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番外編
最後の話。
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死の表現があります。
==============
兄さんが逝った。
病気だと分かって、余命宣告なんてものをされたって、実感なく本人から聞かされた。
倫兄ィと今までした事ない事すると宣言すると、精力的に行動して、入院したと思ったらあっという間に逝ってしまった。
余命と言われた期間を過ぎていたから、このまま元気なんじゃないだろうかと錯覚するぐらいに宣告後の余生をにこやかに、日々過ごしていた兄さん。
*****
「倫さん、早期退職するよ。何処か行きたいところない?」
いきなりだった。
普段の優太からは考えられない言葉。話し方。何かあったのだろうけど、何も訊かないでと目が語っていた。
「そうだなぁ。海外でもいい?」
戯けて言ってみる。
パスポートなんて面倒くさいと言うだろうと思ったのに、「分かった。パスポートの作り方教えてくれ。暫く帰宅時間が分からないので、よろしく」と返ってきた。
信じられない。
『国内も行ったところがないのに海外なんて』と言ってた男がどういう風の吹き回しだろう。
「書類貰っとく。必要なのをリスト作っておくよ」
疑問がいっぱいだったが、乗り気なら乗っておこう。
「よろしく」
サバサバとした様子で書斎に入っていった。
入って行った出入り口をぼんやり見ていた。
それから、帰りが遅かったり、出掛けるのが早かったり、出張があったり、パソコン前から離れなかったりとひとり黙々と作業してる。
薬を飲んでる様子に違和感を覚えたが、疲れをとるサプリか何かだと思っていた。
大量のゴミと段ボールが幾つも部屋から出て来た。
今日は一日中部屋と玄関を往復している。
オレはデータを整理しながら、その様子を見ていた。
電話をしてる。
挨拶。
終わりのお別れ。
早期退職ってこんなにお別れチックなんだろうか。
人生の店じまいのようだと思った。
変な感じ……。
段ボールはどこかに送るようだ。
「どこに送るの?」
なんとなく訊いてみた。
「んー、研究を引き継いでくれる人のところと、恩師のところと、資料寄贈かな」
本当に手元に何も残さないらしい。
「ふーん」としか言えなかった。
それから暫く机に向かって手紙を書いてる。
葉書もある。結構な量だ。これまでの交友関係が量に比例してるのだろう。
集中したいだろうから、そっとしておいた。
玄関を開けようとしたら向こうから開いた。
驚いて、邪魔にならないように下がる。
スーツ姿の知らない男が出て来た。
自分の存在に気付くと、軽く会釈をされた。
中に優太がいるのだろうか。中に向かって、お辞儀をしつつ、ドアを閉めた。
再び会釈と共に去っていく。
なんとなくその背中を見送っていた。
その姿が消えても、消えた空間を見つめていた。
携帯の振動でぼんやりしていた事に気づいた。
慌てて、玄関を開けて入った。
「倫さん、指輪を見に行かないか?」
やっと色々済んだのだろう。
スッキリした顔で、久々に二人で食後のお茶をしてると、そんな事を言われた。
返事が出来ない。
じっと優太を見たまま固まっていた。
「喜ぶかと思ったけど、やっぱり用意すべきだったか」
困った顔だが、笑ってる。
マグカップを傾けてる。
「一緒に見に行った方がいいかと思ったんだが」
どうしたんだろう…。
オレはなんて言ったらいいんだろう。
頭が真っ白とはこういう事を言うのだろうか。いっぱいなのに何も掴めない。
いっぱい言いたい言葉が吹き出して来て、収拾がつかない。喉に詰まって出てこない。
「嬉しい。ーーーいつ行く?」
やっと言えたのはコレだけだった。
やる気になってるんだ。気が変わる前に決めてしまおう。前みたいにやめられてはかなわない。慌ててもいたから、声が上擦っていたかもしれない。
頭の中がぐるぐる回ってる。
「明日にでも」
にこやかに静かに言った。
「明日ッ?」
声が跳ねた。
手にしたマグカップを両手で包む。
心がざわつく。
「忙しいんだろ?」
なんでそんなに急ぐ?
