保健師は考える

アキノナツ

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4.保健師の困惑

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「あ……」
この学校に来て初の困ったに陥った。
先生を呼び止めれない。

遠のいて行く背中。

大抵クラスに一人は、特に気になる生徒がいるから自然と先生の名前を覚えていたのだ。だけど、ゴリラが優秀なのか、ゴリラの名前は知らない。

優秀な先生との接点は少ないから今までこんな事はなかった。
こちらから接近するなんてなかったから戸惑う。

困ったな。

先生紹介の冊子どこに仕舞ったかな…。


小宮こみや先生

身体大きいのに小宮。
名前をいじるのはNGだった。が、どうやって覚えるんだ?
ドラマで小さな方がおおなんとかで、大きい方がって紹介してるシーンがあったな。
一発で覚えたよ。主役の名前より先に覚えたよ。

そうだ。名前なんて記号さ。

…不味い、頭に入ってこない。
あー、自分のヘンテコ頭が憎い。
気持ちが向かないと全く覚えてくれない。
今覚えたいんですがね。
おーい! 頑張れ。

強姦魔のゴリラは、こ…こみや?
酷い繋ぎ合わせ。
関連付けらしき単語なし。覚えられる要素なし。
いい語呂合わせないですか?

アレがチラついて、余計名前が入ってこない。
身体の奥が燻ってきた。

うーーーーッ、一晩でこんな事って!
好き者みたいじゃん。嫌だぁ。

フルネームは端っから諦めてるのに!

ゴリラのクラスはまとまってる。困ってそうな生徒はいるけど、自力で頑張れそうだ。まわりもいい感じでサポートしてる。
こちらは見守りで十分。

はぁー、いつもみたいに生徒に紐づけれない。

もう、ゴリラでいいか?

頭掻き乱したバッサバサの髪を思い出す。
ーーー可愛そうだな。
頑張ろ。
マジックを取り出した。

小宮こみや先生!」

掌をそっと握りしめて後ろに隠す。

振り返る顔。面白いぐらい驚いてる。
私だって、普通に保健の先生出来るんですよ。カンペだって使います。

「名前…初めて」
はい! 初めてです!

ニッコリ笑って、「放課後時間取ってもらえませんか?」と、さっさと告げる。

暗い目してますね。
嫌ねぇ。
「仕事のお話です」
ハッキリ言わないとね。

いやらしい顔が出てくる前に態度で拒否。
セフレはお断り。それ以上もお断り。

スケジュール帳繰ってる。
おお! 真面目なお顔。
仕事モードですね。

「明日の放課後でいいですか?」

そんな顔で見られたら、大抵の方が惚れちゃいそうですね。
私は惚れませんけどね。

「よろしくお願いします」
さて、帰りましょう。ミッション完了!

くるりと踵を返す。

あれ? 進まない…。
肩に何か…手ですね。

えーと、小…なんだっけ? ゴリラさんよー、肩の手退けてもらえません?
保健室に帰りたいのに、この手は何?

「あのー、私は帰りたいんですが」
なんとなく後ろ振り向くの怖いので、前を向いたまま。
手を外そうと、指を一本持ち上げてます。
太い指ね。

「名前なんで今まで「その話も明日でいいですか?」
遮るように言いながら、肩の指を剥がしていく。

すまん!
すでにあんたの名前忘れてる。

焦りを悟らせる訳にはいかない。
これから交渉していかないといけないのに、弱味を見せる訳には!

いい加減剥がれない手にイラつく。
もう離して下さいよ!

思いっきり振り返ると、目が合った。

へ?
泣く?

暗いのに縋るような目。

…私、こういう目弱いかも…。
!!!
アカン! アカン、アカン!!

