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二人っきり
【小休止】ある保健師の憂鬱
しおりを挟む久しぶりにこの中学にやって来た。
前回が産休の代打での短期採用だったけど、記憶に残る生徒がいた中学校だ。
あの生徒は今…大学生ぐらいかな?
自分も歳を取るはずだ。
最近肩凝りが酷くって…。
校長に挨拶して職場の保健室に。
校長は変わっていたが、保健室は変わってなかった。
おばさん先生がすまなそうに迎えてくれた。
「正式な赴任前に来てもらって悪いわね。引き継ぎもあるけど、私も常に来れるか分からなくなってね。助かるわ」
事前に、妊婦の娘さんが体調を崩して付き添いをしたい旨の要望が出たとかで、打診が来たのだった。
「ここは以前に居たことも有りますし。長く住めそうな場所が出来て嬉しいので、お気遣いなく。ーーーよろしくです」
やっと巡って来た正規採用だ。
握手して、早速、書類の引き継ぎ作業に入った。
四月までは待機扱いだ。
さて、引っ越しの後片付けとかするか。
スーパーとか変わりないかな。
学校から最寄りの駅までぶらぶら歩いていると、背の高い男とすれ違った。
黒いコートがよく似合う男だな…。
はて…?
メガネの…どっかで会った…?
振り返ってその背中を見ながら、どこか引っ掛かる思いに首を傾げる。
電車で揺られ、これから住む町での生活準備をあれこれ考えていた。
そういえば、あの体育教諭は別の市の方に異動なったとかで、もう二度と会うこともなさそうだ。どうもあの先生は苦手だった。
手が千切れるかって程買ってしまった。
買いすぎだ。
調子に乗った。
部屋で荷物を振り分けながら、唐突に、思い出した。
嗚呼! あの生徒か。
再び手を動かす。
……大きくなったなぁ。
近場に軽装で行ける山があると聞いた。
登山か。
久々にリュックを引っ張り出した。
先日購入した豆を持って行こう。
いそいそと準備した。
来て良かった。
街が一望出来る。
座り込むと簡易コンロを出して湯を沸かす。
豆を挽いてコーヒーの準備。
「へー。そうやって挽くんですね」
景色を見ながら、ゴリゴリ挽いてたら、いつ来たのか隣に茶髪の人懐こそうな男がいた。
手は止めなかったが、びっくりした。
ニコニコして手元を見ている。
近いな。
この男パーソナルスペースどうなってるんだ?
困惑してしまう。
ハンドルを回してた手が止まってしまった。
「あっ。こんにちはぁ」
挨拶された。
今か?!
挨拶忘れてた、てへ。
って心の声が聞こえそうだ。
この男は、なんだ??
心もオープンか?!
「すみません。ーー倫、困ってるだろ」
追いかけて来たと思われる男に首根っこ掴まれて、引き離してくれた。
おー、見事な膨れっ面。
「大丈夫ですよ。ーー良かったらご一緒にどうですか?」
水と豆をちょっいと足す。
カップは余分に持って来ている。
こういう出会いも好きな事のひとつだ。
「いいんですか?」
倫と呼ばれた男は前のめりだ。こちらが嬉しくなるぐらいの笑顔。心が和らぐ。
「いいよ。こっちどうぞ」
座る場所を示せば、ストンと横に座った。
その横に渋々といった感じで背の高い男も座る。
二人とも登山に来ましたと言った服装ではなかった。
長身の方はタウン着でも通用するハイネック長袖にネルのシャツを合わせて、下は黒のGパンだ。
倫くんに至ってはトレーナーにGパン。高校生だろうか?
