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第12話「最愛の男(後半)」

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僕が25歳、彼が23歳になった頃、僕はM君と同棲する決心をした。
LGBTの人たちが同性同士で済むのに部屋を借りるときに云々と声高に権利、権利と主張しているが、そんなことないよ、当時から1DKの部屋を男2人で難なく借りられたよ。

LGBTの人たちって欲出し過ぎじゃない?
僕ら、少数派だよ。男女で愛し合うのが普通だよ?
僕らが異常なんだよ。それに日本って、そんなにワーワー言わなくても、面と向かって同性愛を批判されることもない社会だと思うよ。
それに、わざわざ声高に、自分たちは同性愛者だって宣言する必要ある?
上手く政治的に利用されてるだけなんじゃないの?
今に痛い目みたって知らないからね。まあやりたい人は自由だからお好きにどうぞ。
僕は御免だけど。
秘密の世界だからこその楽しみってあるんだよ、と僕は常々思ってる。

とにかく一途に愛してるM君との同棲生活が始まった。
M君とルームシェアしてた友達は理解があって、応援してくれたんだけど、高校時代から意地が悪かった僕のゲイ友のKは終始怒ってて、2人で借りてる部屋の家賃はどうしてくれるんだと僕に喚き散らした。
それはそうで、ゲイ友とルームシェアしてる方の家賃も半分払うと説明するんだけど、Kの怒りは収まらなかった。
その理由は、その頃の僕は、もう彼を理解していたので十分分かった。
自分より劣ると思っていた僕が男と同棲するなんて生意気だと言う怒りそのものだった。
でもこの時は、浦安の男の時と違って、僕のM君への思いの強さの方が勝った。
Kに「人でなし」と詰られようと自分で決めたことをした。
この力はM君が僕に与えてくれたものだった。
もう20歳の僕ではなかった。

上石神井のM君との同棲生活は最初は幸せだった。
1DKだからプライベートもないんだけど、毎晩M君と一緒に居られるだけで僕は幸せだった。
自分の幸運を、この時全部使ってしまったと思うくらい幸せだった。
でも半年ほど経って、少しずつM君の気持ちが、僕から離れて言っているのを感じていた。
でも現実を見たくない僕は黙っていた。

それでもある時、M君から別れを切り出された。
僕の全てが終わった気がした。
M君に縋りついてもゲイって(ゲイだけじゃないかもしれないけど)離れた心は元には絶対戻らないんだよね。
それが分かってたから、僕の方から荷物をまとめて出て行った。
頭の中が空っぽだったと言うか、何も考えられなかった。

ゲイ友のシェアルームに帰ると、自分で飛び出して行ったのに、のこのこ帰ってくるなんて、と言って追い出された。
今考えると、「おいK、部屋代半分だしてるんだぞ」と図々しく言えるんだけど、M君に振られたショックからか、僕は行き場所がなかった。

幸い、二丁目で知り合った人で、僕はタイプじゃないと断った人がいて、じゃあ友達になってと言ってくれた人が、たまたま、行くところがないならうちにおいでと言って泊めてくれた。

ずっと我慢していたけど、その人の家に行って涙が止まらなくて、僕は一生分泣いた。
仕事は抜け殻のようになってもすることはしてたんだけど、いや、仕事してる方が気が紛れて良かった。
泊めてくれている友達のところに帰ると、どうしても自分が抑えられなくて、M君に会いに行くことも出来ず、かと言ってじっとしていたら気が狂いそうで心にものすごく大きな穴が空いてしまって、どうやっても埋められない穴で、居ても経ってもいられなかった。
僕は一生分の涙を、そこで流した。
でも、こんな姿をM君に見られたくなくて耐えるしかなかった。