「全部終わった。これからは俺の全部は倫の為に、違うな、俺たちの為に使える」
「ーーーーそう…」
身体が冷える。
なんで? なんで? なんで?!
訊けばいいのに、言葉が喉の奥で引っ掛かる。訊いたら、何かが、終わる気がした。そんな気がして、何も訊けなかった。
「どんなデザインがいいとか考えてる?」
思考が後ろ髪を引くが、吹っ切って、明るく訊く。
色々な事を全部ッ棚上げにした!
目の前の楽しい事に全力で挑む事にした。
シンプルが一番だ。
それが一番いいと思った。
「倫と相談したいな」
穏やかな笑顔。メガネの奥の目が優しい。目尻の皺に愛おしさを感じていた。
「ネットで色々見てみる?」
「そうだな」
身体をピッタリくっ付けて、ダブレット画面を見ながら話をした。
いっぱい話した。
こんなに話したのは学生以来かも知れない。
デザインと店を選定。
明日実物を見ながら決める事にした。街ぶらもする。
明日は久々のデートだと思うのに、思った程心躍らなかった。
自分の仕事もセーブする方向であちこち連絡を入れた。
多分コレでいいのだろう。
色違いの指輪。
シンプルなデザイン。
オレが銀色。優太が淡い金色。
長い指に、オレが嵌めた。
先に優太がオレの手を掴むとオレの指にそっと通してくれたから。
ちゃんと測って作った指輪はピッタリ嵌って、しっくり馴染んだ。
空のケースをしまって店を出た。
最近は男性同士でも来る事もあるそうで、奇異な目では見られる事も無かったが、妙にドキドキした。
澄ました顔の優太がよく分からない……。
「パスポートの手続きについて来て欲しんだけど…」
バツ悪そうの頬を掻きながら、手の書類が入ったファイルを持ってる。
「いいよぉ~」
出来るだけ明るく応える。
胸が苦しい。
指輪を無意識に触っていた。
*****
倫さんが苦しそうだ。
原因は分かってる。
俺が良くないって事ぐらい分かっている。
俺が話すのを待ってるんだと思う。
否、訊きたいけど、何を訊いていいか分からなくなってるのかも知れない。
俺がきちんと話さないのが悪い。
パスポートの申請を終えて、ホテルのラウンジでお茶をしていた。
言うなら、今しかないだろう。
「倫さん、話がある」
コレで十分だったようだ。空気が張り詰める。
じっとこちらを見て、聴く体勢がとられた。
フッと軽く息を吐いた。
「俺、人生の終わりを先日宣告されました」
ここで一旦言葉を切った。
言葉は返って来ないが、彼の中で反芻されているようだ。
「残りの時間を倫と過ごしたいと思ってる。やりたい事、したかった事、全部しよう?」
「優太……。お前は、お前は、、、一方的に。なんなんだよ」
絞り出すように紡ぎ出される声は震えていた。
怒ってる。
やっぱり倫さんだ。
「ひとりでなんもかも背負いやがって、結果だけ。あー、コレはオレか。こんなやり返しって、バッカじゃない? もうバカだよッ」
両手で顔を覆ってしまった。
下を向いてるが、泣いてるのは分かる。
場所が場所だけに、おいおいと泣く訳ではなく、静かに泣いていた。
怒ってる。泣いてる。
肩が小さく、細かく、震えていた。
家の方が良かっただろうか。
帰ったら、また話せない自分がいる気がする。
家だったら殴られてたかな。
狡い男ですまない。
どれぐらい経っただろう。
漸く倫が動いた。
掌で涙を拭ってる。
そっとハンカチを渡した。
受け取ってパンと広げて、顔全体を拭いてる。