捩って引き剥がすと振り向いたら負けな気がして、早足にその場を後にした。

帰る途中、誰ともすれ違わなかったのはよかった。
保健室の扉を潜ったところで、力が抜けた。

コンコンコン…
「先生ぇ、留守ぅ?」
コンコン…

生徒の声で気づいた。
私は、保健室の鍵閉めて、扉を背に蹲っていた。





心を落ち着けようとコーヒーを淹れています。

湯を落としながら、これから話す事を反芻する。
シュミレーションしたところで、上手くいくとは限らないし、かと言って対策せずにゴリラと対峙する程、肝が据わってる方ではない。

掌のマジックで書いた名前をもう一度見る。
いい加減覚えないと失礼通り越して殺されそう。

たった三文字が何故覚えられないのか。

この頭はどうかしてる。

昔からだからもう諦めてたが、久々に誤魔化せない所にきた。しかもお笑いにも持って行けそうにない。

掌をゴシゴシ擦って消した。滲んだ跡はかろうじて読めるか読めないか程度にまで消えた。

やめだ!
いつも通りに行こう。
対面だ。二人だけじゃないか。名前なんて必要ない。

コンコンコン。

開けっぱなしの扉をノックしてる、ゴリラ。
「失礼します」
初めてですね。挨拶して入って来るのは。
やれば出来るんじゃん。

「いらっしゃい」
席を薦めながら、『会議中』の札を出して扉を閉める。

大人しく席に着いている。

コーヒーを出すと、私も席に着く。

コーヒーなんて出す気は無かったですけどね。何入れられるか分からんし。
でも、何も挟まず向かい合うのは気まずい。
要は席を立つ時は、持っていけばいいのですよ。

「さて、何から話しましょうかね…」

手の中でマグを弄る。暗い琥珀色の液体が揺れている。

「真面目に話したいんで、ふざけるのは無しでお願いしますね」
「なんでも聞いてください」
ネクタイを緩め、脚を組んだ態度で言ってもね。んー、観念?

「薬使い慣れてるよね?」
ハイ! スタート出来ました。
「…この前、久しぶりに使った」

尋問開始。

「前の…最後に使ったのは?」
「…十年以上前かな。学生の頃使ってた」
カップの縁をつーっとなぞりながらポツポツ。
エロい指してんな。

「犯罪だよね」
ヤバい。
マグを傾ける。
乾いてきてた口に苦みが広がる。

「もう辞めてた」
「よく捕まらなかったね」
暑いな。

「輪姦してないし、やったヤツとは和姦になってるからな」
髪をかきあげる仕草が様になってるね。
一般的には見惚れるのかな?
一応仕事の延長なんですが、なんかオフって感じになってない?

「あの量使ったのは初めてだったよ。ブランクで勘が鈍ったのかと焦った」
傾けられるカップに触れる唇を見てた。

「あっそう。薬効きにくい体質でね」
淡々と語る口調の所為か、ぼんやりしてきてた。
あんた、催眠術師?

「介抱してる内に、効きやすいヤツと様子が似てきたから大丈夫だなと思ったら、ムラッとね」
うわぁ、出たー。いやらしい顔。キライ。
目が覚めた。
ぼんやりが消えた。やっぱキライ。

「辞めた事をまた始めたの? 時効だったのに犯罪なんて割に合わないでしょ?」
もう一口。
苦めに淹れたのにちっとも渋く感じない。

「再びって事は、他にも手を出していくつもり?」
黙って聞いてる。

見詰めてくるなよ。

「生徒に手だす気?」
「それは無い」
速攻で返ってきた。

「全然こっち向いてくれないから盛った」
「はぁ?」
何を言ってます?

「これでも、口説いてたんだけど。先生こっち向いてくれない。だから」
頬杖ついてじっとり見てくる。
なんかいい顔して見てくるけど、やった事の反省とかは?

「えっと…口説かれてた? 私が?」
なんだかこちらが追い詰めてる感じがしてきた。
なにコレ?!

「ほぼ毎日保健室に来る教師いる?」
ニヤッと笑う。
正当化してきた?

「いるんじゃない? コーヒーあるし」
なんか押されてきたな。

確認と釘刺したかっただけなんだけど。

「生徒にはいい顔見せるのに、ちっともその顔を見せてくれない」
当たり前みたいに言ってますけど、やっぱり合わないこの人ぉ!

生徒に魔に手が伸びさえしなければ、それでいい。
生徒たちはこれからの存在。伸び代しかない存在なんだわ。
私の好きな愛おしい存在。

その存在とアンタとじゃ対応違うだろ?!

悪いモノから守りたいと思うのは、至極当然。

確認も済んだ。
さっさとこの話は畳んじゃいましょう。
もう薬は使う気は無いみたいだし。

「比べれないんだけど」
マグを空にして立ち上がった。

「小林先生や南條先生には、普通に接してるのになんで、俺だけ?」
縋りついてくる目。その目!