二人とも足元はスニーカーだった。
ここは、小学生が遠足にも使われる参道にもなってるハイキング程度の山だから、十分な格好とも言えるかな。
倫くんは、四角いリュックを下ろして足元に置く。
「そのリュック変わってるね」
ハンドルを回しながら、話を振った。本当に変わった感じがする。
「カメラ専用のなんですよ」
へー、カメラ専用のリュックなんてあるんだ。
「へぇ。カメラするの?」
挽き終わった豆をフィルターへ。
「えへへ。カメラは入ってないんですよぉ。前やってたんですが、こういうのいくつかあったんですけど、なんとなくこれだけ残っちゃってて。ーーこれね。中に動く仕切りが付いてたり階層になってたりで、結構面白いんですよ」
よく喋る。
荷物をごそごそ出して、相方にポンポン渡して中を私に見せてくる。
確かにマジックテープで止まる仕切り板が付いている。
面白いな。
「あっ、サンドイッチあったんだ」
下の段に箱が入ってた。
取り出すと相方に渡して、先に渡してたのを回収してしまっていく。
相方の男は無言だ。器用なヤツだな。
テキパキとリュックに吸い込まれて行くのを見ながら、湯を落としていく。
相方は器用に荷物を下に置く事なく追加された荷物にも奪われいかれるのもバランスを崩す事なく対応している。
表情変わんないから怒ってるのかと思ったがそうでもなさそうだ。
「えーと、大学生?」
「はい。まとまった休みが取れたんで帰省中です」
え?! 確認しといてなんなもだけど、大学生なの?
「そうか。地元こっちか。じゃあ中学で合ってるかもね」
なんとなく口をつく。
普段はこんな事言わないんだが、なんとなく…。
「中学の先生なんですか?」
ぽわぽわした空気感。
「んー、保健の先生だよ」
この空気感が口を軽くさせるのかも知れないな…。
じーっと顔見て来た。
近いな。
やっぱりこの男、距離感がちょっと…。
「オレんとこじゃないわ。優太んとこじゃね?」
隣の男にニコニコと話を向ける。
「うん。ーーその節はどうも」
静かな声。
声変わりしてしまっているが、話し方に引っ掛かった。
ハッとした。
この前の黒いコートの印象が強かったから気づかなかった。
「ああ、あの時の…臨時だったからあれくらいしか出来なかったよ」
ぐわっと頭の中に思い出した情景。
「知り合い? 優太ぁ、ちゃんと挨拶しないとぉ」
挨拶は大事だけどね。なんだろう。人懐っこい子だな。
「丸く収まったみたいでよかったよ」
あの後、担任だったかが教えてくれたんだった。
「なんかあったの?」
優太くんの表情が硬くなった。
この話題は避けた方がいいな。
「どうぞ」とカップをそれぞれに渡す。
優太くんはコーヒーが好きなんだろうか。表情が和んだ。
「いただきます」
「いっただきまーす」
倫くんはふぅーふぅーしてから一口。
カップに口をつけたまま固まった。
ん?
優太くんと目が合った。
柔らか表情で美味しそうに飲んでた優太くんが倫くんを見ると、自分のボディバックから氷砂糖の袋を取り出す。そこから小さいのを一粒。
倫くんのカップに「子ども舌」と言ってそっと落とした。
カップを倫くんからスッと取ると、中の液体を小さく反動をつけて回して再び渡した。
中でカランと氷砂糖が転がる音がする。
すぐ溶けるだろう。
「ありがとう」
「どういたしまして」
なんだろう…空気がゆっくり流れてる、落ち着いた感じ?
保護者?
「苦かったか。ごめんね。私がブラック派なもので」
「とても美味しいです」
優太くんもブラック派か?
「美味しいですよ!」
無理しなくていいよ。
今度は美味しそうに飲んでる。
苦かったんだね。
「あ、サンドイッチどーぞ」
「じゃあ、遠慮なく」
たわいのない話に花が咲いた。
若い人はいいな。
まだまだ自分も若いと思ってたが。
大学生か。
中学生は微妙なお年頃だから付き合いが難しいが、やり甲斐もある。
また会うかもねと別れた。
さて、四月から頑張るか!
==========
保健師の話はスピンオフで書いてます。
『保健師は考える』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/825350246/831777036
です。
合わせてどーぞ。
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