くしゃくしゃになったのを畳んで、鼻に当てると思いっきり、かんだ。
ブーブーと派手に音を立ててる。
周りの注目を集めてしまったが、すぐに視線が離れた。
「いつまでなんだよ。お前の時間」
「1年かな?」
「治療は?」
「手は尽くすらしいけど、無理っぽいね」
「セカンドオピニオンは?」
「したよ。俺だって、足掻きたい」
「そうか。ーーーーアメリカ行こうか?」
「ーーーずっと?」
「ちょっと行って、連れて行きたいところ連れ回すッ。合わせたい人に合わせる。食べさせたいもの……一緒にしたい事するッ」
ニシッと笑ってくれた。
嗚呼、倫だ。
無理させてる気はするが、時間は限られてるのなら、コレはありがたい。
「あっ。その前に、真司くんとかにはもう言ってるのか?」
顔を赤くして慌ててる。
自分の事ばかりに気がいってた事に気づいたのだろう。
気遣いの男だな。本人は無意識にやってるからな。
「ありがとう。大丈夫。全部話した。倫を最後にして申し訳ない」
頭を下げた。
多分家では話せなかった。
何度かチャレンジはしていたのだが、どうしても出来なくて、延び延びになってしまってた。
膝の上の拳がそっと温もりに包まれた。
真新しい指輪が光ってる。
残してやれるのはコレだけだ。
弁護士に遺言書を託した。家族にも話した。
真司は倫の事を気にかけてくれるだろう。
倫もひとりではない。仕事関係など交友関係は俺の比じゃない程幅広い。
俺が居なくなっても寂しくないだろう。
俺の心残りを無くして生きたい。
最期の我が儘…と言うヤツだな。
「一緒に過ごそう」
倫の静かな声。
言いたい事が山ほどあるだろうに、全部飲み込んで、俺の我が儘に付き合ってくれる。
やっぱり、倫さんは、倫さんだ。
「この奥にチャペルがあるんだが、「流石に恥ずいわ。宝飾店でオレの羞恥心限界ッ」
被せられた。
「帰ろう。チャペルは行きたいところがあるから、タキシードで決めて、写真も撮るよ」
手を握られ、引っ張られる。
「それは…」
さっきまで随分恥ずかしい事をしていた自分だったが、提案には尻込みしてしまった。
「オレだってしたい事あるッ」
強い目力に押されながら、頷いた。
*****
レンズの向こうに見えない姿を探す。
優太はあの部屋に引き続き住めるように手続きしていた。
オレは引っ越す気でいたから、葬式の後に来た弁護士に聞かされながら、ゆっくり気持ちを整理していいんだと、静かに感謝した。
随分と思い出を残してくれた。
余命宣告なんて、冗談じゃないかと思うほど、何年も延長された。
あちこち行った。
色々した。楽しかった。
言い合いもした。腹も立った。
首からかけたチェーンに通した優太の指輪。指で摘み撫でる。
癖になってるようだ。
シャツの下になってるから、布の上から触ってたのだろう。指摘されて気づいた。
お別れしてから随分になるのに、まだ探してる。
弁護士はいつか玄関で見送ったスーツの男だった。
オレたちの関係をとやかく言う事なく淡々と処理してくれた。
オレが穿った見方をしていたかも知れない。弁護士は、ただ仕事をしただけなのだ。
いいじゃないか。
この指輪だけで十分だよ。
オレの指に初めて嵌めたあの時、僅かに震えていた指を手を鮮明に覚えている。
一世一代の優太の勇気がコレに詰まってる。
いっぱい写真撮って、いつか、そっちに行った時、笑って話が出来たらいいな。
精一杯、生きてやるから心配すんな!