「小林先生のとこは、気になる生徒が多くてね。南條先生とこは、一人難しい子がいて、南條先生も相談に来てたので。…それだけだけど?」
ああ、畳めるかな。広がってない?

「俺は呼んでくれない」

「ん? もう薬は使わないでね。教師なんだからさ」
ゴリラのカップを引っ込める。

「呼んでよ」
腕を掴まれた。
危ないな。来客用のカップなんですよ。落とすじゃん。
「…危ないから離してくれないかな」
素直に解放してくれた。

「この前みたいに呼んでよ」
ヤバいな。
流しにカップを置きながら、読めるかもとカンペを見るが、薄っすら黒いだけでやっぱり読めん!

小…なんだっけ?

「なんで呼んでくれないんですか?」
抱きついて来ないでぇ。

『大きいけど小』のフレーズでちょっと熱くなってるから。涙目。嫌ぁ。
悪いのは自分なんだけど。泣ける。

後ろからすっぽり抱き込まれた。
何!? このフィット感!
耳に息吹きかけないでぇ。

「先生、辞めてくれませんか?」
声震えてないかな。
「ねぇ」
執拗い! 覚えれぇんだよ。

「薬はもう使わないんですよね?」
「使わない」
「生徒には手を出さないんですよね」
「俺の守備範囲じゃない」

目的は済んだ。

頭の中で素数をと思ったけど、数学そんなに得意じゃなかった。

単位でもと思い浮かべて玉砕した。
だ、か、らー、大きさはダメ!

アカン!
完全に頭ん中ピンクに侵食されてきてる。

「佐々木先生、あんたは身体から落とした方が早そうだ」

なんか囁いてきた。
身長差、否、体格差が憎い。包まれてるからか声が全身に響く。振動が気持ちいい。

「離れて下さい。お話は終わったのでお帰りを」
流しに手をついてなんとか立ってる。
囲われて逃げ場がないじゃんか!

「じゃあ、ここからはプライベートですね」
「職場です」

ぎゅっと抱き込まれた。
腰押し付けて来ないで。
…大きいね…じゃない!

「もう嫌ぁ」
「俺は好きなんですが」
息上がってきた? アカン! アカン、アカン!!
ステイ!!! 私!
ココは職場!
私の神聖な場所!

グッと流しにかけた手に力を入れる。
「昨日みたいに呼んで欲しい…」
その声何?!
心の染み込んでくる……。

流されるな。

身体を捩ると前で拳を作って反対の手で握ると前に伸ばして後ろ向かって肘を素早く打ち込む。
「ぐぅ」
筋肉質でも少しは効くか。
緩んだ腕から素早く蹲んで擦り抜ける。

保健室の後片付けは出来ないけど、明日早くに来よう。

避難訓練さながら、そのまま扉に向かった。
スマホと鍵はいつも身につけてるので大丈夫さ。

「なんで、あんたは!」
扉の鍵に手を掛けようとして空をかいた。
腰に回された腕がびくともしない。
踵で蹴り上げようと脚を振り上げたら、脚を絡ませて、引き倒された。

「括っとかないとダメなのかよ」
「うーーー!」
押さえつけられたり、縛られるのダメなのー!

後ろで手が固定された。
シュッと衣擦れの音がしたから、ネクタイで括られたかも。
あ、まずいな。
気持ちの置き処が不安定だ。
上手く保てない。

来るかも。
来たかも。
来たよ。
あー、もう!!!

息が上手く吸えなる前に。
「あ…ふぅ、先生ぃ、過呼吸、フー、ヒー、なると…思うので、袋を…ヒュー」
もうダメだわ…。

呼吸音で耳の中までいっぱいで……。
なんか言ってるみたいだけど聞き取れないな。
口になんか当ててくれた。
これで楽になるかも。
ちょっと遅かったかな。手足痺れて動けないわ。

拘束は既に解かれてた。

紙袋だ…。

しかし、記憶力いいね、ゴリラ。
あはは、この前エチケット袋作ってた時居たね。材料の紙袋その辺に積んでたけど、ちゃんと見てたのね。

呼吸、楽になったけど、もう疲れた。
汗で気持ち悪いな。

…寝るわ。
もう疲れちゃった。

先生、佐々木先生ってうっせぇわ。

寝かせろ。


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