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二人っきり
第3話
しおりを挟む晴れ。
登山、否、遠足日和だな。
最寄り駅の改札が見える位置で待つ。
倫は、たぶん次の電車で来るはず。
服装は動きやすいモノでいいと書いたけど、いつものダボっとしたのだとちょっと山道は浮くかも。
動きやすそうではあるけど、ヒモとか色々付いてるのも着てたな。
引っ掛けたら危ないな…。
極々普通のシャツに、この前着てたスタジャンとスタンダードのGパンでいいんだが。
ま、倫もその辺は考えるだろう。
電車着たね。
登山客らしい乗客がパラパラと降りてきた。
流れる人をぼんやり見送っていると、倫によく似た可愛らしい高校生が降りてきた……。
ん???
!
えっ! 倫?!
◇◇◇
登山か。
……小学生の遠足クラスの山ね。
メールを見ながら、明日の支度をする。
鞄は今日の掃除で出てきたリュックにするのは決めた。小ぶりで使い勝手は良さそうだ。
カメラバッグは全部処分したと思ってた。
たぶんコレはなんとなく取っておいたんだろうな。
処分し損ねただけかもしれないか。
服も懐かしいトレーナーが出てきたのでコレ。
着てみたら、昔ダブダブだったのがちょっと縮んでた。
あー、オレが大きくなっただけか。
下はバギーパンツとかはダメな気がする。
ダメージのじゃないGパンが出てきてたな。
靴はいつも履いてるスニーカーでいいね。
準備出来た。
なんか疲れた。
早く寝よ。
母さんには出掛ける事は伝えてたけど、朝ご飯食べてたら、箱を渡された。
「優太くんと食べて。遠足にはお弁当でしょ?」
なんだか母さんまでウキウキ?
ニコニコしてお礼言ってたら、父さんが羨ましいって言ってた。
知らんがな。
父さんも母さんも出勤。
見送って出掛ける準備。
ガス、水道、電気、戸締りチェック。
玄関締めて…ヨシ!
鍵っ子だったから、いつもやってたんだよな。
覚えてるもんだ。
マンションに戻ったら、ちゃんとしようかな。
電車に揺られ、指定された集合場所へ。
改札出たら、既に優太が待ってた。
集合時間前なんですけど……。優太いつ来た?
ま、いいか。
◇◇◇
「えーと、か…(可愛いは違うな)この前着てたスタジャンとかでも良かったんだけど」
「えーっ、コレ可愛くない?」
背負ってたリュックを下ろして自分に渡すと、クルンと回ってフードを被る。
可愛いでよかったのか?!
その耳は、何ィ?!
「懐かしいの出てきたからさ。この耳良いだろ?」
フードについた丸っこい出っ張りを、ぽむぷむ触ってる。
鮮やかなオレンジ色のクマさんトレーナー……確か…高校の時、着てたな。
少し色褪せてるけど、まだ明るい色合いだ。
ちょっと気が遠くなる。
「優太?」
倫が心配そうに見てる。
「可愛いな。懐かしいよ」
「着てきて良かったぁ」
笑ってくれた。
……可愛いのか?!
えーと、170超えた男が着て……可愛いな!
倫が細身だからか?
意外に筋肉質でがっちりしてるんだが、似合うんだね。
リュックを背負わせて、フードを外す。
うん、フードさえしてなければ、普通のトレーナーです。
「行こっか?」
「うん! この袖縮んじゃってさ」
袖を伸ばすと手の甲が隠れて指が見えてるだけだ。
高校時は確か全部隠れてて、袖ぶらぶらさせてたな。
「あの頃より背が伸びたんだな。当たり前か」
身長差がほぼ変わらなかったから実感がなかったが、自分もあれから少しずつ伸びてる。そろそろ止まったかな。
肩を並べて、話しながら登山口を目指し歩く。
「卒業してから大学入るまでに、急に伸びてあちこち痛かったよ。あれだね。入試のストレスで止まってたんだよ。短期で伸びると頭に色々打つかって地味に痛いし困るんだよな」
倫は、楽しそうに喋ってりる横で、俺は心踊っていた。
「そうなの?」
「そうなんだよねぇ。今まで屈まなくても通れたところが、ちょっと屈まないと接触するの。目の高さもちょっと変わるの。日に日に変わるからさ。慣れるまで困った」
楽しそうに頭を触って再現して、身振り手振りで喋ってる。
全然困ったり大変そうには聞こえない。
「それでさ、母さんが服ダメにならなくて良かったとか言っててさ。オレ的には着れなくなってるのに、ピッタリでいいじゃんとか言ってくるしぃ」
真司も急に伸びるからってサイズ大きいのを前もって買ってたな。
買うサイズと量はギャンブルだっておふくろ言ってた。
「おばさんの言ってる事分かるよ」
「えーーーっ」
心底理解出来ないというか顔をしている。
登山口に到着。
と言っても『登山口』の看板があるだけ。
住宅が並んだアスファルトの坂道を登って行くだけで、登山?と疑問に思う景色だ。
木が多くなったので、山に入ったんだなとは思うが。
隣で思い出話を次々喋る倫の足が鈍くなってきた。
あ、そうだった。
手に持ってたコンビニ袋に入ったペットボトルを取り出す。
「喋りすぎ」
渡した。
えへへと受け取ると、くぴくぴとお茶を流し込んでる。
クマさんで渡すの忘れてたよ。
濡れる唇と動く喉に目を奪われていた。釘付けだ。
さ、触りたい。
い、いかん!