============
本当は『最期』とするところなんでしょうけど、この字は使いたくなかった。
んー、なんというか、二人の時間は並んでたのが、最後になったけど、倫が生きてる間は、彼の中で優太は生きてて、ある意味二人の時間はまだ最期じゃないってところでしょうか。
でも、区切りはついてしまって、また離れ離れだけど、と倫は思ってるかもですね。
彼は生き切って、みんなにさよならを言って欲しいですね。
「バッカじゃない」は倫が激昂した時に出てしまう言葉です。優太にしたら、高校ぶりの言葉に懐かしさもあったかも。
読んでくれてありがとうございます。
長くなってしまいました(⌒-⌒; )
書き手は最後じゃなかったりします。この後もポツポツ彼らのエピソードを書いていこうかなと思ってますよ。
==============
兄さんが逝った。
病気だと分かって、余命宣告なんてものをされたって、実感なく本人から聞かされた。
倫兄ィと今までした事ない事すると宣言すると、精力的に行動して、入院したと思ったらあっという間に逝ってしまった。
余命と言われた期間を過ぎていたから、このまま元気なんじゃないだろうかと錯覚するぐらいに宣告後の余生をにこやかに、日々過ごしていた兄さん。
*****
「倫さん、早期退職するよ。何処か行きたいところない?」
いきなりだった。
普段の優太からは考えられない言葉。話し方。何かあったのだろうけど、何も訊かないでと目が語っていた。
「そうだなぁ。海外でもいい?」
戯けて言ってみる。
パスポートなんて面倒くさいと言うだろうと思ったのに、「分かった。パスポートの作り方教えてくれ。暫く帰宅時間が分からないので、よろしく」と返ってきた。
信じられない。
『国内も行ったところがないのに海外なんて』と言ってた男がどういう風の吹き回しだろう。
「書類貰っとく。必要なのをリスト作っておくよ」
疑問がいっぱいだったが、乗り気なら乗っておこう。
「よろしく」
サバサバとした様子で書斎に入っていった。
入って行った出入り口をぼんやり見ていた。
それから、帰りが遅かったり、出掛けるのが早かったり、出張があったり、パソコン前から離れなかったりとひとり黙々と作業してる。
薬を飲んでる様子に違和感を覚えたが、疲れをとるサプリか何かだと思っていた。
大量のゴミと段ボールが幾つも部屋から出て来た。
今日は一日中部屋と玄関を往復している。
オレはデータを整理しながら、その様子を見ていた。
電話をしてる。
挨拶。
終わりのお別れ。
早期退職ってこんなにお別れチックなんだろうか。
人生の店じまいのようだと思った。
変な感じ……。
段ボールはどこかに送るようだ。
「どこに送るの?」
なんとなく訊いてみた。
「んー、研究を引き継いでくれる人のところと、恩師のところと、資料寄贈かな」
本当に手元に何も残さないらしい。
「ふーん」としか言えなかった。
それから暫く机に向かって手紙を書いてる。
葉書もある。結構な量だ。これまでの交友関係が量に比例してるのだろう。
集中したいだろうから、そっとしておいた。
玄関を開けようとしたら向こうから開いた。
驚いて、邪魔にならないように下がる。
スーツ姿の知らない男が出て来た。
自分の存在に気付くと、軽く会釈をされた。
中に優太がいるのだろうか。中に向かって、お辞儀をしつつ、ドアを閉めた。
再び会釈と共に去っていく。
なんとなくその背中を見送っていた。
その姿が消えても、消えた空間を見つめていた。
携帯の振動でぼんやりしていた事に気づいた。
慌てて、玄関を開けて入った。
「倫さん、指輪を見に行かないか?」
やっと色々済んだのだろう。
スッキリした顔で、久々に二人で食後のお茶をしてると、そんな事を言われた。
返事が出来ない。
じっと優太を見たまま固まっていた。
「喜ぶかと思ったけど、やっぱり用意すべきだったか」
困った顔だが、笑ってる。
マグカップを傾けてる。
「一緒に見に行った方がいいかと思ったんだが」
どうしたんだろう…。
オレはなんて言ったらいいんだろう。
頭が真っ白とはこういう事を言うのだろうか。いっぱいなのに何も掴めない。
いっぱい言いたい言葉が吹き出して来て、収拾がつかない。喉に詰まって出てこない。
「嬉しい。ーーーいつ行く?」
やっと言えたのはコレだけだった。
やる気になってるんだ。気が変わる前に決めてしまおう。前みたいにやめられてはかなわない。慌ててもいたから、声が上擦っていたかもしれない。
頭の中がぐるぐる回ってる。
「明日にでも」
にこやかに静かに言った。
「明日ッ?」
声が跳ねた。
手にしたマグカップを両手で包む。
心がざわつく。
「忙しいんだろ?」
なんでそんなに急ぐ?
