに飲み続けている。
「魔女なんていませんよ。所詮は御伽噺です」
そう口にしたのは、この国の魔導師であるルイース・ブロンザルト。幼いころから人並みはずれた魔力を持っていたルイースは、若くして国家魔導師に任命された偉才だ。
目を引く綺麗な白銀の髪。精悍な顔立ちに、物腰の柔らかい笑顔で老若男女問わず、絶大的な人気がある。更に仕事は人の二倍は出来る男となれば、年頃の娘を持つ親からは売り込みすらある。
「おやまあ、珍しいですね。ルイース様がこんな場所に来るなんて」
女将が物珍し気に問いかける。
「私だって、たまには大勢に囲まれて飲みたい時だってあるんですよ」
そんな答えが返って来たものだから、目を光らせた女性らが「私がご一緒します!!」と群がって来た。女将が慌てて止めに入るが、上等な獲物を目にした女性らは周りの言葉など聞くはずもない。
ドンッ!!
「あら、ごめんなさい。気付かなかったわ」
一人の女が、端で静かに飲んでいたシャルロッテにぶつかり手にしていた酒が顔に思いっきりかかった。ぶつかった女は詫びいれるが、その顔は嘲笑うかのようにほくそ笑んでいた。
(ほお…?)
ポタポタと酒が滴るのを見て、手にしていたグラスにヒビが入る。
この女、どうしてくれようか…と考えていると、視界に真新しいタオルが飛び込んできた。
「すみません。大丈夫ですか?」
顔を上げると、この惨状の原因であるルイースがタオルを差し出していた。その後では「そんな陰険な女放っておきましょ」などと好き勝手言っている。
別に人にどうのこうの言われるのは慣れているが、俺のせいで被害を被ってごめんね?的な態度がむかつく。
「…結構です。どうぞ、私の事は構わずお楽しみください」
嫉妬と妬みの目を向けられては、折角の美味い酒もまずくなると言うもの。
(飲み足りないが仕方ない)
席を立つとすかさず腕を掴まれた。
「そうはいきません。何か詫びをせねば私の気が済みません。もし帰るのなら、私が送って行きます」
なぜだろう。この人の善意は無性に癪に障る。
差し出された手をパンッと叩き落とすと、ルイースは目を見開いて驚いている。女性にこんな態度取られた事がないんだろう。なんておめでたい奴。
「本当、天才魔導師様はいい子ちゃんですねぇ。そんないい子ちゃんでは、簡単に騙されちゃいますよ?」
小馬鹿にするように鼻で笑いながら伝えると、取り巻き達の方が牙を向いてきた。
「あんた何様!?」
「ルイース様に謝んなさいよ!!」
金切り声に耳を塞いで素知らぬ顔をしていると、更に声を荒らげてくる。見兼ねた女将が女性陣を、裏へと連れて行ってくれた。
「あらあら、追いかけなくていいの?折角の美女揃いなのに」
「ええ、用があるのは貴女なので」
この期に及んでまだそんな事を言ってくる。
「しつこい男は嫌われるわよ?」
「お生憎と女性に嫌われたことがないので、ご安心ください」
満面の笑みで得意気に言い切った。もう、一層すがすがしい程の自意識過剰。
このままでは埒が明かないとシャルロッテは溜息を吐いた後に、白く細い指をルイースの顎に置きながら綺麗な瞳を見た。
「そう…そんなに詫びを求めるのなら、一夜の相手でもしてもらおうかしら?」
「…………は?」
流石のルイースも、言葉を失ったようで開いた口が塞がっていない。シャルロッテはこれで諦めてくれるだろうと、笑みを浮かべて踵を返したが、ガシッと力強く腕を掴まれた。
「なに?」
冷たい声で問いかけると「…分かりました」と小さな声が聞こえた。
「貴女がそれを望むなら、仕方ありません」
「さあ、行きましょう」と手を引かれる。まさかの事態に今度はシャルロッテが困惑し、引き留めた。
「ちょ、っと待って!!正気!?たかが酒を浴びせただけよ!?」
「ええ、分かっております。なんです?今更怖気づいたんですか?貴女が望んだ事なのに?」
「はぁ?」
皮肉交じりの言葉にシャルロッテの顔が引き攣る。
「上等じゃない。それだけ啖呵切るってことは、当然満足させてくれるんでしょうね!?」
「尽力いたします」
言い合いながらシャルロッテはルイースと共に、夜の街へと消えて行った…
❊❊❊
そうして迎えた早朝。
完全に情事後の姿で目が覚めたシャルロッテは、後悔と反省で頭が一杯だった。
(落ち着け…落ち着くのよ…)
幸いな事に、ルイースはシャルロッテの正体を知らない。と言うのも、シャルロッテは街に出る際には必ず姿を変えている。
酒場で言っていた、老婆の姿や子供の姿もあながち間違ってはいないのだ。
ルイースとの関係も一夜限り。そういう約束だったし、次に会った時には見知らぬ他人だ。
あれだけの女性が群がってくる男だ。一夜限りなんて馴れたものだろう。こちらが気にするだけ損だ。
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隣で眠るルイースの頭を軽く撫でると、シャルロッテは素早く着替えて部屋を後にした。
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