ちょっと暑くなってきたかな。
上着にしてるネルシャツの袖を捲る。
「坂道結構キツイのな」
ボヤく倫の横を小さな子供が駆けて行く。
「倫が喋り過ぎてペース崩してるだけだよ」
駆けて行く子どもの背を見送りながら「そっかー」と呟いてる。
「のんびりで良いじゃん。で、山口がどうしたって?」
「そうそう…で、山口が、こーんな顔して……」
また話し始めた。
思い出話も落ち着いて、周りの景色の話になり出した。
住宅も消えて、山道になってきた。
「『筍とるな』だって」
ロープに手書きの板が下がっている。
ロープの奥は森の中って感じだが、竹藪でもあるんだろうか。
「私有地なんだろうな」
「持ち主が採りに行ったら無くなってるのは泣けるもんな。あの文字って、こう……おどろおどろしいものがあるよな」
「確かに目を引いたな」
確かにあの文字から怨念めいたモノが醸し出されていて……。
「そんだけの筍ってどんなのかなぁ」
「おいおい…」
なんだかちょっと見てくるって言いそうで肝が冷えた。
地主さん、別な泥棒が釣れそうですよ……。
石や木で階段状に整備された道登って行くと、頭の上を覆っていた木の枝がなくなって空が見えてきた。
土が削れて窪みが幾つも連なって斜面が造られている。
皆が黙々と登っている。
黙々は大人だけだ。
子どもたちの騒ぐ声が聞こえる。
隣の倫が汗を拭っていた。
こめかみを汗がツーっと……。
その汗舐めていいですか?
……はっ! 別な事を考えよう。
子どもたちがズルッと滑りながらも駆け上がって行く。
横を駆け上がって行く姿に真司を重ねてた。
今頃は学校で勉強中か。
ちゃんと席座ってるとか。しかも出来が良いのだと親父が言ってた。
座ってるのは、あの落ち着きを見たら理解出来るが、頭の出来はもう少し客観的に見てみたいな。
「優太って子ども好き?」
「にゃん?」
変な反応してしまった。
完全に油断した。
『なんで?』って言いたかっただけなのに噛んだよぉ。
「にゃー」
倫は招き猫みたいに手をくねくねさせて笑ってる。
「ああ、弟の小さい頃を思い出してた。年離れてるから、赤ん坊の時からしっかり覚えてる」
「今いくつ?」
「八歳かな。小ニだ」
「え……」
「十二離れてる。オムツも替えたぞ」
「オレって優太の事なんも知らなかったんだな」
しょんぼりする倫。
しまった!
「真司の事は周りに話いてないから、誰も知らないよ」
慌てて言い募る。
高校で知ってるのは中学の時一緒だったヤツぐらいだ。
「しんじ?くんに会いたい!」
「い、いいよ」
押されて勢いで返事をしてしまった。
一応、昨日泊まりも含めて連れて来るかもとは話した。真司も納得してた。
「優太にそんな顔させる弟くんって、シンジくんってどんな子か気になるよ」
どんな顔してんだ?