「全部終わった。これからは俺の全部は倫の為に、違うな、俺たちの為に使える」
「ーーーーそう…」
身体が冷える。
なんで? なんで? なんで?!
訊けばいいのに、言葉が喉の奥で引っ掛かる。訊いたら、何かが、終わる気がした。そんな気がして、何も訊けなかった。
「どんなデザインがいいとか考えてる?」
思考が後ろ髪を引くが、吹っ切って、明るく訊く。
色々な事を全部ッ棚上げにした!
目の前の楽しい事に全力で挑む事にした。
シンプルが一番だ。
それが一番いいと思った。
「倫と相談したいな」
穏やかな笑顔。メガネの奥の目が優しい。目尻の皺に愛おしさを感じていた。
「ネットで色々見てみる?」
「そうだな」
身体をピッタリくっ付けて、ダブレット画面を見ながら話をした。
いっぱい話した。
こんなに話したのは学生以来かも知れない。
デザインと店を選定。
明日実物を見ながら決める事にした。街ぶらもする。
明日は久々のデートだと思うのに、思った程心躍らなかった。
自分の仕事もセーブする方向であちこち連絡を入れた。
多分コレでいいのだろう。
色違いの指輪。
シンプルなデザイン。
オレが銀色。優太が淡い金色。
長い指に、オレが嵌めた。
先に優太がオレの手を掴むとオレの指にそっと通してくれたから。
ちゃんと測って作った指輪はピッタリ嵌って、しっくり馴染んだ。
空のケースをしまって店を出た。
最近は男性同士でも来る事もあるそうで、奇異な目では見られる事も無かったが、妙にドキドキした。
澄ました顔の優太がよく分からない……。
「パスポートの手続きについて来て欲しんだけど…」
バツ悪そうの頬を掻きながら、手の書類が入ったファイルを持ってる。
「いいよぉ~」
出来るだけ明るく応える。
胸が苦しい。
指輪を無意識に触っていた。
*****
倫さんが苦しそうだ。
原因は分かってる。
俺が良くないって事ぐらい分かっている。
俺が話すのを待ってるんだと思う。
否、訊きたいけど、何を訊いていいか分からなくなってるのかも知れない。
俺がきちんと話さないのが悪い。
パスポートの申請を終えて、ホテルのラウンジでお茶をしていた。
言うなら、今しかないだろう。
「倫さん、話がある」
コレで十分だったようだ。空気が張り詰める。
じっとこちらを見て、聴く体勢がとられた。
フッと軽く息を吐いた。
「俺、人生の終わりを先日宣告されました」
ここで一旦言葉を切った。
言葉は返って来ないが、彼の中で反芻されているようだ。
「残りの時間を倫と過ごしたいと思ってる。やりたい事、したかった事、全部しよう?」
「優太……。お前は、お前は、、、一方的に。なんなんだよ」
絞り出すように紡ぎ出される声は震えていた。
怒ってる。
やっぱり倫さんだ。
「ひとりでなんもかも背負いやがって、結果だけ。あー、コレはオレか。こんなやり返しって、バッカじゃない? もうバカだよッ」
両手で顔を覆ってしまった。
下を向いてるが、泣いてるのは分かる。
場所が場所だけに、おいおいと泣く訳ではなく、静かに泣いていた。
怒ってる。泣いてる。
肩が小さく、細かく、震えていた。
家の方が良かっただろうか。
帰ったら、また話せない自分がいる気がする。
家だったら殴られてたかな。
狡い男ですまない。
どれぐらい経っただろう。
漸く倫が動いた。
掌で涙を拭ってる。
そっとハンカチを渡した。
受け取ってパンと広げて、顔全体を拭いてる。
くしゃくしゃになったのを畳んで、鼻に当てると思いっきり、かんだ。
ブーブーと派手に音を立ててる。
周りの注目を集めてしまったが、すぐに視線が離れた。
「いつまでなんだよ。お前の時間」
「1年かな?」
「治療は?」
「手は尽くすらしいけど、無理っぽいね」
「セカンドオピニオンは?」
「したよ。俺だって、足掻きたい」
「そうか。ーーーーアメリカ行こうか?」
「ーーーずっと?」