いつまでも友達の家に居候と言う訳にはいかないので、取りあえず、東武東上線の23区内のある駅に近い1DKのアパートを借りて、そこに引っ越した。
年も明けて新しい年になっていた。
まだ正直、僕の心はM君でいっぱいだった。
この世界は狭いから、知らなくていい情報も入ってくる。
M君は僕に別れ話をする前に広島に新しい男が出来て、その男が上京する度会っているらしい。
ひょっとして僕の元へ戻って来てくれるかもと言う淡い期待も粉々に砕け散った。
ほんとに知らなくていいことが耳に入ってくる。
正月にはM君は年末ジャンボで10万円を当てて、広島の彼に会いに行ったらしい。
僕とお墓参りに行ったご利益が現れたね、M君。

それでも新しいアパートで新しい生活を始めたものの、僕の心の大きな穴は全然埋まらなかった。
僕はそのうち、田舎に帰ろうと思い始めた。
実質的に東京からかなり離れた自分の故郷に身を置いて、現実的にM君に会えない状況を無理やりでも作らないと、自分がダメになると思った。
人生は人との出会いであるとは、よく言ったもので、その時、恩師から地元の就職先を打診された。
僕は飛びついた。
すぐに会社に休暇を届け、地元の会社に面接に行った。
この社長との出会いが仕事面での僕の成功につながった。
でもこの時はとにかく東京を抜け出したかった。
社長も急いで僕の専門分野の人材を探していた。

「4月から来てほしい」と、その社長に誘われた。
願ったり叶ったりで僕は承諾した。
帰って、東京の会社に3月末での退職を願い出た。

地元に帰る前、M君が僕のアパートを1回だけ訪ねてきた。
M君は「田舎なんかに帰って何するの」と他人事のように僕に言った。
僕は「さよなら」と言って玄関のドアを閉めて、M君が「T、ちょっと開けて」と言っても開けなかった。
最後の僕のプライドかな?

こうして僕は逃げるように東京を後にした。
18歳から約7年間住んだ東京だった。
ゲイ友Kを介してだったけど、僕にゲイの世界を教えてくれた東京に、僕は別れを告げた。
田舎に帰っても1年間はM君のことで頭がいっぱいで心の穴は埋まらなかった。
それから2年3年と時間が少しずつ心の穴を塞いでくれた。

ゲイ友Kは田舎に帰った僕に驚いていた。
僕はKとも、しばらく連絡を取らなかった。

ここで僕が田舎に帰ったことは、今の僕の仕事の上で、結果的には大きなプラスになっている。
経済的にも独立できた。

ただ、僕は恋愛に関しては25歳で、全て経験した、全て知り尽くした感じがしていた。
これから先、M君以上に人を好きになることはないだろうと直感していた。
それは大当たりで、現在までM君を越える恋はしていない。
と言うか、M君との経験で、僕は誰と付き合っても振られたときの衝撃、自分の心の傷を最小限に抑えるように、付き合い始めから身構えるようになった。
いつ振られてもいいように。
人間は都合がいい生き物で、自分が相手を振るときは、自分に心の傷なんてできない。
振られたときに、いかに自分の心の傷を小さくするか、それを付き合い始めから意識するようになった。
M君を越える恋をしていないのは、これが一番の原因だろう。
そんな自分を僕は後悔しているか?
後悔していない。
あんなに一途に自分を捨ててでも相手に尽くそう、自分より相手が大切と思う激しい恋を経験できた僕は幸せだったと思っている。
そして見事に振られたことも、その後の僕の人格形成に役に立ったと思う。

これが、人から見て、ズルい人間になったねと思われるかもしれない。
でもこの先、僕は自己防衛をするようになった。
大きく付き合っている相手のことで落ち込むことは殆どなくなった。
あっても、短時間で回復できるようになった。

M君は今でも好きだ。僕自身より大切に思った唯一の男なんだから。
僕はM君を死ぬほど好きになったことを後悔していない。
結果はどうであれ、僕の人生で初めて僕の意思で、主体性を持って思い切って行動した結果なんだから、後悔していない。

このあと、僕は世間擦れしたゲイになっていった。

M君、それでも今思い出しても、古傷が痛むよ、M君。
一緒に人生を歩みたかったなあ。
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