自分の顔を触ってた。
そろそろ山頂か。
お寺があった。
大半がそちらへ流れて行く。
この登山はここへのお参りが主な人がほとんどだ。
更に上に向かう道がある。
そっちが山頂への順路である。
急に眼前が広がる。
街が一望できる。
気分いいな。
風に吹かれて風景に目を奪われてると、隣にいたはずの倫を見失ってた。
オイオイ、お前は真司か!と心中で愚痴りながら探索してると、オレンジ色を見つけた。
見知らぬ男の横でニコニコしてる。
「すみません。ーー倫、困ってるだろ」
フードを掴むと引き剥がした。
「大丈夫ですよ。ーー良かったらご一緒にどうですか?」
簡易コンロで湯を沸かして…。
コーヒーを淹れようとしてるみたいだった。
ちょっと興味が出たが、初対面の人と……迷ってると、
倫が「いいんですか?」と進められるまま座る。
仕方がないと座った。
湯が沸く様子を見たり、豆を挽く音を聴いてると心が落ち着く。
倫がリュックの中身をホイホイと渡してくる。
カメラバッグの説明をしてる。
倫は意識しているのかしてないのか、誰にでもグイグイ入っていく。
不思議と嫌われずに受け入れられる。
男は話を聞きながら、ドリップの準備をしてる。
倫の相手をしながら手を動かす様子に何か慣れたものを感じる。
あの手どっかで見た事あるような…。
倫に箱を渡される。
受け取ると、今度は先に渡していた荷物を取っていく。
ちょっとプチパニックだ。
お手玉をしてる緊張感の中、荷物を渡していく。
箱の中はサンドイッチらしい。
ドリップされて香りが周りに漂う。
緊張感がとれて、湯を落とす手と横顔を見ていて思い出した。
コーヒーの香りが漂ってた保健室。
あの時の……。
倫はその男と話が弾んでた。
「オレんとこじゃないわ。優太んとこじゃね?」
突然話を振られる。
どうもウチの中学の先生かどうか聞かれたようだ。
さっき思い出したよ。
「うん。ーーその節はどうも」
嫌な記憶だ。
「ああ、あの時の……臨時だったからあれくらいしか出来なかったよ」
あちらも覚えてたようだ。
「知り合い? 優太ぁ、ちゃんと挨拶しないとぉ」
倫にかかると、なんか気が抜けるな……。
「丸く収まったみたいでよかったよ」
俯き加減で表情が読みにくい。
「なんかあったの?」
どう説明したらいいか……。
悩んでると、「どうぞ」とカップを渡された。
いい香りだ。
俺も挽いてみようかな。
「いただきます」
「いっただきまーす」
隣でふぅーふぅーしてる。
可愛いな。
一口含んで、香りと舌を刺激する苦味と酸味を堪能してると視線を感じて顔を向ける。
じっと保健の先生が俺を見てる。
見てる?
先生の視線がツツーッと倫に移る。
釣られて見て……。笑えるよ。
苦かったか!
ボディバックから氷砂糖の袋を取り出して、小さいのを選んで、小さく震えて固まる倫に身体を寄せると「子ども舌」と言って一粒、カップに落とした。
睨む倫が可愛い。
このままキスしたい気分だ。
カップを取ると中の液体をちょいと反動をつけて回して再び渡した。
「ありがとう」
「どういたしまして」
ああ、可笑しい!
顔に出さないように。心の中は大爆笑だった。
可愛いな!
ぐりぐり撫で回したい!
「苦かったか」
保健の先生も微笑んでる。
和みますよね。
「とても美味しいです」
と返せば、倫が「美味しいですよ!」とニッコリ。
無理しない。
気を取り直した倫は、膝の箱を開けてサンドイッチを勧めてた。
豆やコーヒーミルの事を教えて貰えた。
参考にしよう。
先生と別れる頃には、嫌な苦々しい気分だったのが霧散していた。
今の空の高さの様な澄んだ気分だった。
下りはあっという間だった。
「膝ガクガクぅ」
駅のベンチに座った倫が笑ってた。
大きいヘッドホンをした学生風の男が目の前を通り過ぎた。
「あ! CD!」
突然、大きな声。
CDがどうした?
何を思い出したんだよ。
「CD?」
「昨日片付けしてた時無かったんだよ。優太に貸したCD返して?」
一気に言葉が打つかってくる。
「ちょ、ちょっと待って…」
怒涛の言葉に混乱。
CD? 借りてた? んーーー?
ーーーーお? おお! あったな!
薄っすら、遠くに薄っすら思い出した。
「高三の秋頃借りてたかな。ーーーー返しそびれた……な」
色々あったな。
「な? あっただろ? 返してぇ」
畳み込んでくる。
「分かった。返すよ。明日、家に取りにこいよ。探しとくから」
上機嫌だ。
機嫌の良い倫を見るのは気分が高揚する。
「うん、今からゲーセン行かない? 腹も減ったしジャンク食べたいな。あそこのフードコートとかどうなってるかな」
スマホを出してどっかにメール出してるみたいだ。
脚をパタパタしてる。
足は大丈夫みたいだな。
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もう行き先は決まったらしい。
こちらもおふくろに電話。
今の時間はメッセージ系は見れないから、確実に捕まる電話。もし繋がらなくても留守電に残せば、こちらの方が確実だ。
高校の止まった時間を取り戻すみたいに、俺も倫もはしゃいでた。
肩を寄せ合って遊んでるとあの頃に戻った気分だった。
モール内の雑貨店でコーヒーミルをいくつか見てみた。
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