「ちょっと行って、連れて行きたいところ連れ回すッ。合わせたい人に合わせる。食べさせたいもの……一緒にしたい事するッ」
ニシッと笑ってくれた。
嗚呼、倫だ。
無理させてる気はするが、時間は限られてるのなら、コレはありがたい。
「あっ。その前に、真司くんとかにはもう言ってるのか?」
顔を赤くして慌ててる。
自分の事ばかりに気がいってた事に気づいたのだろう。
気遣いの男だな。本人は無意識にやってるからな。
「ありがとう。大丈夫。全部話した。倫を最後にして申し訳ない」
頭を下げた。
多分家では話せなかった。
何度かチャレンジはしていたのだが、どうしても出来なくて、延び延びになってしまってた。
膝の上の拳がそっと温もりに包まれた。
真新しい指輪が光ってる。
残してやれるのはコレだけだ。
弁護士に遺言書を託した。家族にも話した。
真司は倫の事を気にかけてくれるだろう。
倫もひとりではない。仕事関係など交友関係は俺の比じゃない程幅広い。
俺が居なくなっても寂しくないだろう。
俺の心残りを無くして生きたい。
最期の我が儘…と言うヤツだな。
「一緒に過ごそう」
倫の静かな声。
言いたい事が山ほどあるだろうに、全部飲み込んで、俺の我が儘に付き合ってくれる。
やっぱり、倫さんは、倫さんだ。
「この奥にチャペルがあるんだが、「流石に恥ずいわ。宝飾店でオレの羞恥心限界ッ」
被せられた。
「帰ろう。チャペルは行きたいところがあるから、タキシードで決めて、写真も撮るよ」
手を握られ、引っ張られる。
「それは…」
さっきまで随分恥ずかしい事をしていた自分だったが、提案には尻込みしてしまった。
「オレだってしたい事あるッ」
強い目力に押されながら、頷いた。
*****
レンズの向こうに見えない姿を探す。
優太はあの部屋に引き続き住めるように手続きしていた。
オレは引っ越す気でいたから、葬式の後に来た弁護士に聞かされながら、ゆっくり気持ちを整理していいんだと、静かに感謝した。
随分と思い出を残してくれた。
余命宣告なんて、冗談じゃないかと思うほど、何年も延長された。
あちこち行った。
色々した。楽しかった。
言い合いもした。腹も立った。
首からかけたチェーンに通した優太の指輪。指で摘み撫でる。
癖になってるようだ。
シャツの下になってるから、布の上から触ってたのだろう。指摘されて気づいた。
お別れしてから随分になるのに、まだ探してる。
弁護士はいつか玄関で見送ったスーツの男だった。
オレたちの関係をとやかく言う事なく淡々と処理してくれた。
オレが穿った見方をしていたかも知れない。弁護士は、ただ仕事をしただけなのだ。
いいじゃないか。
この指輪だけで十分だよ。
オレの指に初めて嵌めたあの時、僅かに震えていた指を手を鮮明に覚えている。
一世一代の優太の勇気がコレに詰まってる。
いっぱい写真撮って、いつか、そっちに行った時、笑って話が出来たらいいな。
精一杯、生きてやるから心配すんな!
============
本当は『最期』とするところなんでしょうけど、この字は使いたくなかった。
んー、なんというか、二人の時間は並んでたのが、最後になったけど、倫が生きてる間は、彼の中で優太は生きてて、ある意味二人の時間はまだ最期じゃないってところでしょうか。
でも、区切りはついてしまって、また離れ離れだけど、と倫は思ってるかもですね。
彼は生き切って、みんなにさよならを言って欲しいですね。
「バッカじゃない」は倫が激昂した時に出てしまう言葉です。優太にしたら、高校ぶりの言葉に懐かしさもあったかも。
読んでくれてありがとうございます。
長くなってしまいました(⌒-⌒; )
書き手は最後じゃなかったりします。この後もポツポツ彼らのエピソードを書いていこうかなと思ってますよ。
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